水辺で休む日
暑くなり始めた頃は、歩く理由より休む理由のほうが増えていく。
予定を決めない日ほど、長く同じ場所にいることになる。
夏が近づくと、風の匂いが変わる。
街を出たばかりの頃は気づかなかったが、川に近づくにつれて空気が湿り、肌にまとわりつく熱がゆっくりと重くなっていく。日差しはまだ強すぎるほどではないのに、歩いているだけで体温が少しずつ上がっていくのが分かった。
フィアは途中から、外套を腕にかけて歩いていた。
「思ったより暑いね」
そう言いながらも、足取りは軽い。水の音が聞こえ始めてから、歩く速度が少しだけ速くなっている。
川は前に来た場所よりも浅く、流れも穏やかだった。陽の光が水面で砕けて、足元の石まで透けて見える。
フィアは迷わず川辺まで降りていく。
靴の先で水に触れ、すぐに引いた。
「冷たい」
笑う声が、水の音に混じって小さく広がる。
カイルは少し離れた場所で立ち止まり、流れを見ていた。水は同じ速さで流れ続けているのに、見ていると時間だけが遅くなる。
「入らないの?」
振り返って聞かれる。
「濡れるだろ」
「少しくらい大丈夫だよ」
そう言って、フィアはもう一度水に足を入れる。波紋が広がり、光が揺れる。その様子を見ているうちに、なぜか断る理由が薄れていった。
結局、靴を脱いで川へ入る。
思っていたより冷たく、足先から一気に熱が引いていく。流れに足を取られないように少しだけ距離を詰めると、肩が触れそうな位置になった。
どちらも何も言わない。
水の音が近くなっただけだった。
しばらくして、フィアが空を見上げる。
雲がゆっくり流れている。強い日差しが一瞬だけ遮られ、影が落ちる。
「こういうの、いいね」
独り言のようだった。
カイルは答えなかった。
ただ、同じ方向を見ていた。
風が吹く。
濡れた足に触れた空気が少し冷たく、フィアが小さく肩をすくめた。その動きが近くて、思ったより距離がないことに気づく。
けれど、どちらも離れなかった。
理由はなかった。
日が傾き始めると、水面の色が変わる。
さっきまで透明だった流れが、夕日の色を映してゆっくり赤くなる。帰る時間は分かっていたが、誰も言い出さなかった。
やがてフィアが立ち上がる。
「そろそろ戻ろっか」
少し名残惜しそうに言う。
「……ああ」
それだけ答える。
川から上がると、さっきまでの冷たさがすぐに消えていく。歩き出す頃には、もう水の感触は残っていなかった。
振り返ると、川は変わらず流れている。
ただ、さっきより少しだけ遠く感じた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
季節が少しだけ進みました。
特別なことは何もありませんが、同じ場所でも感じ方は少しずつ変わっていきます。
次回は、少しだけ人の多い場所へ向かいます。




