たぬきのポンポコ意趣返し
茶髪からかき分けて生えているのは、たぬき特有のまる耳。狸族の少女であるポコは、ベットの上で朝日を浴びながら眠っている。
安らかで寝息も静か。細くて白い手首を握り、脈を取ってみても正常値。
あの日から1ヶ月 は経っているが、ポコは寝たきりになっていた。
木の窓から朝日が部屋に溢れている。白いカーテンが風で膨らみ、部屋を通り抜けた。
爽やかな朝。清潔な布団に埋まるポコを見守るマサヨシ。そんなマサヨシを見守るゴリラのモノと言う謎の構図が生まれている。
たがマサヨシはポコの細い手を握り、離せなくなっていた。
「…モノ。今日で何日経った。」
背後を見ずにモノに問いかけると、簡潔な答えが返ってくる。
「30日と4時間。体は健康そのものだが、これ以上意識が無いと体に無理がかかる。」
モノが言い出したことなのに、成果がでない。お門違いとは言え淡泊な返事に腹を立ててしまう。
「…なんでこうなるんだよ。」
「それは…わからん。魔法はからっきしだからな。たが問題はお前にあるだろうと、私は思う。」
ゴリラには似合わない白衣を着て、モノはトレイに載せた白いお粥をマサヨシに渡した。
「いつものように優しく食わせろ。のどに詰まらせないようにな。」
マサヨシはスプーンでお粥を掬い取りってポコの小さな口にゆっくり運ぶ。意識が無いままとは言え、ポコはそれを飲み込んだ。
反射的な作用であることはマサヨシにも分かってはいたが、この状態に陥っていることが歯がゆくてたまらない。
「……契約魔法の特攻が効かないのは、俺の魔力パスが上手くいってない、だっけか。」
「恐らくな。ミコチのときは違ったんだろう?」
「そうに決まってんだろ…。」
ミコチと初めて契約を交わした時は、不利な状況を覆した。だかポコの状態を比較するとどうにも腑に落ちない点が多い。
マサヨシには、効果が薄れているように見えたのだ。
「精神的影響が強い魔法。ようは邪念が魔力パスの阻害をしている、と考えるのが妥当だな。」
「だけどどうすりゃい____」
「訓練だっ!!!!!!」
モノのつぶらで大きな目が光っていた。真っ黒い眼光にはマサヨシの顔が反射していて、何故か見入ってしまった。
「____訓練だッ!!」
「いや聞こえてるよ。戸惑っただけだ。」
マサヨシ達が住む一戸建ての家は、森林の中央に位置している。
未開拓の土地にある「隠れ森」は、中央に向かえば向かうほど、生態系がかなり荒れ、強者が縄張りを持つ。低級の冒険者ならば、まず出る事はできないだろう。
それゆえに人に知れ渡ることも無く、生き物たちが強者を生み続ける環境にある。これが隠れ森の実態である。
今まさに食物連鎖に組み込まれそうなマサヨシは、何も持たないまま猿と対峙していた。
「ウキキ...」
「なんだこいつ...」
森林の少し開けた場所で放置されたマサヨシの目の前に、一匹の猿が木の枝を握り潰して睨んでいた。
どこからどう見てもただの小柄な猿。だが猿の持つ雰囲気は只者ではない。
その眼光は潰さにマサヨシの動きを抑え、何かあると思わせるその強さを感じていた。
「....くそ。安請け合いするんじゃなかった。」
今更後悔しても仕方がないのは分かっていた。あのゴリラと呼んでいいのかもわからない存在、モノの万円の笑み。何かしらを達成しないと帰れないのは明白だった。
「だとしても____」
マサヨシは右手を前に、左手をその少し後ろに配置し握り拳を作る。
呼吸を落ち着け、息を吐くと同時に腰を落とす。足は肩幅よりやや広め。これはマサヨシが自衛官時代に先輩から習った構えだ。
「____やってやるッ!!!」
気迫が締まる。
体の緩んでいる部分などなく、一気に筋肉を緊張させ、身体を流れの1つに組み込んでいく。
脚で強く地面を踏みしめて眼光を滾らせる。
無防備だった人間が構えを取った。これにより猿の中の勢力図が変わり、猿もその気迫をより一層強くした。
「ウキャッ!!!」
先手は猿。その両手に握っていた木の枝を、時間差で2回投げつける。あまりにも原始的な攻撃に、マサヨシは短絡的な考えを起こす。
「やっぱ猿知恵か。こんなも_______」
甘い。考えが甘い。この世界では魔法が土や水、血と肉と同じくらい身近な存在。ならば人間以外も使えて当然なのだ。
マサヨシの踏みしめていた足が唸る。地面に接地していた母指球を捻って動力から筋力、筋力から破壊力へと進化する。
その段階でマサヨシは気づいた。猿が笑ってこちらを見ている事に。
「ウキャ!」
突風が煙を乗せて吹き荒れる。猿とマサヨシを中心とした暴風が生まれ、衝撃に乗せられて吹き飛ばされた。あまりの勢いに抗うことはできず、背中を大木に打ち付けた。
