ある日、パパとふたりで
レンガの壁が左右を閉ざした狭くて暗い道を歩く。マサヨシはこの景観を観察していると、先頭を歩くポコは振り向いて俺の目を見た。
潤んだ瞳が訴えているのは、不安の気持ちなんだろうと察しがつく。
話を聞くになかなか姑息な魔法使いであり、トラップを案じた面持ちがマサヨシの答えを決めた。
「…大丈夫だ。ポコは前を見て進め。」
すると笑顔を作って前に向き直した。まるで様子を伺う犬だと思った。
一度離れてしまった時の不安が、言語化せず、脳裏に焼き付いて離れない。ポコの不安はマサヨシが1番わかっていた。
あの日首をつった時に感じた孤独を、この子にも、アナにも味合わせることはしたくなかったのだ。その為に、この依頼を受けた事を、ポコは知らない
「待ってろよ。」
マサヨシは決意を言葉にして足を進める。
とはいえ、かなり窮屈なロケーション。前か後ろにしか余裕がないこの状況はどう取り繕っても不利であることも、マサヨシはわかっていた。
そんな折にポコは報告をする。
「ご主人さま。匂いがします。」
「…近いのか?」
「近いんですが、なにやら焦っている様子ですね。」
「焦ってる?そんなことまで分かるのか。」
刹那的な寒気が頭を突き刺した。この感覚の正体が何なのか、マサヨシはすぐに察した。
「ポコ!!防御の構え!」
「アックスシールダ______」
どこから抜いたか、ポコの身の丈程ある大きな斧を地面に叩きつけた。
壁のような斧の影に隠れた途端、まるで鉄球が高速で飛んできたかのような衝突音が、空気ごと広がった。
「グッ!!」
衝撃が起きる裏側ではポコが小さな体で支えていた。それが仇となって撃力がもろに入る。
「ポコッ!!」
「ご主人さま...お逃げください...」
「わ、わかった!今から二人で瞬間転移させ___」
「どこのどちら様か知らねェがよ。」
斧の向こう側から声が聞こえた瞬間に俺は手に力を通し、右手をポコの小さな肩に触れる。
「絶対に渡しゃしねぇ!!!」
力が発動。巨大な斧ごとポコは消えて、少しばかり先に姿を晒した。短距離の瞬間移動により、目の前の光景が顕になる。
そこには、アロハシャツで坊主頭の男が右の拳を走らせていたのだ。血走ったような鋭い眼光が俺を捉えている。
「仲間が消えたぞ!どうすんだお前はぁ?!!」
(なんだ、何だその拳は)
冗談でも言えない程に、拳の頑強そうなこと。加えて朧気に見える薄いモヤのようなオーラが拳全体を包んでもいる。
間違いなくスキルか魔法、触れることは得策ではない。
「直線的すぎ____」
拳が鼻先を掠めそうになる瞬間、俺は左手で男の二の腕を下から押し上げた。転移の計算が間に合わないと判断し、体術に移行。その甲斐があって軌道はそれる。
だが無傷にはならない。鼻先を掠めた頑強な拳は右の頬骨を直撃する。ゴリッと嫌な音がした後に鈍痛と、衝撃が首の骨を横薙ぎにする。
(体の芯を叩かれたような重さ___脳が揺れて____意識が____)
衝撃を殺しきれない。頭は地面へと叩き落されそうになり、膝が折れるが、そのまま後ろ回りの要領で地を転がる。
(いましかない!)
座標が取れていたことが幸いして、ポコの隣に瞬間転移を発動した。これは成功し、アロハシャツと2メートル程、距離を取ることができた。
「何だお前。ここらじゃ見ない顔の割に、修羅場くぐってそうなふいんきだな。」
「ふんいきだボケ。」
揺れる視界と途切れそうになる意識を、軽口と歯噛みで耐える。
耐える中で右手をアロハシャツの男に向けてかざした。するとアロハシャツは左手を前、その少し後ろに右手を備え、ボクシングのファイティングポーズを取った。
暴力が何だというのか。測量なんてしない。出鱈目な思いだけで、そこにある全てを飛ばす。
「何だお前。それ…今までの喧嘩でそんな構えしてるやつ見たことねぇよ。」
「知る必要なんてない____アロハシャツごと消えろ!」
腕から掌、掌の中心から体温ではない熱さが抜けていく。部分的な瞬間転移の発動にて起こる副産物的な症状に併せて、アロハシャツの目は鋭くなった。
「見えた。」
そして目にも見えない程の速さで左パンチをする。肘から動き、左拳をひねりながらある一定の距離の所まで伸びて折り返した。
マサヨシは目を疑った。瞬間転移を、殴り壊されたからだ。
「ふぅ…」
しかもスタイルはジャブ。音を切る程の卓越さ、綺麗な軌跡を辿った格闘スキルに少し怖気づく。そして何よりも彼の身体は繋がったままだ。
寡黙に観察と分析をしていると、アロハシャツは笑いながら指摘をする。
「手応えしっかり。お前なんか仕掛けたな。」
「!!」
「正直なやつだ。喧嘩慣れはしてないようだな。」
俺のスキルは初見殺しに偏っている。座標固定を掌で翳す事で行っているため、一度見切られてしまうと次の展開が苦しくなる為だ。
(転移者…何にしたって見切られた。くそ…ブルジョワでできたハンズフリーはまだできない。できても通用するのか?)
相手は拳でスキルの効果を壊せる。しかも逃げ場は前か後ろ。かなり不利だ。アロハシャツの坊主頭は腰に手を当て笑っていた。
「俺の能力はな。拳だ。この拳で殴ると全部届く。壊したい物があれば壊れる最強の拳骨。そこにお前の力の余波に合わせれば、その力ごと壊すことだって難しくないんだぜ。」
まるで勝利宣言のような口上に、俺は少しだけ悔しくなった。
「…余裕だな。お前。」
「余裕なもんか。俺のスキルは代償伴う。それが能力の開示。俺だって言いたくないぜ_____」
話してる最中にも関わらず、アロハシャツの姿が消えた。否。体を屈め、地を滑り、俺の顎にめがけて拳が飛んでいる。
(げんこつなんて優しいもんはどうだっていい。お前の格闘術の方が怖いんだよ!!)
大きく孤を描く。死神のカマのような、アッパーがあごにめがけて襲いくる。
俺は後ろに下げていた左足の踵に体重を移し、体軸を後ろに傾けた。SNSで昔見た知見がやくにたつ。これはバックスウェーというやつだ。
予想通り、アッパーが目の前で大きく空振る。
「当たんなきゃ意味ねぇよ。スキルもテクニックも」
「へぇー…それがどうした。」
拳が目の前を抜けていくはずが、鼻先に手の甲が止まり、顔面に振り降りてきた。
予想に反した攻撃がもろに入って、鼻から鉄臭さと共に生暖かい血が吹き出した。
「グッ...」
今度はどうしようもないほどに痛みが勝つ。意識と痛覚が癒着して、どこか遠くへ消えていこうとする。
だから地に足をつけてはいられなかった。背中から地べたに落ちて、空を仰ぎ見る。
「俺は転生前は喧嘩師として有名だったんだ。生ぬるいスポーツ程度、俺には届かねぇよ。」




