風の止まる丘の日
特別な場所でなくても、なぜか何度も来てしまう場所がある。
理由はあとから考えても、うまく言葉にならない。
丘へ続く道は、ほとんど人が通っていなかった。
踏み固められてはいるが、草はところどころ伸びたままで、足元を擦るたびに乾いた音がする。街からそれほど離れていないはずなのに、振り返ると建物はもう小さく見えた。
風が強い場所のはずだった。
けれど今日は、不思議なくらい静かだった。
「こんな場所あったんだね」
フィアが言う。
誰に聞いたわけでもなく、ただ地図の端に道が続いていたから来てみただけだった。
カイルは短く頷く。
「見晴らしはいいな」
丘の上まで登ると、空が大きく開ける。雲の影がゆっくりと地面を流れていき、遠くの森が淡く揺れて見えた。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
フィアは草の上に腰を下ろす。
外套を畳み、その上に手を置いたまま、風のない空を見上げている。陽の光は強すぎず、ただ時間だけがゆっくり進んでいた。
「ね」
小さく声を出す。
「なんだ」
「……なんでもない」
言いかけて、やめる。
代わりに、少しだけ笑った。
カイルは少し離れた場所に座る。
近すぎず、遠すぎない距離だった。いつもと同じはずなのに、今日はなぜかその間がはっきりと意識される。
草が揺れる音だけが続く。
風はまだ吹かない。
フィアは視線を落とし、指先で草を摘んだ。
すぐに離す。
意味のない動作だったが、それを繰り返しているうちに、呼吸が少しだけ落ち着いていく。
隣に誰かがいるときの静けさを、いつから心地よいと思うようになったのか、自分でも思い出せなかった。
考えかけて、やめる。
言葉にすると、形が変わってしまいそうだった。
「そろそろ戻るか」
カイルが言う。
まだ早い時間だった。
けれど、フィアはすぐに頷いた。
「うん」
立ち上がるとき、ほんの一瞬だけ振り返る。
丘の上には何も残っていない。ただ草が揺れているだけだった。
帰り道は、来たときより少しだけ静かだった。
話すことがないわけではない。けれど、無理に言葉を探す必要もなかった。
歩幅が自然と揃う。
それが当たり前のことのように感じられて、フィアは小さく息を吐いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は少しだけ、静かな時間の話でした。
同じ場所でも、何度か来るうちに意味が変わっていくことがあります。
次回は、少しだけ季節が進みます。




