ついに念願かなって
てんやわんやと騒々しい騒ぎをお越したものの、なんとか無事に受付までたどり着いた。受付のお姉さんは緑色を基調とする端正でオフィススーツな服を着て笑っていた。
マサヨシは見逃さなかった。お姉さんの完璧スマイルの目尻が笑っていないことに。
「あの方はその、当ギルドでも…なんというか問題ありな方なのです。本当にお疲れ様でした…。」
優しく労うお姉さんに手を一回振って返事をした。ポコを見るとなんか嬉しそうにニマニマ笑っている。どういう心境なんだ。
「まぁいいさ。俺は受付さえさせてくれれば。」
「はい。その件に関しましてはドッグさんから伺っておりますので、筆記手続きは済んでおります。」
ドッグがいないことは承知していたが、まさか手続きを済ませてくれているとは、マサヨシの嬉しい誤算だった。
安堵に胸を撫で下ろすと、受付のお姉さんがですがと付け加えた。
「当商会では規定により、一つの依頼をこなしていただいております。」
「なるほど。どんなのがあるんだ?」
「この3つでございます。」
お姉さんはキレイな用紙に文字が連なるチラシを机に並べた。一つ一つは対した依頼だが、一つだけ汚く書き連ねたものが目に停まった。こんなの即決に決まってる。
「それですね。」
俺の表情を見たお姉さんが手際よくスラスラと手続きを始めていく。
「ではまず、依頼人に面会をしていただきます。こちらがその依頼人の所在です。」
今度は小さな紙を渡された。それはこの街の地図、丸い城の敷地外にある住宅街に点が書かれていた。
依頼主は子供だった。6歳くらいの小さな子で依頼料金は微々たるもの。なので誰も取らず、余り物として回っていた。
内容としてはおねぇちゃんを助けてほしいとのことだった。
商会ギルドから少し離れたところには、ボロボロの家が沢山集まっている。所謂、貧困街と呼ばれるこの場所は、殺風景で寂れていて、人気がまるでない。
閑散とした道を進んだあと、左を見ると一戸建てのボロボロの家が風に少し揺られているように見える。
「ポコ。この家だよな。」
「…マリーズ街三丁目ってなってますね。ここで間違いありません。」
「そうか。ならさっと済ませ____」
「待って下さいご主人さま。誰か出てきます…」
表札も何もない家の扉が勝手に開いた。立て付けが悪いのかガタガタと物音を立てて開く扉から、貧相な格好をした女の子が現れた。
手紙の差出人は6歳くらいだろうと聞いていたが背格好を見るに年齢10歳は超えているだろう。不潔そうにボサつく髪。ヨレヨレの肌着だけの女の子の俺たちを見る目は、まるで死人だ。
【ご主人さま…どうしましょう。若そうではありますがご主人さまの仰る年齢とはすこし…大人というか。】
ポコのテレパスが頭に響いてきた。全く持って同感だ。
(助けてほしいって言ってたお姉さんの方なのか?)
【似顔絵も書かれていましたが、子供が書いていますから似てるかどうかと言われると…】
だんだんと面倒になってきた。だが請け負った依頼をこなさなければ商会ギルドに入れない。心のなかで諦める算段を立てていると、向こうからアクションが起こる。
「アンタたち、商会ギルドの…ゴホッ!!」
「…。」
しゃがれたというよりは喉を閉められたような声に加えて空咳が続く。身なりから推察すると、怒りが込み上げてきそうだ。
「はぁ…言いたい事は山のようにあるけど、今はダメ。出直して。」
【ご主人さま。中に誰か_____】
「わかった。また出直す。」
「…時間は取らせない。すぐ済むからまた来なさい。」
そう言って女の子は家の中へ消えていった。
「よろしいのですか?彼女はもしかしたら襲われているのかも」
「貧民街だが街に近い、かといえばひと目の付かない場所。そしてあの運動したあとみたいな身なりを考えればわかることだ。」
「わかること……」
ポコは視線を落としてしばらく考えたあと、目を開いて耳を立てた。丸い耳だがそれが驚きを示していることがわかる。そして体を少し震えさせた。
「嫌なことを思い出させた。悪いな。」
頭に手をおいて、撫でてやると少し落ち着いた表情をした。
(前の俺なら乗り込んで、中の客を消していただろうが今ならわかる。彼女の人生に割り込むには責任感がなさすぎる。俺は。)
昼になる頃には落ち着いたようで、部屋に通された。洋式な部屋を想像していたが、実際は畳が全面に敷かれていた。
マサヨシの視界に写った、部屋の隅で綺麗に整頓された布団が見える。それが昔住んでいたアパートを彷彿させた。
「畳…随分久しぶりな気がする。」
転生前の事を考えると、日本情緒に触れるのは幾分も久方ぶり。足裏から安らぎを得たのは今日の収獲と言えるだろう。
それとは裏腹にポコは小さな足で踏む畳の感触に驚いている。
「硬い。でも何か柔らかさを感じます。不思議」
「…いいから座って。言っとくけどお茶を出すほど裕福じゃないから。」
俺らのリアクションを捨て置いて、女の子は丸いシックな色合いのちゃぶ台を畳の上において正座した。
「ちゃぶ台…」
「なんかいった?」
「あ、いや。とりあえず座ろうポコ。」
色々と個人的に聞きたい事があるが、ひとまず彼女の依頼の話を聞こうと、畳の上に正座をした。
「それで?なんの理由でここに。」
「依頼を出したのはお前だな。」
「ええもちろん。4年前にね。」
女の子は不敵に笑いながら答えた。
「…4年前だと?」
「ええ。4年前だと言ったの。それが今更何をしに。」
「どういうことだ。」
マサヨシは顎に手をおいて思考を巡らせる。だがここで結論を吐き出すには情報不足だった。
「…とりあえず話だけでも聞かせてくれ。」
「受けてくれるっていうの?報酬だって高くないし。」
「こっちも事情があるんだよ。」
「____なるほどね。」
返事とともに彼女の表情が影に沈む。
「私の依頼は入会テストってわけね。」
「なんでそんなことを____」
「そらあんた達が初めてじゃないもの。それに来るやつはたいてい子供のお使いレベルだと思って受諾したひ弱そーな商人ばっかだし。」
平素のクエストとしては報酬が低すぎて取り扱いに困るのだろう。そう考えれば新人向けだと言える。新人向けの入会テストとしていたがたらい回し、この子のお願いは4年間解決しないまま、こんな所で待っているのだ。
嫌に思考がスムーズなのは、マサヨシ自身が体験していた「たらい回し案件」があったからだ。
「とりあえず、名前を聞かせてくれ。俺この小さな獣人はポコ。俺はひょっとこ仮面。」
「ふざけてんの?」
「ふざけてはいない。色々訳ありなんだよこっちも。それで君は?」
「…アナ。私はアナって名前よ。」
「そうか。アナ。なんで新人達はこのクエストをクリアできない。」
アナは口を閉ざして返事をしない。するとポコがテレパスを使って語りかける。
【ご主人さま。】
(察しがいいなポコ。頼むよ。彼女の記憶を読み解いてくれ。)
【…それにはまず、記憶を辿らせる必要が。】
(任せろ。)
俺はアナに問いただす。この子の記憶には何かあるのだから。
「アナ。君の過去には何があった。」
少しの間が空間に生まれて、無言の時が過ぎる。テレパスの是非が気になったマサヨシ真横に視線を滑らせると、ポコは静かに泣いていた。




