紆余曲折すぎて一周
通されたのは木製の家だった。居間にはスイカ程の大きな水晶が鎮座する机があるだけで、それ以外の家具は見当たらない質素な家だ。
女性は家に入るなり座って、水晶に手を当てて何かを呟き出す。その左隣に立つ男性は、なんというか慣れた手つきで説明を始めた。
「女神アストライアに召喚されし勇者様には、まず初めに、この水晶によってステータスを確認させて頂きます。」
おおぅ。異世界転生物っぽい導入が始まった。僕は水晶に触れようと手を伸ばすと、オトコがそれを静止した。
「水晶に触れなくても大丈夫です。私の目は女神様が振り分けた番号を見ることが出来るので、妻がその番号を水晶に念じるだけで詳細を確認することができます。えぇ...っとJ1222」
まるでロット番号のような数字を呟く男。まるでというかロット番号だなこれは。生産品みたいな扱いだ。
すると妻と呼ばれた女は俺のステータスを呟いていく。
「____マサヨシ、28歳。初級語学理解...........だけね。」
初級語学理解?なんだそれは。聞き馴染みのないスキルで?マークを頭の上に載せていると、柔和な笑顔をしていた男は、まるで別人みたいに表情を崩した。
「ケッ!!湿気てんなぁ。」
口調すらも変わり果てている。男は僕を睨んで、身体を舐めるように観察する。
「まぁ体つきはいい。労働力としては申し分ない訳だ。へへ。なら高くは売れそうだ。」
「なっ_____」
胸がキツく締めあげられる。キツイ口調と悲しい結末を匂わせるセリフは予想を示している。
「僕を売るんですか...」
男はその言葉を聞いて歪な笑顔を浮かべる。見下し切って僕を値踏みしているのだろう。もう前の柔和な表情の面影もない。
コイツもまたアイツらと同じだ。僕をどれだけ利用出来るかしか考えていない、上司たちと同じなのだ。
「安心しな。前も同じようにしてやったよ___植生魔法、根縛り」
男の呟きに応じて、床から太くて堅い木の根のようなものが吹き出し、僕の体をキツく縛り上げた。
「ガッハァ!!」
あまりの強さに肺から空気が盛れ出す。骨が軋み、関節の隙間が広がっていく程強く縛られる。筋肉は伸びて力も入らず、無力さと圧迫感が胸の内にある恐怖を煽る。
「まぁあれだな。耐久力は人並みくらい。よし嫁よ、動けなくなる程度に削ってあげなさい。」
「はいはい。あなたも人使いが荒いわねぇ。よいしょ。」
女は席から立ち上がると、僕の額に目掛けて手を伸ばす。身動きが取れない僕は、縛られる痛みと相席した恐怖にただ打ち震えるしかできない。
「や、やめてくれ!!!」
声なんて届かない。最初から彼らは僕個人ではなく、労働力の1つとしかみていなかったのだから、だから人など信用してはいけなかった。
僕の額に当たるこの手は、もう既に俺の尊厳を握り潰している。
「さぁ呼び覚ませ____汝の苦痛を。」
意識が遠くに飛ばされるような、そんな感覚に襲われた。永遠に続くような浮遊感が足元を掬う。
僕は港湾組合に所属し、物流センターで仕事をしていた。24時間稼働しているセンターで2班1直の交代勤務だ。この仕事も気づけば4年務めていたが、社内評価はとても低いものだった。
「おつかれー八木元くん。」
「あ...おつかれさまです。」
「んー元気ないよねぇ八木元くん。4年目でしょシャキッとして!シャキッと!」
「はい...」
廊下ですれ違う物流課課長は僕の背中を叩きながら笑う。
彼は分かっていた。俺が派遣社員によるドタキャンの穴を埋めていること。そして24時間休み無しで働いていることも。
「では...そろそろ眠気もありますので帰らさせて頂き____」
「それで人員は?」
「____えっ?」
2班1直とは全体で2班あり、勤務と休憩を交互に交代することを言う。つまり12時間交代なわけで、穴埋めだろうが自分の番は回って来るということだ。
「えっじゃないよ。あと12時間あるけど余裕っしょ。」
「流石に____」
「なんか言った??」
課長は元々堅気ではないと言う噂が立っている。確かにと思わせる程ガタイも大きくて強面だ。だから威圧されてしまうと、情けないことに頷くことしか出来なくなる。
「流石2年目キャプテン。よっ!!かっこいいねぇ!!!」
「はぁ....あの僕は4年目______」
「ま、俺の若い頃なら2日連続でもいけたけどね。」
ならお前がやれよとはいえなかった。
「じゃ頑張ってね下請けくん。」
ここの職場は所謂元請けが仕切っている。僕らはそのお手伝い、労働力としてこの場にいるのだから、つまりは下請けなわけで、立場的にはかなり弱く、何を言われても頷く以外なかった。
人間は人間を正しく管理できない。従える事は出来ても、自分の利害を捨ててまで管理することはできない。俺はこの会社に来て学んだ。
去っていく課長の大柄な背中に向かって呟いてみる。
「あんたが出ないとだめだろ。クズめ。」
人員の責任問題は課長にある。だからこれは約定違反であっても、誰も文句を言う事ができない。
面と向かって文句を言えない僕は、情けない事に呟いてうさを晴らすことしかできなかった。
こうしてまた眠れない日々を重ねていく。
そうして3ヶ月が過ぎた頃、住んでいたアパートの玄関を開くと課長が土下座をしていた。
「頼むッ!!!優しい八木元なら頼みを聞いてくれると見込んでお願いしに来たんだ!!」
「課長。」
課長は金に困っていた。ギャンブル好きが高じて多額の負債を背負っており、金銭トラブルが耐えない男だ。だからこの光景も目新し物ではない。
「本当にお願いだ。お前の名前を貸してくれたら、俺は生活をして行けるんだ。」
彼は連帯保証人を探していたのだ。
「だからそれは無理だって___」
「頼むぅ!!頼むから!!俺を、助けてくれぇ!!!」
19歳の僕から見る43歳の泣き土下座。見ていられない程に痛々しく、惨めで情けがない。
だから心苦しさなど微塵も感じる必要が無いのは分かっている。
だがどうしても見ていられなかった。親は僕に優しくあれと育ててきた。どんなに苦しくても助けられる人になりなさいと、呪いをかけるみたいにだ。
だから僕は彼と同じようにどうしようもなく駄目な人間なのだ。
「____わかりました。入ってください。」
「八木元...いや、八木元さん!!!」
部屋に入れて、印鑑を押した。こうすればなにか世界が変わるんじゃないかと思っての行動だった。
優しさというバトンを手渡しすれば、次に繋がり、その次へと連鎖していくのではと
次の日出勤した時には既に課長は退職していた。僕の所へ来た時点で、退職手続きを終えていたそうだ。つまり、返すつもりは最初からなかった。
ここから始まったのは、借金を返すためだけの生活なのだ。




