時の終わりを見る
場所の剪定に戸惑ったせいで間一髪だった。攻撃範囲の外が何処までかなのかと迷ったが、見込みが多そうな場所に飛べた事は幸福だったと、マサヨシは思った。
(ぎ、ギリギリだったな…。)
貧民街と富裕層を隔てる壁、その上にある監視台に飛んだ。
ここは屋根と壁がないため埋め込まれる恐れはないし、監視員も留まることのないスポットだとドックから聞いていた事が命を繋いだ。
「_____ごしゅ…じんさま?」
レンガの床で転んでいたポコが起き上がる。転移のショックはポイント間の距離が遠ければ遠いほどでかい。今回は気絶で済んでよかった。
「体調は大丈夫か?」
「少しだけ…ボーッとしますが…なんとか。」
頭を撫でてやると、少しだけ気を取り直したのか丸い狸耳がピコっと動いた。
「あ!あの!あの大きな手は一体!」
「……あっちを見て。」
指で示したのはどこまでも続く街の景観、そこに一つだけ大きな違和感がある。
家々を軽く跨ぐ大きな人影は、腰を曲げ、左手を地面に突き入れていた。
人影はとても大きい。遠く離れたこの場所でさえ大きく、見上げてしまうほどに。
「俺にもさっぱりわかんらんが、何やら良くない物なのは____」
「あれはアナです。」
「_____え。」
人影を真っ直ぐ見つめるポコは言い切った。彼女の一族ラクーンドック種はテレパスが使える為、おそらく、あの化け物の中身を見ているのだろう。
「私がアナを助けに行こうとしたら、その、本物がいました。私たちが話していた相手が偽物だったようです。偽物は私を押しのけて、本物を取り込み…あの姿に。」
「アナの母親と契約していた医者が擬態してたんだな。多分。」
不意な声に反応して、マサヨシ達が振り返る。そこには今まで消えていた黒フードの男が立っていた。
大規模な移動をした俺の力も不安定さが酷くなる。まずい。
ジリ貧な制約を元に戦術を立てていると、黒フードの男は両手を上げた。
「まぁまてそんな怖い目で見るな。こっちはもう戦う意志は無い。」
「何をしに来たんだ。」
「協力しにだよ。色々困ってるだろうと思って。それで、アナに取り憑いたのは医療魔術を扱う男でな、アナ自身がもつ自動型再生魔法の抽出を狙ってたんだ。」
「…蛇の獣人みたいなスキルか?」
「そそ。もう種族が少なくなって、サンプルもない中でアナだけが持ってたんだ。だから狙われた。お前らを使ってな。変態魔法を使い、妹と名を語ってよ。」
マサヨシは憤った。ネタバレにしては後味が悪い展開。読みの甘さが招いた結果なら、尚の事自分たちで片をつけないといけないと、深く怒りに囚われた。
そんな思惑を知らない黒フードは、会話を続ける。
「だが失敗したみたいだな。あの人影は百パーセントの魔法…いや呪いだな。呪いの具現化を招いている。」
「呪い…。」
「魔力の元は感情だ転生者。その質が黒ければ黒いほど荒々しく粗悪な魔力を生み、下に溜まって淀んでいく。医者はアナを肉体に取り込んでスキルを奪おうとしたんだろうが…蓋を開ければ呪いが吹き替えして暴走した、ってのが顛末か。多分。」
「事情はわかった。どうすればいい。」
「コンクエスタ。お前じゃ無理だ。」
言い切られる言葉に、返す言葉はない。
「瞬間転移のスキルを使った所で、魔力集合体であるアレには意味がない。最悪分裂して増える可能性もある。」
街に影を落とす巨大な何かが二人になる所を想像した。抗えない力の塊が、ひたすら暴れてしまうのは地獄を作るに等しい。
「…まじかよ。」
「あいつを膨大な火力で削る。もしくは一挙に消す。それ以外にないだろうな。」
嘘をついているような素振りは見られない。恐らく順当な事を言ってるし、マサヨシも考えていないわけではなかった。
「いや…。」
マサカリとマサヨシのスキルでは敵を両断するくらいなものだ。
それに商会で謎空間に飛ばし、今でなおマサヨシに向かって伸び続ける黄金の道を使う手もある。だがこれは最終兵器として持っておきたい物。露見させて良いものかと悩んでいると、ポコが反応を示した。
「…声が聞こえます。」
「ポコ、どんな声だ。」
「あの人影の…手元から叫び声が。」
「ケン!!」
黒フードが名前を呼んだ。きっと彼だ。彼は踏み潰されることなく、生きていたんだ。
とてもとても重いものが降ってきて、それを支える骨と肉は感覚なんてものがない。
ただ支えると頭で必死に刷り込んで、現実問題を長引かせる。ギシギシと密接した関節が鈍い音を立てていた。
何かが少しズレてしまえば、そこから全てが消えそうな状況で、俺が呟いたのは名前だ。
「アナ…そこにいるんだな。」
あの人の残した大切なものが、良く知りもしない男に凌辱されている。
それだけはわかる。この体を潰そうとしているのが、その証拠だろう。
「今助けてやる。」
ならばこの拳に願うは一つだ。
「拳よ。我が魂を喰って____」
スキルに詠唱を加えるとどうなるか。転生者は魔法を使用できる構造ではないが、使おうと思えば使える。ただ自身の身体が内側から崩れるのだ。
スキルに詠唱を重ねることで、魂を喰って自身の力を底上げする方法。これにより死はほぼ確定するが、威力は絶大になる。
そしてこの拳の力は「想いを貫き通す」スキル。その真価を超えると「想いを現実にする」となる。
「アナを助け出せぇええええええ!!」
もはや骨とベーコンのように薄い筋膜だけとなった右拳に力が宿る。魂から血へ、筋肉へ、拳へと流れ行く力の力場が膨らんで、降ってきた影を押し返した。
黒フードがアロハシャツの名前を呼ぶ。
「ケン!!」
腰を曲げて左手を地面についた大きな人影は一切の動きを見せない。
だが静かに動く状況に、いち早く気づいたのはポコだった。
「ご主人さま…やはり叫び声が聞こえます。」
言葉を切った直後、人影に光の亀裂が入る。その亀裂は下地が黒色なだけに稲光のようにも見えた。
状況が急に好転したようだが、細部がわからない。俺は黒フードを横目で見る。
「娘を助けるために________あいつは死ぬつもりで」
黒フードから涙が零れ落ちる。その様子、想いが、アロハシャツの運命を示していた。
人影に入った亀裂は、全身を駆け巡り、そこから瓦解していく。ボロボロと欠片となった人影が霧散していくのに時間はかからなかった。




