並んで歩く選択
強さを知ることと、理解することは違います。
距離が縮まったからこそ、見えなくなるものもあります。
石橋を離れてから、しばらくは誰も追ってこなかった。
川沿いの道は静かで、空気はすでに夕方に近づいている。水面は赤く染まり、風が吹くたびに細かな波紋が広がった。橋で起きた出来事が嘘のように、世界は穏やかだった。
フィアは歩きながら、少しだけ息を吐く。
今日は風が冷たい。紺色のコートの襟を引き寄せ、指先を隠す。戦いの直後だというのに、頬には緊張よりも薄い高揚が残っている。
「見られちゃったね」
軽い声だった。
「そうだな」
カイルは短く答える。
歩く速度は変わらない。
だが、二人とも分かっている。
もう“知らないまま”ではいられない。
少し離れた林の陰で、レオンたちは足を止めていた。
追えば追いつける距離だった。
だがレオンは剣を収めたまま動かない。
「……どうする」
ガルドが問う。
レオンは空を見上げる。
裂け目が再び開く気配はない。だが、あれは終わっていない。
「追わない」
決断は静かだった。
ミリアが目を細める。
「なぜ?」
「敵じゃない」
その一言に、全員が息を止める。
敵ではない。
だが味方とも言い切れない。
それでも——
「俺たちが追うべきものは、あれじゃない」
レオンの視線は空に向いている。
裂け目そのもの。
原因。
根源。
追うべきは“二人”ではなく“歪み”だと、ようやく整理がついた。
川沿いの道を、カイルとフィアは並んで歩く。
沈みかけた太陽が水面を照らし、二人の影が長く伸びる。足音が揃い、風が背中を押す。
フィアは少しだけ前に出る。
振り返らない。
けれど声は柔らかい。
「ね」
「なんだ」
「また会うと思う?」
今度は曖昧な問いではない。
具体的だった。
カイルは少しだけ考える。
「会うだろうな」
否定はしない。
逃げ続けるつもりもない。
フィアは小さく笑う。
「そっか」
それで十分だった。
そのとき、空がわずかに揺れる。
裂け目ではない。
もっと遠く。
世界の奥で、何かが動く。
カイルは足を止める。
フィアも同時に止まる。
二人は同じ方向を見る。
遠い。
だが、確実に異質だった。
林の陰で、ミリアが顔を上げる。
「……また来る」
今度は橋でも森でもない。
もっと大きい。
空そのものが、深く歪む予兆。
レオンは即座に判断する。
「街に戻る」
ガルドが頷く。
セレスも動き出す。
今度は、二人の後を追うためではない。
同じ方向へ向かうためだった。
川沿いで、フィアが小さく呟く。
「今日は帰る?」
少しだけ、名残惜しそうに。
カイルは空を見たまま答える。
「街の方が安全だ」
珍しい言い方だった。
フィアは目を細める。
「守るの?」
冗談半分。
だが、否定しない問い。
カイルは答えない。
代わりに歩き出す。
街の方向へ。
遠くの空が、深く暗くなる。
裂け目ではない。
もっと巨大な、輪郭のない歪み。
それを見上げる者は、まだ少ない。
だが、今度は偶然では済まない。
世界は、同時に二つの選択を始めていた。
追うか。
並ぶか。
そして、二人は——
並んだまま、街へ向かって歩いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は「追う」から「並ぶ」への転換でした。
勇者パーティの立ち位置が、はっきり変わりました。
次回、物語は街を舞台に大きく動きます。




