バイオレンスジャック
マサヨシは腕を抱えながら道を歩いている。頭をコクンコクンと傾けながら、奇策が出ないかと試してみる。
「出ないよなぁ。」
テレサはバルタを退職し、その功績を認められこの絶対不可侵領域「エデン」を献上されている。つまるとこ、このスラムの中だけ、バルタ傘下の勢力を受けないと言う話。
逆に言えばこの領域を出ると、あの権力を行使されてミイラ侍に襲われると言うことだ。
マサヨシは懸念が残る境界線で、門の前で足を止めて考え込んでいた。
「どうしたもんか。」
「どうする必要もないんじゃないかな?」
背後から声が聞こえ、振り向きざまに、拳が左頬に届いた。
分厚く硬い皮膚と筋肉を締めこんだ汗臭い拳。それはここで出会った誰の物でもない。
「グッ____」
体勢が悪すぎる。凄まじい瞬発力に突き飛ばされて地面を何度も打ち付けた。勢いが止まり、地面に寝転がる頃に合わせて声が届く。
「噂に聞いた征服者。たいした事ねぇな。」
まるで車に跳ねられたような痛み。それを無視して首を上げる。
見上げれば、立ち姿はまるで塔だった。健康そうなテカテカな上裸を晒して短パンを履く、ボディビルダーのような男がいた。
ふざけた格好に憤るが、全身を駆け回る痛みが男への恐怖心を煽る。全てを踏みつけマサヨシは起き上がり、血反吐を吐いて睨んだ。
「てめぇ...」
「おいおいおい。怒るな。子供が見てるんだぞ。」
周りを見ると、ボロ小屋に隠れている子供達の顔が見えた。それは暗に意味して人質なのだ。
「俺に言えた事かよ露出魔。」
「ハァ?!チャンピオンは裸一貫、恥ずかしいと考えるやつの脳みその方が_____」
大袈裟に身振り手振りで話す男の懐に入るのはマサヨシにとって簡単だった。
踏みしめる足を立てるように伸ばし、折り曲げた腕を顎に目掛けて打ち上げる。
するとどうだ。上から拳が降りてきた。所謂クロスカウンターが降臨していた。
男のカウンターには自身の体重と撃力に、マサヨシの上に行こうとする加速度が乗った強烈な一撃だった。
「スケベな奴だからだぁぁああああ!!!」
骨が軋む音が響いて、鼻の骨が割れたような鈍い痛みが走る。マサヨシの意識は接続の悪いテレビみたいに切れては着いてを繰り返す。
「ウベェッ!!!」
ガードも構えもなし、油断が招いた一撃が体全てに降り注ぐ。
撃ち落とされた飛行機のように、頭は地面にめり込んだ。絶対的な力の差。覆せない程の力の差を、文字通りの意味でこの身に叩き込まれた。
男は地面にめり込んだままのマサヨシを見下ろして、腕組みしながら口上を並べる。
「俺はマルセル。バイオレンスジャックのリーダーをやってるもんだ。」
「てめぇ...バルタ傘下だろ。なんで不可侵領域犯して___グッ!!!」
マサヨシの脳天に蹴りが降る。頭骨が足と地面に挟まれて尚、地中にめり込む。
だがマサヨシは抗う。頭に足が乗ったままでも、手のひらを地表に着けて、全身に力を込めて立ち上がろうとする。それをさせまいと脚にも力が入っている。
「うっ...ぐぐぐぐ、人を物みてぇに扱いやがって....」
「お前と物になんの違いがあんだ?」
侮蔑の言葉だ。
「俺以外の人間なんざ、俺をよりよく生活させるための物なんだよ。お前もだ。お前も。」
人を人とは考えられない悪辣。見上げる筋肉が内包していたのは暴力のみだった。
マサヨシの中で思考がスイッチした。前に勤めていた上司達がかけてきた言葉と、マルセルが吐き垂れる汚物のような考えに違いはない。
「_____考えるの辞めた。」
「あん?」
魔法は指向性が生命だと大事だとされる。見て、聞いて、触れて、脳が思考出来る中でイメージに魔力を通し具現化させる。だがマサヨシのスキルは違う。頭部の場所、後頭部に乗った足から算出される敵の位置を既に割り出していた。後は応用だった。
