罵倒談義
狭苦しい部屋にはくすんだ嫌な臭気が充満し、そこにいるだけでもう誰でもうんざりしてしまうようなムカムカした空気が漂っていた。天井は低く、明かりは薄暗かったが、そのせいで汚らしいゴミや埃が余計に強調され、なんとも惨めな空間をこしらえていた。部屋の中央に置いてある机はなめらかな曲線とやけに角張った頂点との混合で、これもまた見る者をなにか不愉快な気持ちにさせるのだった。
その机を挟んで、二人の男が互いにそっぽを向きながら座っていた。彼らはどちらもどちらに我慢がならないようで、体を揺すったり鼻を鳴らしたりしながら、いつ相手に突っかかってやろうかと機会を伺っていた。
「おい。君」
口火を切ったのは線の細い、変に唇を歪めたひねくれた男だった。それに対して彼の向かいに座る男は激情家といった出で立ちで、声をかけられただけで早くも臨戦態勢に入っていた。
「君ってなんだ。君?」
「君と言ったら君のことだ。君?」
「てめえに君と言われる筋合いはねえ。馬鹿」
「馬鹿が馬鹿と言ったって、馬鹿が馬鹿であることに変わりない。君のことだ、馬鹿」
激情家は大きく息を吸い、ひとまず気持ちを落ち着けると、彼にしては珍しく抑えた調子で言った。
「てめえは俺に馬鹿と言いますがね。いったいどうして馬鹿なんです? 人様に馬鹿というなら、馬鹿が馬鹿である所以をお示しいただけますかね」
ひねくれた男はちょっと意外な顔をして、実に心象の悪い薄ら笑いを浮かべた。
「へえ。君もそんなふうに喋れたんですね。普段からそうしていただけますかね?」
「俺が普段からそうしたら、てめえは必要ありませんがね?」
「は、は、は……。出来ないことを言いなさんな。この机……」
ひねくれた男は机を指し示し、その歪な辺をつくづく眺めると、我慢がならないといったふうに思い切り蹴飛ばした。ところが机はやたら重厚に出来ており、かえって足を痛める結果に終わったので、彼の不快な気持ちはさらに大きくなった。
「この机、君が台無しにしたものだ。僕が一生懸命に形を整え、丹念に角を削り、そうして完成させたものを、君が余計な手を入れてごつごつのゴミにしてしまった」
「え、なにが悪いってんだい。てめえは独自性ってもんを知らねえのか」
「ごつごつのゴミを修辞するのが独自性なんですかね?」
「てめえはなんでもなめらかにすりゃいいと思ってんだ。やい、この際はっきり言うが、てめえの仕立てた机は気色悪い有機物だったよ。誰も使わねえや、ナメクジもどき」
「ナメクジで結構。すくなくともナメクジというのは角がなく、どっかの馬鹿が台無しにしたようなごつごつのゴミにはならない。おかげで僕は痣だらけですよ、君?」
「え、え、え……く、クソ!」
激情家は腕を高々と振り上げ、勢いのままに机をドシンと叩いた。
「机は机であって、ごつごつのゴミだろうがなんだろうが、とにかく板と脚が組み合わさってりゃそれでいいんだ。このウスノロ」
「そう考えるのは君の勝手だ。しかし、現に僕は痣だらけですよ。君のごつごつのゴミが……」
「ええい、やかましい! てめえが妙になめらかにするので、余計に角が目立つんだろうが。最初からごつごつなら、それはそういうものとして、痣をこさえる馬鹿もいねえんだ」
「馬鹿? 僕が馬鹿かい」
「てめえは馬鹿だ」
「馬鹿は君だ」
「馬鹿!」
すこしのあいだ二人は沈黙し、座ったまま不満そうに机を点検した。
「なんだい、これは」
ややあって、ひねくれた男が口を開いた。
「君の傑作をまた僕が整えなきゃならんのか」
「傑作ならそのままにしときゃいいだろうが、アンポンタン」
「皮肉も伝わらないんですかね。馬鹿は馬鹿だから、自分の散らかしたものに気付かない」
「ご自分で立派に片付けておいて、それを人様に押しつけるのはどうなんですかね」
「馬鹿は馬鹿だからそれでいい。しかし馬鹿でない者は、馬鹿が好き勝手やらかしたのを、馬鹿でないが故に処理しなければならない。この苦労がわかりますか、君?」
「わかりませんね、君?」
「わからないのは馬鹿だからとは思いませんかね、君?」
「思いませんね、君。てめえはうだうだ言うだけで、そっから先をどう考えているのかさっぱりわからない」
「僕の考えていたのはごつごつのゴミになっちまいましたからねえ」
激情家は必死になにか言おうとして、喉が詰まり、げほごほと激しく咳き込んだ。彼は自棄になって気の済むまで咳をぶっ放すと、今度は膝をドシンと叩いて顔を真っ赤にして怒鳴りはじめた。
「ご、ご、ごつごつのゴミとはなんだ! もう我慢ならん! てめえならもっと上手くやれたってか、え? 嘘だ、嘘だ。てめえは俺がいなけりゃなにもできねえくせに、口だけは達者なんで、いくらでも俺を責められるんだ。そんなものは後付けの、卑怯な、意地っ張りの、弱虫な……」
「君一流の癇癪がでましたねえ。は、は、は」
「そ、そんなに気に食わないなら、ぶっ壊せばいいんだ。てめえは口と行動が真逆なんで、俺はいつもムカムカしなきゃならない。このうすら馬鹿!」
「製造者には、製造物に対する責任があるんですよ。僕の机はもうない。あれは君の机だ。君が手を入れてごつごつにしたものだ。だから僕に責任はない。壊したいなら、どうぞ、君が勝手にやればいい」
「く、く、くそったれ!」
激情家は椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がり、ひねくれた男を睨みつけ、わざとらしく見下した。
「俺には実行力がある! てめえのような頭でっかちは、ずっとそうして座ってやがれ!」
彼は机をたたき割る勢いでがむしゃらに拳を振り下ろした。机は揺れ、部屋はギシギシうめき、激情家はそれを圧倒するほどの大声で怒鳴り散らした。こうした珍妙な情景をひねくれた男は高笑いで見物し、腹を抱えて転げ回った。これらすべてのサイクルが、その相互作用によってますますエスカレートし、高じ、部屋中を荒らし回る乱痴気騒ぎにまで発展するのだった。
やがて嵐が過ぎ去ると、二人はまた椅子に納まり、依然として存在する机を挟んで向かい合った。
「やれやれ、酷く散らかったな。誰が片すんだい、君?」
「てめえが片せ」
「君が片せ」
「片すのはてめえだ、馬鹿」
「散らかしたのは君だ」
「止めなかったのはてめえだ」
「僕は止めた。止まらなかったのは君だ」
「止まらなかったのはてめえの責任だ」
「馬鹿は馬鹿だから話が通じない。馬鹿!」
「馬鹿の馬鹿を理解して説得できないのは馬鹿だからだ。馬鹿!」
二人は疲労に押しひしがれて背もたれに身を預け、それきり二度と話そうとはしなかった。互いにそっぽを向くと各々顔をしかめ、むっつりと黙り込んだ。




