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<やっほー! ゼロー!!>
「……………」
<びっくりしたー? ねえねえ、びっくりしたー? 今どんな気持ちー?>
ヴィジョンの向こう側で、ぎゃははと大笑いをするディー。
もし電話じゃなく、目の前にディーがいたら、即座にぶん殴っているだろう。
取り敢えず、やり場の無い怒りを拳に込め、テーブルにそれを振り下ろした。痛い。
「……一体何の用ですか? 自分は今すぐこの電話を切りたいのですが」
<もー冷たいなーゼロはー! 心配だから電話してあげたのにー!>
「全力で胸糞悪いわ」
ふー、と溜息を吐き、椅子に座る。
何かに身体を預けていないと、脱力してしまいそうだ。
「それで、本当に、一体何の用ですか? 今すっごい眠くて仕方ないんですけど」
<もー! 本当に冷たいなー! 連続殺傷犯について解った情報があるんだけど、知りたくない?>
「……どーでもいい情報ありがとうございます」
<どーでもいいってなんだよゼロの馬鹿っ!>
「本当……そんな情報いらないっすよ……」
とうとう脱力。全身から力が抜けて、ごつんとテーブルに額が落ちる。
あ、冷たくて良い気持ち。
<まあいいから聞けって! 犯人の特徴が解ったんだ。裏クグツの奴等で、偶々シラギク街に行ってた奴がいてさ>
「へえ、一体何の用でシラギク街にいたのかは追求はしませんが、よくぞご無事で」
<本当だよなー。まっ、数人殺られたらしいけどな>
人が数人犠牲になったというのに、軽い調子で飄々と話すディー。
裏クグツの奴等のことは、死のうが死ななかろうが、ディーにとってはどうでもいいことらしい。
「生き残った方々も、運が良かったことで……」
<まあな。だけど、退院しても、もう戻れないだろうな>
「戻れない?」
<ここ、ここ。精神の方をやられたみたいなんだ>
「ああ」
頭を指でくるくると指しながら、べろを出すディーの姿に納得する。
一応知り合いである者達が、目の前で無残に切り殺され、自身まで傷を負い、そしてあんな凄惨な状況で生き残れた幸運で不運な、被害者だ。
「そりゃ、あんな凄惨な状況下にいたら、精神壊れますよ」
<いや、違うんだよ>
「?」
<何かさ、夢の中にいるっていうか……幻覚でも見せられた、のかな?>
「? 益々意味が解らな……」
<そーいえばさ! この殺傷犯の情報、警護隊には未確認の情報らしいから、情報屋とかに売ったら、結構高値で買ってくれるかも……>
相変わらず人の話を聞かず、我が道を一筋に進むディー。
そんな興奮しながら喋るディーに対し零は黙ったままでいるが、ディーはそんなのお構いなしと勝手に話を続けた。
<犯人は女。たった一人の犯行らしいぜ。しかも見た感じ10~15歳ほどの金髪の少女。>
「たった一人の犯行? ディー先輩あの惨状見ましたよね? あれをたった一人の人間、しかも自分達と同じ歳ほどの少女が行うなんて、ありえませんよ」
<俺だって信じられないさ! だけど、監視カメラや目撃者達はたった一人の少女にやられたって言ってんだぜ? ちなみに服装は赤いワンピースに白のエプロンを重ねたエプロンドレス姿で>
『エプロンドレス……?』
朝、学園で見た、桜の花々の合間から見えた赤い少女の姿が、薄らと思い浮かんだ。
<これがさ、何でも【十三月の悲劇】と酷似しているって、ニュースじゃ大騒ぎになってんだ>
「十三月の悲劇、ですか……」
<ちょうど明日で千年だしな>
【十三月の悲劇】――千年前、和都建国以来史上類を見ない大量殺戮事件。
一人の少女と一体の魔物の手により、和都は崩壊の危機に陥った。
その少女の名前は【アリス】
封印された最低最悪の魔物【ジャバウォック】を復活させるのに、十三万の人血が必要の為、肉切り包丁一つで、和都の民を自身の目的と快楽の下、惨殺し、その血肉をジャバウォックに捧げた。
人々は、畏怖の意味を籠め、彼女を【切り裂きアリス】と呼び、家屋の中へ逃げ込み、外へ出ることを拒んだ。しかし、アリスの殺戮は止まらなかった。
その後、ジャバウォックの封印は復活寸前で止められ、アリスは処刑。アリスに付き添っていた魔物の行方は不明のまま、悲劇は幕を降ろした。
処刑まで着ていたアリスのドレスは、犠牲者の血で真っ赤に染まっていたという……。
「その十三月の悲劇が一体どうしたと?」
<【アリス】>
「!」
がばりと、テーブルに突っ伏していた顔を起こす。
目が合ったディーが、フォーン画面の向こう側で、にやりと笑んだ。
<或る意味、ゼロの夢に関係有る話だと思わない?>
「……話を続けてもらえますか?」
<やっと興味持ったか。遅いっつーの!>
「先輩は前振りが長いんですよ。で、そのアリスが何なんですか?」
<ああ。まともに話せていた奴がこう言ったんだ>
がさがさと画面越しに、バッグを弄っていたディーが、「あったあった」と何かを取り出した。
<じゃじゃーん! ボイスレコーダー☆>
「そんなの見りゃ解ります。さっさと内容を聴かせてくださいよ」
「零冷たい」とぶうぶう文句を言いながら、ディーはボイスレコーダーの再生ボタンを押した。
[アリスが目醒めた。目醒めたアリスは捜している。捜すアリスは求めている。求むアリスは望んでいる。望むアリスの願いは]
後は男の悲鳴に変わり、悲鳴と雑音、様々な音が混ざり合い、レコーダーは停止した。
「願い、は?」
<願い、は……>
「……………」
<知ーらない!>
「はぁ!?」
かくんと、顎を支えていた手から自分の顔が落ちる。危ない危ない。
テーブルに顔面を打ち付けるところだった。
「し、知らないって?」
<だってそいつさー、そこまで言ったと思ったら、次の言葉紡ぐ前に、壊れちゃったんだもん>
「壊れ、た……」
<うん。さっき言った通り、精神崩壊夢の中ぁ~>
「……肝心な場所ー」
もう脱力。ほら脱力。もう起きる気すら起こらない。
このままテーブルの冷たさに身を預け、眠ってしまいたい。
<つーかさ、その殺傷犯の身なりとかって、何でも【十三月の悲劇】の【切り裂きアリス】と似通っているらしいんだよなー。しかもその肝心の凶器まで……って、ゼロ? 聞いてる? ゼーロー?>
何だか、ディー先輩の声が遠くで聞こえる……。
閉じた瞼がとても重い。開けたくない。
「聞いていますよー…」
<うっそだー! 絶対聞いてないってー!>
「聞いて、ま……」
<ゼロー? 寝てんのー? それとも狸寝入りー?>
「……………」
ディー先輩が何か必死に叫んでいる……。
ひたすら自分の名前を呼ぶ声を子守唄代わりに、零は闇の中(もとい夢の中)へ、ぽちゃんと落ちた。