第一話「水晶の夜」
その夜、空から降ってきたのは雪じゃなかった。
月明かりを砕いたような、透明な結晶——水晶。
水晶が降る夜には、必ず何かが起きる。
それを人は水晶の夜と呼ぶ。
「兄さん……きれいだね」
隣で妹のユイが、空を見上げて言った。
その声を聞いた瞬間、嫌な予感が胸を刺す。
「見るな。触るな。部屋に戻るぞ」
強い口調になったのは、理由がある。
五年前の水晶の夜で、俺は知った。
水晶は、人の心に触れる。
そして、水晶に選ばれた者は何かを得る代わりに、代償が必要になる。
「ちょっとだけならいいよね」
ユイは笑って、落ちてきた水晶に手を伸ばした。
遅かった。
水晶が光る。
弾けるような音と同時に、ユイの体が強く震えた。
「ユイ!」
駆け寄って抱きとめる。
腕の中の体は確かに温かいのに、
何かが、確実に欠けていくのが分かった。
目を開いたユイは、俺を見て首を傾げた。
「……えっと。ごめん。なんで泣いてるの?」
その一言で、分かった。
ユイは今、
感情を失い始めている。
それが、水晶の夜に選ばれた証。
「大丈夫だ。何でもない」
嘘をついて、俺はユイを抱きしめた。
水晶の夜に目覚めた者は、
力を得る。
そして、少しずつ“普通”を失っていく。
このままじゃ、ユイは——
笑う理由も、悲しむ理由も、
俺との思い出さえ失ってしまう。
そんな未来、認められるわけがない。
俺は、この夜から妹を取り戻す。
たとえ世界のルールを敵に回しても。




