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『×××××』
声が聞こえる――。
ゆっくりと、瞼を開くと、瞼を閉じていた時と同じ、光が一筋も無い暗闇が続いていた。
悟る。あぁ、また、この夢か……。
『×××××』
今日も叫んでいるんだな。
『×××××』
震わせながら、悲痛に叫ぶ声。
その声に混じり、何かを叩く音も一緒に聞こえた。
光が一筋も無い暗闇。
足元の感触と、触れた壁の感触で、此処は、岩か何かで、人工的に作られている場所なんだと解った。
『×××××』
どうしてそんなに叫び続ける?
『×××××』
『×××××』
『×××××』
『×××××』
『×××××』
『×××××』
『×××××』
『×××××』
そんなに悲しげに、何度も、何度も叫び続けているのに、お前の所に、その求めるものは来ないんだね……。
ゆっくりと、足元に注意を払いながら、暗闇の中を、ゆっくり、前へ、声のする方へ進む。
『×××××』
教えてほしい。
どうしてそんなに叫ぶのか。
どうしてそんなに悲しむのか。
どうしてそんなに嘆くのか。
どうしてそんなに、
『アリス……』
アリスを、求めるのか……。
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「……アリス」
空に手を伸ばす。
何も掴めない。近くにいたのに、いつも傍にいたのに……!
……この手は、何も、掴めていなかった。
ああ、アリス。
君の、その、白く、柔らかい、優しい手に……触れたい。
「……んぁ? あぐ痛っ!?」
ぱちりと目を開けると、顔面に何かが落ちてきて、鈍痛が走る。
目覚めは最低最悪。朝から一体何なんだ?
顔に落ちたものを右手で持ち上げたら、犯人は自分の左手。
何故だか解らないが、自分の左手は何かを掴むように、何かを求めるかのように、手の平を力いっぱい開いて、天井に大きく掲げていたようだ。
そして、力無く、顔面に落下した。
何故だ? 何で朝っぱらからそんなことしてんだ?
「何やってんだろ自分……」
じんじんと痛む鼻を押さえながら、左手を見る。特に問題無し。
寝ぼけていたのか?
むくりと身体をベッドから起こし、時計に目を向ける。
長い針が1、短い針が5を指していた。
「……早過ぎだろ」
只今の時間は午前五時五分を指したところ。
もさもさの髪の毛を手櫛で整えながら、ベッドから降り、リビングへと足を運んだ。
あれ? そういえば昨日いつベッドに入ったっけ?
キッチンテーブルに置き去りにされた、自分のフォーンを見つめ、零は首を傾げながら、バスルームへと向かった。
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バスルームから出るとちょうど時間は六時半。
うん。準備するのに良い時間。
今日は時間もあるし、朝ごはんをしっかり作って学校に行くかな。
暢気に考えながら、テレビを付ける。
朝のニュースは、昨日シラギク街で起きた無差別殺傷事件の話で持ちきりだった。
「犯人は未だ見付からず、か」
暖めた牛乳を一口飲み、一息つく。
そういえば、結局今日は結局学校あるのかな?
<次のニュースです>
あ、そういえば昨日寝ちゃったから宿題やってないや。国文の時間にやろう。
<今日午前三時過ぎ、和都【ナナヨヅキ】のマンション前で、男性の死体が発見されました>
【ナナヨヅキ】とか、自分の住んでる所じゃん。
とうとう自分の家の近くにまで殺傷犯が来たのかな? くわばらくわばら。
<男性は首が切られた状態で発見され――>
画面が女性アナウンサーから、現場であろうマンションの映像に移り変わる。
……あれ。このマンションなーんか見たことある……
どう見ても我が家です本当にありがとうございました。
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「っざけんなよ殺傷犯!」
足元の小石を怒りを籠めて、全力で蹴り上げる。
蹴られた小石は弧を描きながら高く吹っ飛び、バウンドしながら着地した。
あの後、画面を見つめながら、石の様に固まってしまった自分を、現実へと強制的に引き戻したのは、けたたましく鳴り響くフォーンの着信音だった。
ゆったりとした動作で電話に出ると、三人分のフォーンヴィジョンが同時に開いた。
一つはリラ。二つ目は双子。そして最後が担任。
リラと双子はもちろん今日のニュースについて、心配して電話をかけて来てくれた。
無事か? 大丈夫か? 学校は今日は休むべきじゃないか?
と心配されたが、取り敢えず、担任次第と答えて、二人の着信を終えた。
そして担任。
第一声が挨拶では無く、今日は学校があること、昨日の事件の影響で短縮日課であること。
以上。それだけ。
……おい担任。
自分の家の目の前で、殺人事件が起きたというのに学校に来いだと?
全都のニュースになっているというのに、あんたは何も言うことは無いと?
はっはっは。ふざけんな。
「大体何でわざわざうちの家の前で、人を殺すんだよ!? 何が目的で人殺しまくってんだよ!? 人の命を何だと思ってんだよ!!?」
ふざけているふざけている。
迷惑千万。不愉快極まりない!
「……まあ、そんな状況でも、学校に向かう自分が一番馬鹿だな」
ふー、と一つ溜息を吐く。
溜息が癖になってきたな。幸せが逃げてしまう。あー嫌々。
そんな鬱塞な空気を180゜引っ繰り返すかのごとく、ポケットに入っていたフォーンが、けたたましい音を立てて鳴き叫んだ。
「……音量変更するの忘れてた」
周りの視線を感じつつ、ポケットから慌ててフォーンを取り出し、着信ヴィジョンを開いた。
【着信:ディー先輩】
「……………」
何だろう。この胸の奥底から湧き上がってくる、おぞましい気持ちは?
怒りでフォーンを投げ飛ばしたい衝動を押さえ込みながら、通話ボタンを押した。
「もしもしディー先輩?」