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3/11

森で夜になる日

少し遠くまで歩くだけのはずだった日。

気づけば、帰る理由が少しだけ遅くなる。

王都を出てからしばらく歩くと、道はゆるやかに森へと続いていた。


街道の土は乾いていたが、森へ入った途端に空気が変わる。木々が日差しを遮り、足元には湿った匂いが残っていた。頭上では枝が揺れ、葉の擦れる音が絶えず続いている。


「この先、少し開けた場所があるらしい」


フィアが前を歩きながら言う。


「来たことあるのか」


「ない。でも、良さそうだったから」


振り返った顔が、少しだけ楽しそうだった。


理由は聞かなかった。聞けば、それ以上の言葉が必要になる気がした。


森の奥へ進むにつれて、音が減っていく。


鳥の声が遠くなり、代わりに自分たちの足音だけが残る。


「……来るな」


カイルが足を止めた。


木々の奥から、巨大な魔獣が姿を現す。地面を踏みしめるたびに土が揺れ、低い唸り声が森に響いた。


「戻る?」


「いや」


剣を抜く。


一歩踏み込み、振る。


空気が裂ける音が遅れて響き、魔獣の姿が消えた。背後の木々が一直線に倒れ、葉がゆっくりと降り注ぐ。


風が止まり、森が静まり返る。


「……少し強かったか」


「うん。静かになった」


フィアはそれだけ言って歩き出す。


カイルは剣を収めながら、倒れた木々の向こうを一度だけ振り返った。


開けた場所に着いた頃には、日が傾き始めていた。


木々に囲まれた小さな空間で、上だけがぽっかりと開いている。夕日の光が斜めに差し込み、草の先を赤く染めていた。


フィアは何も言わず、その場に立ち止まる。


風が吹き、草が揺れる。


しばらく、誰も話さなかった。


座ると、地面の温度がまだ少し残っていた。


昼の熱がゆっくり抜けていく。


空の色が変わっていくのを、二人はただ眺めていた。


「……戻るか」


カイルが言う。


けれど、立ち上がらなかった。


帰れないわけではない。道も分かっている。ただ、今動く理由が見つからなかった。


「うん」


フィアも動かなかった。


気づけば、空はすでに暗くなり始めていた。


木々の間に最初の星が見える。


「火、つけるか」


集めた枝に火を移すと、小さな炎が揺れ始めた。明かりができた途端、周囲の闇が一歩下がる。


薪のはぜる音が、静かな森の中でやけに大きく聞こえた。


「こういうの、久しぶり」


フィアが言う。


「野営か」


「うん。でも、嫌じゃない」


火の明かりに照らされた横顔は、昼間よりも柔らかく見えた。


しばらく沈黙が続く。


虫の声と、火の音だけが時間を進めていく。


「ね」


「なんだ」


「さっき」


フィアは火を見たまま言う。


「帰るって言ったのに、立たなかったね」


カイルは答えなかった。


理由は分かっていたが、言葉にできなかった。


「……暗かったからな」


「そっか」


フィアはそれ以上聞かなかった。


ただ、少しだけ火に近づく。


距離が、わずかに縮まる。


夜は静かだった。


眠る前、フィアが小さく言う。


「また、こういうのもいいね」


カイルは返事をしなかった。


ただ、焚き火の火が消えるまで起きていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は少しだけ、帰る時間が遅くなった日でした。

特別なことは起きていませんが、二人にとっては少し違う一日だったかもしれません。


次回はまた、少し場所を変えて出かけます。

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