先制攻撃を食らってしまった。だが折れない。マサヨシは片膝をついて立ち上がり、猿を睨む。
「くそがよぉ...」
爆煙が赤く見えていたが、それは自分が流す血が、眼球に張り付いているからだ。
額に熱くて敏感な痛みは裂傷を、その後ろをついてくる鈍痛は打撲を感じさせる。それはマサヨシにとって奇策が通用した証に他ならなかった。
「本当にギリギリだった、ギリ間に合ってこれは...。」
マサヨシは自身のスキル「瞬間転移」の研究に余念がなく、それをアドリブで応用したのだ。
猿が投げつけた木のクズの先頭を転移、すぐさまマサヨシに向かって来る木クズたちに向けて射出した。これにより相打ちになって地に落ちる、それまでを想定していた。
(瞬間転移は物体のベクトルを操れる。だから途中までは想定通りのはずなのに、何故だ。なにが起きた。)
不慮の事故などではけしてない。何故か大爆発という結果に、マサヨシは寒気を覚えた。
(…あの猿。もしかしてスキル持ちか?いや…どちらかといえば魔法か。)
猿はまだまだ足元に有り余る木のクズを拾って、マサヨシに投げ続ける。
「くそ!!!まぁいい、現象がわかってりゃあ対応はできる!かかってこいよ!!!」
マサヨシは戦いながらも、頭を少しだけ整理することにした。
この世界において、魔力とは、肉体で生成される普遍的な形を持たないエネルギーとされる。
生物の臓器類は心臓を軸に特別な配置を構成。魔力精製と循環に適した進化を遂げたと思われる。 故に別世界からの転移者は魔法が使えない。
結言として。
自ら生きている物は猿だろうが木だろうが、魔力由来の魔法が使えると言うことに他ならない。
昼を超えて夜が訪れた。動物達が息を潜める森林に、煌びやかな炎が瞬いてる。
反響する爆発が群発的に湧いて、こと次いで木々がゆっくり倒れていく。
轟音で耳は潰れても、マサヨシは必死に走っていた。太い木の根が土から隆起していても、それを飛びよけてつき進む。
こんな事が単なる時間稼ぎであることも知りながら。
(このままじゃ絶対無理だ...。森は猿のテリトリーだろうし、どうにかあいつの動____)
考える暇もない。左腕の近くで爆発が起こり、マサヨシは熱量と爆速に押されて地面に転がる。
「______グハァッ!!!」
痛む身体を立て直すも足が上がらず、地面に両手を着き、立ち上がろうともがく。
「クソッ...こうなったらやるしか..」
土煙を破って現れる小柄な猿は、笑いなが木クズを握っている。
【八木元くーん。ほらほら、勝てないなら立っちゃダメだよ〜。】
マサヨシの目に浮かぶ、過去の記憶と今が重なる。ニヤついた猿の表情が、マサヨシを嘲笑う上司達に見えたのだ。
「______コロス」
腹の底から湧いてくる熱い怒りの後ろには、冷たい殺意が連なっている。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
頭の中がどす黒い何かで埋まる。埋め尽くされる。脳内から消えていく自我を留めておくことが、困難に成程に。
「絶対にコロ______あ」
過去の記憶に囚われていたせいで、目の前のものをみているようで見ていなかった。やっと見えた始めた視界には、もう既に猿が木クズを投げている。
瞬発的に広がる火の海をイメージすれば、自分が消える事は想像に容易い。
「死んだ____」
「まだ死んだりしません!!!!」
猿とマサヨシの間に影が飛び込んで、爆発が起こった。二人の間には煙と風が通り抜ける。
「貴方は死んだりなんかしません。私が守るのですからね。」
煙が消えるとそこには、たぬき耳の少女が身の丈に合わないほどの大きな斧を持っていた。
その表情も、纏う雰囲気も、ベットの上に寝ていた時とは別人だ。
「ポコ...」
「出遅れてしまい申し訳ありません。ポコは復活しました____そこの猿!!!」
猿は突然現れた強敵に毛を逆立てていた。
「こいつ...ウォーリアーモンキーじゃない.。なんで爆破魔法なんか使えるの__ヨッ!!」
自身の身長を超える程の長い斧を横凪に振るった。周りの木々に影響されず、その速度は居合切りを超える。
だが猿はそれを飛び上がって難なくよける。だがポコは先立って飛び上がり、猿の顔面に少女の足裏が迫っていた。
「ウキ_____ 」
「私の主人に手を出したわねエテ公」
全くの容赦なし。猿の顔にポコの右足がめり込む。鼻骨を割り、脳にまで届く衝撃が猿の意識を刈り取る。
そうして勢いは殺しきることも出来ず、どこか遠くへと蹴り飛ばされる。
「死んで償え________何処までも遠くまで届く、この斬撃を受けて。」
マサヨシは体を回る魔力の感覚を感じて、本当に復活したんだと確信を持てた。