瞬間転移は自分が視覚しない瞬間があるため、[物を]選定し「どこへ」運ぶ事さえ分かってしまえ後は簡単である。
「強がっ_____」
だから見ずとも、足と頭を転移させる事など造作もない。右脚と頭を狙うと、一瞬でバランスを崩し、地面に倒れた。
「ざまぁねぇよ筋肉ダル____」
遺体を見ると、血が出ていなかった。首から吹き出す血の噴水が上がっている筈なのに地面はいつものままだ。
疑念を孕んで吟味していると、遺体になったマルセルの腹が歪に膨らんだ。
「くそ!まずい!」
痛む体をねじって走る。その瞬間には遺体が爆発した。死んだクジラがガスによって爆発するみたいに、臓物が発酵して生まれた吐き気を催す匂いを吐き出して。
そして赤い煙も遺体から吹き出したようで、辺りの光景を赤で埋めてしまった。
「スキルは馬鹿力じゃねぇな。」
「ハッハッハぁー!!俺のスキルは分身。加えて発酵魔法でこのような事も出来た_____おっと。」
「転生者が魔法を使うとか...」
赤い霧からマサヨシが飛び出してきた。転移ではなく、忍び寄り、コンバットする為に。
だがマルセルもこの街を暴力で生き抜いた人間。殺意だけを勘づいて、飛び出してきた拳を避ける。
「体さばきから見るに軍属経験あり。素人よりはやるようだな。解放者。」
「うるせぇ!!!お前と喧嘩するために来てる訳じゃねぇデタラメ野郎!!!死ね!!!」
掌を向けてスキルを出す。だがマルセルは上手い具合に身体を避けて射線の外に出ていく。
「くそが____」
射程の外を縫うように、マルセルは素早い動きでマサヨシの左側まで逃げ込んだ。
「銃と同じだな。見切れば大したことはない。」
(いつも殺ってきた人間とは違う!恐れも慢心も奢りもない!獲物を狩る獣とでも戦ってるみたいだ!)
するとマサヨシの視界いっぱいに広がった、極太な腕が現れた。
「てめぇのスキルはやっぱり射程がありやがるな。さっきは火事場のクソ力ってとこだろ。普段はそうやって、掌から銃みたいに物を選んで転移させた。そんなところだろうーっ.....なッ!!!」
腕が喉に飛び込んできた。ラリアット。強大な腕力を受けて、首の骨が歪みながら体の構造を無視するパワーに意識が刈り取られた。
上司達が土下座する俺を踏みつけている。現場職なら先芯入りブーツ、安全靴は大切だ。鉄製の囲いが足の指を守ってくれる。それが俺の脇腹に刺さったり、背中を踏みつけたりしている。
「お前のせいで!お前のせいなんだよ!!」
仕事の都合上、危険が伴っている。特別な仕事では無いが、仕事の末端に行けば行くほど危険度は上がるものだ。だが今回は完全なる凡ミスだ。フォークリフトで上げた荷物が落ちてきて、頭にあたり、死人が出た。
「なんで俺がッ!咎められないといけない!!」
無論、俺がやった訳では無い。原因はこの男で、俺は八つ当たりされているに過ぎない。だがここで言い返しても、どうせ返事が暴力になって返ってくるだけなので黙っているのだ。
何度も何度も足蹴にされる。痛みが痺れに変わっても、どうにかなりそうなくらい痛くても。
理不尽を黙って受けていると心の奥底で落ちてくるのを待ってる感情が、下から俺を見ていた。そいつは煙のような姿に口を付けたような何か。そいつは口を動かし、俺の心打ちを代弁する。
「[みんな消えろ]」
マサヨシは力無く地面に落ちていく。分身のスキルで1人増えたマルセルは、2人で並んで高笑いをする。
「名前ばっかりが先行するだけのルーキーか。ハッハッハ!歯ごたえがまるでない。そうだろう俺よ!」
「全くだ!もう1人の_____」
マルセルは分身体との話半ば、その姿を消した。
「____はあ?」
