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ディーの言葉を待たず、一気に昨日の鬱憤(+朝の担任の電話の八つ当たり)を捲くし立てた。
「先輩昨日フォーンの着信音量、自分が見てない間に変えましたね!?」
<……………>
「おかげでこっちは昨日の夜から、果ては今まで心臓高鳴りまくってたんですからね!!」
<……………>
「今も馬鹿でかい着信音で注目を浴びてしまいました、し……?」
<……………>
「? ディー先輩?」
<……………>
「もしもーし?」
返答が無い。ただの屍のようだ。
……じゃなくて、何も言わず、答えずの無言状態が長々と続く。
スピーカーからは、何処かを歩く足音。何か重たいような物を引き摺るような音と、微かな呼吸音がしゅうしゅうと不気味に聞こえてくる。
「ディー先輩?」
フォーンを耳から離し、ヴィジョンボタンを押す。
ダメだ。あっちでヴィジョン拒否されている。
一つ溜息を吐く。無言状態は、まだ続いている。
歩いていた足を止め、その場に立ち止まる。
はてさて、どうしたものかな。
一呼吸置いて、言い放つ。
「あんた、誰?」
ボクの気持ちは絶対零度ブリザード。
言い放った言葉は、本当に自分? と自問したくなるほど、酷く冷たい言葉だった。
<……く>
<くくく>
<く、ううぅぅうぁああぁあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはははははははははははははははっはっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!>
スピーカーから、狂ったように響き渡る甲高い笑い声。
思わずフォーンを耳から離す。
しかし、離しても聞こえる少女の哄笑。
「……………」
<は、はははははははは、くくぅふふふふぅ……>
「……何が面白くて笑っているのか解らないけど、あんた、誰?」
<くくく、うふふふぅくく、ふっふふふふふふふふふふうふふふふふふ……>
「そのフォーン、自分の間違いじゃなければ、トウィードル・ディーって人のフォーンなんだけど」
<ふふっ、くくく……>
「ディー先輩の新しい彼女、なわけ無いな。無い無い絶対無い」
<うふふ、ふふふふぅくく、ふふっ>
「あの人がフォーンを落とすとか、も無いな。無い無い有り得ない」
<ふ、うふふ、うふふふぅふふふぅ>
フォーンの向こう側では、未だに笑い続ける少女の声。
ふー、と一つ溜息を吐く。どうしたものかな。
「あの」
<ゼロ?>
零の声を遮るように、フォーンの向こう側の少女が、初めて哄笑以外の言葉を発した。
「!」
<一色、零?>
さっきまでの狂ったような哄笑が嘘の様に、フォーンの相手は、蚊の囁く様な声で、何度も零であるか零の名前を繰り返す。
そのあまりの変貌振りに零は少し戸惑ったが、その問いに答えることにした。
「……ええ、そうです」
――自分はこの時、名前を答えるべきでは無かった。
「自分は」
そう思っても、もう、時間を戻すことは出来ない。
「一色 零です」
全ては、夢を見た時から始まっていたことだったから――。