-11-
名前を答えた後も、沈黙は続いていた。
あっちでも歩みを止めたらしい。
何かを引き摺る音も、ぴたりと止んでいた。
「……………」
<……………>
静寂と沈黙が続く。
聞こえるのは自分の心臓の音と、クグツ通りを通る人々の雑音、受話器からしゅうしゅうと苦しげに聞こえる呼吸の音、のみ。
<……そう>
ぽそりと、向こう側で呟いた声が聞こえた。
<貴方が、一色 零、なの、ね……?>
ぞくり。
空気が変わる。
背筋に寒気が駆け降りた。
さっきまで何とも思っていなかった電話の相手が、怖い。とても、怖い。
何故だ? 何故自分は会ったことも無い、ただ会話をしている相手を、こんなにも恐れている……?
「あ、の」
<ゼロ来るな逃げ>
ディーの苦しげな叫びが一瞬聞こえ、即座に途絶えた後、何処かに激しく打ち当たる音がし、聞き覚えのある声が呻き声として耳に飛び込んで来た。
「――っ!?」
<ちょっとぉ! 今あたしがゼロとお喋りしてたのよ! 何で邪魔するわけ!?>
微かに聞こえる苦しげな声を覆い隠すかのように、甲高い少女の叫びが受話器からうるさく響く。
<千年ぶりの出会いなのよ! 少しは空気を読みなさいよ! バカッ! バカッ!! バァーカッ!!!>
重いものを何度も蹴り上げる音、くぐもる呻き声、少女の怒鳴り声。
しかし頭に響くのは、
「ディー先輩!? ディー先輩!!? 止めて……止めろ!! 何やってんだよ!!? ディー先輩!!?」
<あっ……とと、ごめんねゼロォ……あたしったら興奮しちゃってぇ……ゼロのこと無視しちゃった>
少女は悪びれず笑いながら答える。
一度何かを蹴り上げ、くぐもる呻き声が聞こえた
「そんなのどうでもいいんだよ!! ディー先輩は!? 一体何してんだよ!!?」
<やだぁ……ゼロ何怒ってるの? そりゃあ、あたしがゼロのこと無視しちゃったのは、悪かったと思ってるけどぉ……>
「あんた誰だよ!!?」
はっと、息を飲み込む音。
静まり返るフォーン。
ずっと立ち止まる零を追い抜かしていく人々。
<……あたし、を、憶えて、いない、の、ゼロ……?>
ぴんっと再び、空気が張り詰めた。