辺りを見回すと赤い霧は消えて、ボロ小屋が並び立っている。だがそこには分身体の姿はなかった。
(急に消えた...何故だ。分身体は血肉が備わったクローン。殺さない限りあり続ける筈。)
マルセルが見下ろすと、そこにマサヨシの姿はあった。不安材料がひとつ減って、ほっと胸を撫で下ろす。
「ふーなんだいるじゃないか紛らわ____八ッ!!!」
突然現れた空虚な感覚。今まで感じたことの無い違和感によってマルセルは気づいた。左腕が消えていた事に。
「き、斬られてる!!きら、うがぁああああ!!!」
アドレナリンが効いていたこと、切断面が綺麗すぎて血が出なかったこと。複合的な相乗効果は切れて、血が吹き出し、鮮烈な痛みが脳を襲う。
「ふ、ふん!!たかが左腕がなんだ、熱魔法[焼却掌底]!!」
マルセルは熱魔法により掌を極限まで熱を放出させ、傷口を握る。肉が焼けて傷口が塞がる痛みを歯で食いしばりながら、耐えて後方に下がった。
「くそ!やっぱり悪魔見てぇな能力だが、オメーの弱点は知ってる。スキル多重発動!人海複製!! 」
言葉が魔力を通す。すると地面に蹲るマサヨシを取り囲むように、マルセルの複製体が大量に現れた。
「さぁ倒してみろ。テメェの力は貫通できねぇことは調べがついてる。これだけの数を消すなんて出来ねぇだろ!!いけ!俺たち!!」
号令に伴って、複製体が束になって、地面に倒れているマサヨシに飛びかかる。暑苦しい津波となった彼らには、冷たい言葉が一つだけ送られた。
「[消えろ。]」
言葉と共に、大量の複製体が一挙に消えた。まるで最初からいなかったみたいに。
するとマサヨシはタイミングを見計らったように立ち上がる。これにより、 マルセルはこの超常的な現象に勘が働いた。
「わかったぞマサヨシ。おめぇ、瞬間転移を結界みたいに張り巡らせやがったんだな...そうじゃねぇと説明が____」
憤るマルセルの頭が消え、残された体は地面に倒れる。マサヨシは掌を向けた訳では無い。ただマルセルに一瞥をくれただけ、怒りと憎悪に満ちた目を向けただけだ。
「そうか。」
マサヨシは理解した。怒りというマイナスで強力な感情がスキルを強制し発動した事に。
射線を一線だけ出すという制約はない。入力と出力ができる範囲ならばいくらでも出せたということ。そしてプリズンシックスティーンで貰ったこの力が、マサヨシの心に答えた。だから見ただけで消えろと願った奴が消える。
「うぉーーーい!マサヨシ生きてるかー!!」
道の果てからでかい体を揺らして走るテレサが見える。どうやら音を聞き付けて飛んできたのだ。
テレサは適当な服を噛み、耳につく音を立てながら手で引きちぎる。線状になったそれを、マサヨシの額に回して結び始めた。
「まさかあの脳筋マルセルが襲撃してくるなんてね。」
「ここは安心していい場所、なんだよな。」
「そうだありえないことさ。ありえない事が起きたのは、頂けないねぇ。」
テレサはマサヨシの話を聞きながら、傷の手当を終えると背中に張り手を叩きつけた。
「強力なスキルとは聞いていたけど、一瞥しただけで消せるとは驚いたよ____ はい!おしまいーー!!」
「イッタッ!!!そんなゴツい手で背中叩くな!!!」
自家製のアルコールに適当に乾かした布で、頭の傷口を塞がれた。マサヨシは昔気質な手当に少しだけ嫌気がさしていた。
「なんだい?手当までしてもらって文句でも?」
「違うんだ。テレサがしてくれた事には感謝してる。でもさ。自分の能力をどう理解して、どう使えばいいのかわからなくて。」
スキルと言えば聞こえはいい。マジカルパワーでどうにでも言い訳をついて、理解したっていう箱へ何も見ずに放り込める。だがそれは今をやり過ごしているだけ。これから先のことをマサヨシは考えていた。
齷齪悩むマサヨシを見て、テレサはまた背中に張り手をした。
