追う者と、振り向かない者
大きな出来事のあとほど、世界は妙に静かになります。
けれど、その静けさの中で、何かが決まっていることもあります。
空が元に戻っても、森はしばらく震えていた。
風は止み、鳥の声もない。さきほどまで確かに存在していた圧力の余韻が、地面の奥に残っている。草は倒れたまま、空の裂け目があった場所だけが、不自然に澄んでいた。
レオンはゆっくりと剣を収める。
勝利の実感はない。
ただ、生き残ったという事実だけがある。
「……見たな」
ガルドが低く言う。
ミリアは丘の方を見つめたままだった。
「ええ。今度は、はっきり」
セレスは小さく息を吐く。
「助けられた、ってことよね」
否定する者はいなかった。
だが、それを素直に受け入れるのも違う気がした。
丘の下では、フィアが空を見上げていた。
今日は風が強い。
淡いコートの裾が揺れ、髪が頬にかかる。さきほどの歪みはもうない。ただ、少しだけ肩の力が抜けている。
「終わったね」
「そうだな」
カイルはそれ以上聞かない。
フィアも説明しない。
二人にとっては、通り道のひとつにすぎなかった。
森を出るころ、空はすでに夕方に傾いていた。
光は赤みを帯び、長い影が伸びる。草を踏む音が、やけに鮮明に響く。
レオンは歩き出す。
「追う」
短く言う。
ガルドが眉をひそめる。
「話しかけるのか?」
「……分からない」
正直だった。
敵ではない。
味方とも言えない。
だが、このまま知らないままでいることはできなかった。
丘の上に着いたとき、二人の姿はまだそこにあった。
並んで立ち、沈みかけた太陽を見ている。距離は遠い。だが今度は、逃さない。
レオンは一歩踏み出す。
その瞬間、フィアがわずかに振り向いた。
目が合う距離ではない。
けれど、確実に“気づいた”。
次の瞬間、空気が静かに変わる。
風の向きが逆転する。
丘の上の二人の姿が、揺らぐ。
ガルドが息を呑む。
「消えた……?」
そこにいたはずの背中は、もうない。
足跡すら残っていない。
丘の裏手では、カイルが歩き出していた。
フィアは隣を歩きながら、少しだけ笑う。
「近づいてたね」
「そうだな」
「どうする?」
質問は軽い。
だが、初めて意味を持っている。
カイルは少し考える。
「追われる理由はない」
それが答えだった。
フィアは頷く。
「うん。まだね」
丘の上で、レオンは地面を見つめていた。
痕跡がない。
逃げたのか、移動したのか、それすら分からない。
ミリアが小さく呟く。
「空の裂け目……あれ、あの二人が触れた瞬間だけ安定してた」
ガルドが黙る。
セレスも笑わない。
レオンは空を見上げる。
青は何事もなかったように広がっている。
だが確信だけは残った。
「あれは偶然じゃない」
声は低い。
「次は、逃さない」
丘の向こうで、二人は街へ向かって歩いている。
夕焼けが背中を染める。
フィアは少しだけ歩幅を合わせる。
「ね」
「なんだ」
「追いかけられるのって、ちょっとドキドキするね」
冗談めいた声だった。
カイルは小さく息を吐く。
「面倒だ」
それでも歩く速度は変わらない。
世界が動き始めていることを知りながら、二人は変わらず並んでいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに、勇者パーティが“追う側”に回りました。
そして二人も、初めて自分たちが観測されていることを自覚します。
次回、距離はさらに縮まります。