そして次にくる衝撃に備えるため木の影に隠れる。
ポコの腕に滞留する魔力は、光を帯びながら斧へと流れていく。
「戦斧共鳴」
そして斧を縁取る魔力の全てが刃部に集まり、辺りを照らして暴き出す。
「マサ・カリッ!!!!!」
神々しく光る斧は視界いっぱいに広がり大きくなって夜空を消した。
「ま、まさか。ポコ、それを振るう気じゃ____」
「横凪ぎぃいいいいいいい!!!」
「ウ__ウキャキャキャぁぁ______」
まるで芝刈リだった。光の斧によって周囲にあった木は全て同じ高さに伐採され、視界が開けてしまう。
そして何処までも続く。あの巨大な光の斧が通り過ぎた所は全て緑が禿げ上がる。
猿は光の斧の中に、その姿を消してしまった。
元に戻った斧を地面に突き刺して、ポコは地面に横になっていたマサヨシに駆け寄る。
「ご主人!猿は仕留めました!ってか大丈夫です?!」
「だ、大丈夫だ。良かった...本当に良かった、パスが通じたんだな。」
「はい!それでご主人様に呼ばれた気がしたのですぐ馳せ参じたんです!」
元気になったポコを見てマサヨシは安心し、まるで寿命を迎えたかのように眠ってしまった。
マサヨシは力を使い果たし、昏倒して3日が経った。
「お。おきたなプレイヤー。」
起き抜けのマサヨシを出迎えたのは、白衣を纏うむさ苦しいゴリラだった。
毛むくじゃらな太い指でつまんだバナナを手渡して来たが、マサヨシは返礼する。
「お前のせいで死にかけたの、忘れないならな。」
「そんな思い出深かったのか。こちらとしてはまぁ研究データとして適正だった。ありがとうのバナナを受け取れ。」
「人語伝わらねぇみてぇだなゴリラ。」
今にも瞬間転移の魔法を使いかねないマサヨシの前に、たぬき耳の少女が割り込んだ。
「怒らないでご主人。」
「ポコ...」
白い肌には少しの赤みがある。血色良好。本当に健康体になったのだと、マサヨシは心から安堵した。
「拓也。お前のおかげでポコは無事だ。恐らくだが、以前よりも健康体だと言うことは、バイタルが示している。」
「そっか。それは良かった...」
元気なポコの姿を見てマサヨシは心から嬉しくなった。
救えなかった人達と、マサヨシを侮蔑する悪漢達。今のポコの姿はそれらを否定してくれる証明に他ならないからだ。
嬉しさが涙に変わって目から零れ落ちそうになる。それを見られるのが恥ずかしくて、マサヨシは勢いよく下を向いた。
「ご主人?大丈夫?」
ポコは純粋に体調が悪いのかと真剣に心配している。それすらも隠そうとマサヨシは起きて、ポコに笑顔を向けた。
「...大丈夫、気にするな。なぁポコ、快気祝いだ。何か欲しいものとかして欲しい事はないか?」
「して欲しいことなら____ある。」
今度は悲しそうに眉をひそめるポコは、悲しそうに話し始めた。
「私には弟がいた。血の繋がりがないホワイトベアー種の男の子。その子も奴隷商に売れちゃったの。」
「取り戻して欲しいのか?」
「_____」
ポコは言い出しづらそうにしている。だがそれはなんなのかマサヨシは勘づいていたし、それを受け入れるつもりでいる。何故ならこの子はマサヨシにとって恩人だからだ。
「いいよ。」
「_____?!!!」
耳を尖らせて、目を大きく開いた。つぶらで澄んだ瞳の中からジワジワと涙が湧いて出てくる。それを見たマサヨシはシーツを摘んで拭う。
「ありがとうご主人。ありがとう!!!」
きっとこの世界に優しさなんてものはないのだろう。辛い体験が引き寄せる悪循環の輪に囚われた子供たち。
俺の使命はきっと、輪からの解放なのだろうとマサヨシは強く確信した。
「それでホワイトベアーの男の子はどこにいるの?」
「ぐす____ロイドはブルジュワにいる。」
ブルジュワという街の名前を知らなかったマサヨシは、モノに目配せをしてみる。すると彼はバツが悪そうに視線を逸らした。
「??」
「ご主人____」
「あ!いやいやなんでもない。...まぁ助ける事ならすぐ出来る。今日は少し休ませてくれ。」
「分かった。もう少しでご飯を作るからそれまで休んでて。」
「ありがとう。」
ポコは小さい体躯で部屋のドアをくぐった。マサヨシそれを見送り、ドアがしまった途端にモノに話を振る。
「なんか言いたそうだな。」
「言いたいなんてものじゃない。お前ブルジョワを知らないか?きいたことはないか?」
「ないな。そんなにやばいとこなのか?」
モノは言いづらそうに口を開く。
「ブルジョワは大人向けの街と言われてる。高品質なアメニティを提供することで有名な街。つまりだ。その____所謂、風俗街なんだ。」
まさかの回答に動揺した。これをポコになんと、説明して良いやら。