「イッタぁあ!!何すんだ!!」
「考えても仕方のないことでクヨクヨするのはよしな!あんたは、助けたい人がいるんだろ?」
「....うん。」
「なら考えるのはやめて、身体で覚えることだね。暴れ馬を理解しちゃいけない。賢く使うのさ。」
テレサの言うことに納得するしかない。マサヨシは一先ず瞬間転移の事は頭の隅に置いた。
「ありがとう。そうだな。テレサの言う通りだ。」
「わかったのならよし。それじゃ本題に入ろうね。」
無理に納得する必要は無い。時間はかかっても能力を理解する事が大事なんだとテレサは伝えたかったのだろう。マサヨシもそれを受け取った。
「それで尋ね人ってのは誰だい?____まぁ子供以外はバルタ関係くらいしか分からないんだけど、目星は着いているのかい?」
「俺も見たことは無いんだ。」
「なんだいそりゃ。写真もないのかい。」
「ないな。ホワイトベアー種の少年でロイドって名前の。」
「あーそりゃ、あんた会ってるよ。」
マサヨシの背筋が凍った。今まで出会った人間は酷くろくでもなかった上、殆ど殺してしまったからだ。それらしい特徴を探せども、どの場面でも血の池か、頭部が欠損している。
「ほら、あの包帯侍。あれがロイドだよ。」
言葉が出なかった。まさか探し人が、あんな殺意の化身のようになっていたとは考えてもなかったからだ。
愕然とするマサヨシに何かを察したテレサは昔話を始めた。
「...一時的に動力炉が活性化した時があってね。その時の時差はブルジュワの方が早かった。多分そのタイミングなのね。あれは。」
テレサはでかくて丸い顔を外に向けて、涙を流し始めた。
手術室とはとても言い難い不衛生な部屋で、ロイドという少年は横に寝かされていた。
「テレサ...こりゃ無理だぜ。」
「だからってほっとけるかい。」
テレサが道端で倒れていた少年を連れてきたのだ。優しさの心根が向かう先は、どうしても小汚い闇医者の診療所以外ありはしない。だが連れてきた所で、どう足掻いても少年は助かる余地が無い程弱っていた。
度重なる虐待。直腸は破裂し、性病に犯され、手足は変色を始めていた。白くきめ細かったであろう肌は荒れ果て、乾燥しきって至る所でヒビ割れしていた。
割れた唇で浅く呼吸する少年の姿は、例えようがないくらい痛々しく、テレサはどうにかしてやりたいと思ってしまったのだ。
使い古しの手術衣は血で固まっている。見てくれから不安を煽る闇医者は、触診する前に匙を投げていた。
「食事を分けてくれたり、息子の世話をするあんただから色々と無理を聞いてきたつもりだしこれからもそうする。だが今回はもう___本当にどうしようもない。ここじゃ処置すらしてやれないぞ。」
「そうかい...」
闇医者が手にしていたメスはもう、銀色の小さなトレイに戻っていた。
「見てる方が辛いぜ。ガキを持つ身としてはな。」
「楽には____してやれないのかい?」
「おいおい。嫌だぜガキ殺しは。安楽死用の薬だって高くてうちにはねぇし_____もうこりゃ、もとあった所に戻すか、あんたが...その...責任もってよぉ。」
投げやりな諦めの言葉。深く確信についてしまったがために、テレサは言い返せず、黙って闇医者の胸倉を掴んで殴ろうと腕を振り上げた。だがそれは止まっていた。
「_____生きたい。」
止めたのはロイドだった。息をすることに全力を傾けていた少年は、必死に足掻き、テレサの服を小さな手で握っていた。
「生きたいよぉ。」
「くそ。見てらんねぇよ。」
耳を立てないと聞こえない小さな声量で、全力であろう助けを求めている。痛ましすぎて闇医者は目を逸らした。
何も知らない少年の目に、胡座をかいた黒い死が見えている。頼る術はなかった。なかったが現れたのだ。テレサという女性が現れたのだ。
