森の中へ。
雨が気温を容赦なく下げる、肌寒い夜の事だった。ある夫婦の団欒にノックが割り込む。
「こんな時間になんだ?回収業者でも呼んだか?」
「いやいや。いつも勝手に来るでしょ。神託でも降りたのよ。」
「そっか。まぁいいやろ。...はいはいどちらさ____」
夫が扉を開くと、雨に濡れた黒いコートの男が立っていた。
目を細めてよく見るも表情まではわからない。すると夫は気がついた。
「そのコート...回収業者か。おい母さん、やっぱり回収業者だったぞ。」
「顔すら覚えてないんだな。」
「?」
ボソボソと小声で話す男はなんの躊躇いもなく、背中を見せた夫の首に縄をかけた。まるでアヒルのような声を上げる滑稽さに表情を和らげた。
「久しぶりだな。俺は八木元拓也だ。」
「八木元??…………お___お前!マサヨシだろ...なんでここに、ぐぇッ!」
夫が声を上げようとする度に、キツく締め上げる。首に食い込む縄の感触を楽しみながら拓也は夫に耳打ちをした。
「声を上げたら殺すからな。」
2人を締め上げ椅子に縛り付けた拓也は、2人を眺めながらナイフを手にしていた。
夫婦は常に縛り上げる側だったが、縛られたことは無い。命の取捨選択を握られた恐怖に抗えるわけもない。先に折れたのは夫だった。
小便を流し、涙と鼻水で顔を汚しながら懇願する様を拓也は笑いを堪えていた。
「な、なんでもやる!なんでもやるからゆる____」
「黙れ。何度も同じ事を言うな。」
拓也は苛立ちを載せてナイフを夫の胸目掛けて投げつける。命中。手加減も相まって、刃先が少し刺さる程度で収まった。
「ぁあ!!刺さった!!血が!!」
対した痛みでもないだろうに、夫は苦悶の表情を浮かべる。
隣で縛られた妻がそれを見て慄く。だが両者共に声をあげない。
「いい子だ。1人でも煩わしかったら殺す。いいな。」
「わか___」
「それではまず質問だ。奴隷を売っていたのはあそこだけか?」
夫は首を縦に大きく2回振った。だが妻は口を止めている。
「おい女。きこえてるか?」
「...ります。」
「あ?」
「他にもあります!うちは沢山の奴隷を、色んな所に売っ____」
妻が叫んだその瞬間。部屋の雰囲気が急に変わった。
人気がないというか、静けさが嫌に肌身に触れる。だが八木元は動いていない。否。動いてはいないが夫に向けて手をかざしていた。
妻はゆっくりと手の方へと首を動かしてみる。するとほのかに鉄の匂いが鼻を掠めた。
「んっ!!!_______んんんんん!!!!!」
夫は縛られたまま頭が無くなっている。スッパリと消えていたのだ。
切り口は綺麗に横一線され、まるで剣で斬首されたようだった。だがもちろんこの場に、これができる武器などない。拓也も丸腰だった。
混乱が思考を乱す。無意識に声を上げる妻は、涙を零しながらも、拓也の機嫌を損ねないように口を閉ざして震えている。
「首だけ飛ばしたつもりだったが、あまり調整ができない。」
「んんんんぅううう!」
「うるせぇ女だな____まぁいい。今は許してやる。それで、どこにどれだけ奴隷を売ったか話してもらうぞ。」
泣きながらも呼吸を整え、ゆっくりと言葉を並べていく。
「そ、それなら、そこの引き出しに入った地図に...」
拓也は反対側にある棚の引き出しを引く。そこには折りたたまれた地図が寝ていて、起こさないようにゆっくりと抜き取った。
肌触りがザラつきが酷く、古い紙である事がわかる。
「そんなもの、どうする気よ...」
上の面にはプリズンシックスティーンの所在と名前の列があった。列の中にマサヨシ、つまりは八木元拓也、そしてハーフキャットも書かれてある。
「仇討ちだよマヌケ。」
「なんだっての...」
雨音だけが聞こえる明かりの消えた部屋。暗闇の中で、窓から零れる雷光が血の池に浮かぶ女性を照らす。
「気になってるだろうから言ってやる。」
マサヨシは眼下の女に跨り、返事もないのに話しかけていた。
「お前がプリズンシ...長い名前だな。あそこに送った奴隷は全員死んだ。俺以外は。」
話しかけながら、動かない腕に向けて手をかざす。
「そこじゃあ失ってばかりだった。まぁいいんだ。元々持ち合わせは____」
自傷を言い切れずにあふれ出る、瞼の裏に現れたのは記憶、そしてミコチの温もりだった。
腕の中で細く息をしていた黒焦げのミコチ、もう表情なんて面影もない。泣いて喚くマサヨシの頬に手を触れて、息を引き取った。
「________なかったんだよ。クソが。」
マサヨシは再度集中した。女の遺体を見て、左手の甲が中心、そこから1本の線が伸びていき腕を通過するイメージを作る。
それから線に触れた腕から縦幅を選定するイメージを持って、握り締める。
「せめて俺の役に立てよ。」
血が飛び散って顔にかかる。手を退けた光景には腕が消えた女の遺体があった。
綺麗な輪切りとなって胴体から離れていたのだ。断面はかなり綺麗で、まるでMRIの写真のようだった。
「手に残った物もある。瞬間移動のスキル、コレは応用だ。」
時間差で背後から肉が落ちた気持ちの悪い音がした。腕の10分の1だけを瞬間移動させ、切断したのだ。
これは、あの時ヒナギシ婆さんから送られた物。物体を転移させるスキルだった。
「……こんなものか。ご協力どうも。」
再度稲光。右手、左足、右足を切断され、顔が顎から上がない女の遺体がマサヨシの目に入る。
だが心は乱れない。ミコチが死んだ日にマサヨシも死んだのだから。
「あともうひとつある。俺の名前は八木元拓也だ。」
全てを思い出し、手に入ったのは、復讐に取り憑かれた鬼だった。




