川沿いを歩く日
帰る時間を決めていない日は、なぜか歩く距離が少しだけ長くなる。
特別な目的がなくても、隣に誰かがいればそれでいいと思える日がある。
川沿いの道は、昼の熱をまだ少しだけ残していた。
石畳は乾いていて、踏むたびにかすかな音がする。水の流れる音が途切れず続き、街道から離れているはずなのに、不思議と寂しさはなかった。風が川面を撫でるたびに光が揺れ、その反射が足元まで届いては消えていく。
フィアは少し先を歩いていた。
ときどき立ち止まり、水面を覗き込んではまた歩き出す。その動きに特別な意味はないようで、ただ、歩く速度が自然とカイルに合わせられているのだけは分かった。
「この道、思ってたより静かだね」
振り返らずに言う。
「街から近い割にはな」
答えながら、カイルは川の流れを見た。水は速くも遅くもなく、ただ同じ速さで下へ向かっている。見ていると、時間の感覚が少しずつ曖昧になる。
しばらく、言葉は続かなかった。
靴底が石を擦る音と、水の音だけが残る。
それで十分だった。
日が傾き始めると、空の色がゆっくり変わっていく。
川面の光が柔らかくなり、風も少しだけ冷たくなる。フィアは外套の袖を引き寄せながら、歩幅を少しだけ小さくした。
気づいたときには、カイルの隣を歩いていた。
どちらからともなく距離が変わっただけで、理由はなかった。
「……今日は、何もなかったね」
フィアが言う。
戦うことも、急ぐこともなかった一日だった。
「そうだな」
短く返す。
それ以上の言葉は続かなかった。
橋の手前で、フィアが足を止めた。
川が少し広くなり、水の音が遠くなる。夕日が低く差し込み、影が長く伸びていた。
「こういう日、嫌いじゃない」
独り言のように言う。
カイルは答えなかった。
ただ、同じ方向を見ていた。
日が沈む直前の光は短い。
気づけば空はすぐに色を失い、川面の輝きも消えていく。
「……戻る?」
フィアが聞く。
帰れる時間だった。
けれど、すぐには歩き出さなかった。
少しだけ、沈黙が続く。
水の音だけが変わらず流れている。
「もう少しだけ」
カイルが言ったのか、風の音に紛れてはっきりしなかった。
フィアは何も聞き返さず、小さく頷いた。
完全に暗くなる前に、二人は歩き出した。
川の音は後ろへ遠ざかっていく。
振り返る理由はなかったが、どちらも少しだけ歩く速度が遅かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は特に何も起きない日でした。
ただ歩いていただけのはずなのに、少しだけ時間が短く感じる日もあります。
次回は、少しだけ季節が進みます。