テレサは少年の手を取り、泣きながらその手を包んで額につける。この子が治りますようにと、神様に祈っているのだ。
「____1週間分の痛み止め、抗生物質をやる。」
「!!!!!」
「1週間分だけだ。それからは薬効耐性がついてきかねぇだろうし、自己免疫機能が復活すりゃ時間はかかるだろうがね。」
手渡された紙袋の中には瓶詰めされた薬が2つ、それから替え用の包帯が入っている。
「___あんたが神様に見えるよ。」
「神だったら、俺はこのガキを殺すね。」
3ヶ月がたち、ロイドは奇跡的に回復した。もう今となっては他の子供達と一緒にボール遊びができるようにまでなった。
聞いてる側が元気になるような子供達の声に、テレサの胸は締め付けられるばかりだ。
窓の外ではしゃぐロイドの姿を、険しい表情で見ていたのはテレサだ。その傍らには何故か血が固まってへばりつく手術衣を羽織る闇医者が居た。
「なんだよ。人が仕事してる時に...」
「ロイドはいつまで持つんだい?」
「テレサ...」
「いいから言葉にして!!そうじゃないと、覚悟が何時までも決まらないのさ...」
「ふぅ...仕方ねぇやつだ。」
闇医者は溜息を着いたあと、言葉を簡潔に述べた。
「4日だ。もって4日。内蔵機能の低下が排泄物から見られる。きっと常に気だるくて苦しいはずなのによ…あんな笑顔で走ってるのが不思議なくらいだな。」
「4日...」
「おいおいテレサ、いまさらか?あの時お前が決めたろう。」
「けどもし、もしよ。助かる道があるのなら。」
2人は悲しみの縁で、抗えない絶望を見ていた。その時、1人の子供が入ってきた。
「テレサ...」
「マックス。どうしたんだい?」
「お客さんが門まできてるよ~。」
テレサと闇医者、マックスはスラム街「エデン」の領域から、風俗街「ブルジュワ」側に立つ 黒い服の大群と対面していた。門の役割をするガラクタの山から向こうはアスファルトとなっている。
隔絶を示す、明確な線。その構図はお互いの立ち位置を表しているようだった。
テレサは腕組みしながら、大きな声で黒服達に挨拶をした。
「なんだい?!あんたら揃いも揃ってこんな所に!!」
「いやいやさぁさぁ、お久しぶりですねぇテレサ技術長官。」
黒服の波を割って、白いケープを引きずった猫背のおじさんが出てきた。
「マカべ。あんたが連れてきたのかい?」
「まぁそうですはい。」
「今も昔も金魚のフンみたいにパシリなのね。小狡い男_______あんた分かってんのかい!!ここはバルタの長から貰った絶対不可侵領域なんだよ!!」
「退職金がわりでしたよね?テレサの庇護の下、ここはバルタ傘下の人間は入れない。単なる口約束ではなく、魔術的なパスを通した約定[心中立協定]とはなんと上手いことを言った。」
嫌らしく笑うマカべは境界線を見渡しながら、まるでバカにするように話す。
門と言うには簡素でみすぼらしい。ガラクタを縄で集めて縛り、4つの車輪を付けただけの単なる障害物。だがこれの役割は防御ではなく、境界線を表すものだ。だからテレサの前に立つ者共達は「エデン」側に入ってこない。
「あ、そう言えば私、役職が変わりまして。」
「へー。出世したんだねぇ。」
「あいやいや。バルタ傘下を抜けたのです。」
「...なに?」
「現在はバルタ様から頂いた仕事を旨としています。今は単なる回収業者の長ですよ。」
マカべが口上を言い終えた瞬間に、黒服達が一斉にエデンに向けて足を進めた。迷いなく足を鳴らす光景に闇医者が狼狽えた。
「テレサさん。あなたが助けたいホワイトベアーはね。もう少し利用する価値があるんですよ。ボロボロだろうとね。」
「お、おいテレサ。これ不味いんじゃねぇの...」
「...マカべ!あんな弱った子をどうする気なんだい!!」
「それはあなた達には関係ありま____」
突然、マカべを含めた男達が全て地面に身体をねじ伏せられる。まるで見えない重りが張り付いたようだった。この場にいる誰もが理解に及ばなかったが、それはテレサを除いてだ。
「マックス...」
2人の後ろに隠れていたマックスと呼ばれた少年は、両手を組んで何かを呟いている。
「あんたどうやってこれを...。」
「マックス、お前こりゃ重力魔法じゃないか!!うちでやった検査じゃそこまで強力じゃなかったのに。見ろよテレサ!50人の大人をマックスが抑えたぞ!!すご!!」
地に伏せる男共の中では、まだ比較的軽傷なマカべは叫んだ。
「考えてくださいよテレサさん。ロイドくんを助けることが、出来るんです!!!」
突飛な提案ではなかった。奴隷契約魔法の最上級の隷属契約。この契約は主の魔力と比例し、隷属した者に力を与える。もしこれに入れたなら、獣族なら、全ステータスブーストによって助かる筈なのだ。
テレサはマックスに近づいて片膝を着き、ゆっくりと頭を撫でながら諭した。
「マックス...やっぱこれしかなさそうなんだ。」
「ダメ。ロイド言ってたんだ。怖い人の下で働くと、痛い事ばっかりで辛くて、戻りたくないって____」
「マックス。」
「やだ。このままアイツらを潰してや___」
テレサとマックスの対話を誰かが横切った。闇医者は突然の来訪者に焦り、マカべが目を開いて驚いていた。
その場の注目をさらったのはロイドだった。ロイドは腰に手を当てて、声を張り上げる。
「マックス!!俺、行くよ!!」
「ロイドくん...」
「みんなを助けるために、自分を助けるためにいくんだよ。次は、元気になってまた会おう!!!」
マックスは泣きながら魔法を解除し、ロイドはマカべ達と去っていった。
しばらく経って、エデンの外側に番人としてミイラ侍が現れた。これがテレサとロイドの再開だった。
テレサとマサヨシ、2人だけの空間で話していたのは過去。悲しさと虚しさを残り香に、夕焼けが零れてきてどうしようもない悲しさを感じていた。
「彼は自分の事をロイドだと言っていたわ。自分でね。最初なんて変わり果て過ぎてわからなかった。」
「そうなんだ。でも包帯があんなに巻かれてるのは...。」
「肌の壊死が進みすぎたのよ。こういう世界だと、人から変な病気をもらうから...」
マサヨシはどうしたものかと考えているが、やはり目的を違える事は出来そうになかった。それはあまりにもあのふたりが可哀想であるからだ。
だから俺は、それを遂行しなければならない。
「よし_____なら俺に考えがあるッ!!」
マサヨシは急に立ち上がって握り拳を作る。その出で立ちは真っ直ぐすぎて、テレサは少し不安に思った。
「なんか意気揚揚だけど、大丈夫なのかい?その考えとやらは。」
「俺一人ではどうしようもないんだけど、テレサの力を借りたい。」
曇りなき笑顔で手を差し伸べるのは転生者。この世界に変革をもたらす異国の者の手が、テレサには眩しすぎる。
(この子が、もう少し早く来てれば。こんな事にはならなかったのかもね。)
その眩しさの手を、テレサは取った。
夜になり、ミイラの攻撃をなんとか退けて、マサヨシはドックの狭い小屋に戻った。
「なっはっはっはっ!!!まさか連れてくるとはなぁ!!!」
煙草を咥えなおしながら、前ならぶ光景を興奮気味に笑う。
「絶対不可侵の女神様を連れてくるとは!アッハッハッハッハッ!!」
「久しぶりだねぇ犬。相変わらずボロ小屋に住んで、景気良さそうじゃないか。」
「うるせぇ。ボロ小屋はお前ん家と変わらねぇだろうが。」
ドックの前に居るのはマサヨシ。それから巨体が窮屈そうにしているテレサだった。
「ドック。バルタの親玉の場所を教えてくれ。」
「あー...読めたぞ。ロイドって奴は奴隷にされてたんだな。んで。動力炉はどうすんだ?今の感じを見るにお前さん怒りに囚われたって訳でもないが。」
「いやいや。カチキレてるよ。だからここの悪モン全部消してやる。」
「ふーん。まぁ...いいか。但し、条件がある。」
「動力炉が無くなった時の脱出法だろ。」
「わかってるじゃないか。それはそれで目星はついてるんだろう?」
ブルジュワを囲う魔法の結界は、外との時間がズレてしまっている。これを解除してしまうとうらしま効果によって、街の中にいる人間の寿命が一気に押し寄せることになる。
[そうだ。だから量子もつれを使う。厳密には違うだろうが、構想上は成功するだろう。]
「なっ!なんだ!声が聞こえるぞ!」
くわえタバコを落として驚くドックを、マサヨシは笑ってみていた。
「なんだマサヨシ!笑いやがって!」
「ごめんごめん。この声は、この機械から流れてるんだ。」
[どうも。私はモノだ。]
マサヨシは手のひらに載せた小さなスピーカーを見せる。
「こら、なんだ?」
「あー。遠くの人と話せる機械、かな?魔力的なものじゃないから探知もない。」
「はー...。外から来たやつはなんでも出来るんだな。んでモノさんよ。どういう仕組みなんだ。その量子もつれってのは」
[どこまで離れても分子だった物が反応してしまう事を言う。だから君達はこちらに来て、魔力パスを通させてもらう。言うなれば魔力もつれだな。そうすれば時間に引き摺られて体が老化することも無い、かもしれない。こちらに来るまでは、僕が君たちの存在を保証しよう。]
「脱出法は賭け、か。まぁそれが成功しそうだと思ってテレサも出てきたんだろう。なら、乗っておくか。」
マサヨシの心の中で何かがハマっていく音が聞こえた。自分の考えた計画に足りない部分が足されていく。動かなかった秒針が少しづつ進んでいく。
「だが問題はここからさ。」
テレサは腕組みをしながら二人をにらんでいる。
「確かに物理的な話は理解出来る。あたしゃ時間学も物理学も分かってるからね。でもあのバルタッて大きな勢力に向かっていく現実的な計画を知りたいよ」
[街の中央にある大きなビル。3勢力の頭目が揃い、その上にはバルタのリーダーが座している。堅牢なセキュリティだろうな。]
「そこに関しては大丈夫だぜ。」
ドックはシワの寄った紙をテレサに渡す。
「なんだいこの汚い紙は。」
「そこにこれから必要になるもんが沢山書いてある。まぁガラクタから揃うもんばかりだ。全部揃ったら、作戦決行だ。」
「...信用していいんだね。」
「それはてめぇで決めろ。でかい腹をさっさと繰繰れ女神さんよ。」
テレサは作戦準備の為に小屋を出ていった。大きな背中の逞しさにマサヨシの不安は無くなった。
「ふぅー。ひと仕事だった。」
「いい仕事だったぜ。おめぇは上手くやったんだ、この俺をうごかしてるんだからなぁ!なっハッハッハッ!」
「...そんなボコボコの顔で言われてもねぇ。」
「うるせっ」
大きな手形を顔に貼り付けたドックは機嫌は悪そうだが、少しだけスッキリしていた。テレサの張り手で憑き物が落ちたように、マサヨシは思えた。
「なぁ。おめぇ、最初に会った時の事、覚えてるか?」
「覚えてるよ。」
「道端で蹲った子供を蹴るデブを見てくみかかったよな。んで誰も助けず笑ってる外野共に笑うなって叫んでた。店の前だから煩くてよ。俺はお前に言ったよな。」
「だまれ。だったな。その時必死だっから無視してさ、その後も笑ったヤツを殴っ____」
思い出を話しているだけなのに、ドックは急に吹き出した。
「なんだよ青臭いって言うのか?」
「いやいや、まぁそれもあるが俺はあの時魔法を使ったんだ。それが効かなかったんだなと思ってよ。」
「はぁ?!お前…。俺にどんな魔法使ったんだ?」
「口頭誘導。相手を言ったままに従えさせる魔法だよ。」
すると、ドックの目が光りを放ち、マサヨシをじっと見つめて言った。
「[踊れ]」
「______なんで?」
「ほらなぁ?言う事聞かねぇだろ。ナアッハッハッハッハッ!面白いやつ!」
ひとりで楽しんでいる姿が苛立ち、マサヨシは噛み付いた。
「何が面白いんだ。」
「怒るな怒るな。俺はお前さんに興味ありあり、バカにするコタない。」
ドックは視線を落として、悲哀のある声音で語った。
「魔法は無から有を産まない。だから俺の魔法ってのは誰かを信用してるなら誰にでも効く。虐待された子供でも効くんだ、相当強いんだろう。でも、お前には効かなかった。恐らくだけどよ、辛い経験がそうさせてるんだろうな。」
「...まぁそれなりに。」
「そんな奴が誰かの弟分を助けたいだけで、この街に着た。それからテレサ達と俺を引っ括めてたすけようってんだろ?誰も信用していない奴が。」
マサヨシの過去は人に裏切られ、傷つけられ、自分で命を締めくくった。信用していい人間などいないと、強く感じている。その全てを、ドックは理解したのだ。
「最初は信用なかったぜ?見返りを求めない優しさなんて胡散臭すぎてよ。でもお前は人を助け続けた。エゴでもなんでもな。」
「俺は、その、見てられなかったんだ。」
「言いたいのは、お前はすげぇって事だ。魔法すらできないことをしてるんだ。生きてるだけで無から有を産んでるんだよ。」
するとドックは拳を、マサヨシの胸に優しく当てる。
「それでいい。マサヨシ。お前はそのままでいい。自分の中にある物を信じて進め。」
「ドック____」
「最後の最後まで悩んでたんだろ。この街の住人を殺していいのかって」
「...うん。」
「周りに正しさを確かめるなよ。ブレが産むのは歪みだ。人間を信じすぎず、お前は溢れて仕方ねぇ優しさを振りまき続けろ。それから、死ぬなよ。」
「わかった。」
自分のこれからする事は、大虐殺に他ならない。悪党でも人は人。だがドックはマサヨシの背中を押したのだ。きっとこれからの全てが良くなるんだぞと言わんばかりに。
「___全く、アイツみたいな奴だ。」
「ん?なんか言った?」
「なんもねぇや_____おら行くぞ、テレサの準備もすんだ頃合だしな。」
重い体を引きづって、扉を越える。紫煙と香水のキツイ匂いが、逃げ場を得たようにして体を通り抜けていく。
「おい用心棒やねぇか。早いなぁ。」
眼の前のエントランスから、黒服の男が歩み寄ってきた。
「何してん。巡回中やろ?」
あいつを見てから、ねぇさんを思い出して仕方がない。臭いがするんだ。きっと外では生きていて奴隷魔法を結んだんだろう。
でも嫌な感じがしない。それにテレサが助けに入ったんだ。きっといい御主人様なんどろうね。いいな。僕もいきたかった。
「…なんかへんやぞ。いつにもまして静かやな。」
「ア___」
もう言葉すらまともに発音できない舌でも、できることは必ずある。
「アメ__ガ__フル___」
「そんなこといいにきよったんか。義理堅いやっちゃ。ほな扉はシメンといかんで。」
男が僕の後ろを見ると、腰回りに手を伸ばして銃を抜こうとした。
「そうか。やっとその気になりおったんか。ま、外で死んでるダチがおらなこの仕事おもんなくてやっとられんし、さんざん悪いこともしてきた。年貢の納め時が俺に回ってきたんやろな。」
だがその手は銃を握ることなく、腕を下ろす。そして足を進ませて、男はその場を去ろうとした。
「ほな、元気で…ちゃうな。思いっきりやりや。三途の川で待ってるで。」
そうだ。もう守る理由もない。もう個々にあるすべてがいらないんだ。




