交わらない距離のまま
近くまで来ているのに、声をかけないことがあります。
それは迷いではなく、まだその時ではないだけなのかもしれません。
森を抜けた先の空は、冬に近い色をしていた。
青は薄く、光は白い。風が吹くと草は一方向へ倒れ、そのまま戻るまでに少し時間がかかる。遠くの山の輪郭がはっきり見え、空気が澄んでいることが分かった。
フィアは歩きながら、何度か空を見上げていた。
今日は深い色のコートを羽織っている。肩の布が風を受けて揺れ、歩幅に合わせて裾が静かに動く。袖を握る仕草は増えていたが、足取りは軽かった。
「空、冬っぽいね」
「もうすぐだ」
カイルは前を見たまま答える。
会話は短いが、間は長くなっていた。
少し離れた場所で、レオンたちは足を止めていた。
「見失った」
ガルドが低く言う。
痕跡は確かにあった。戦闘の余波も、魔力の歪みも、すべて繋がっている。だが姿だけが掴めない。
ミリアは地面に残る揺らぎを見ている。
「近いのに……」
セレスは小さく息を吐く。
「追いかけていいのかな」
誰も答えなかった。
レオンは前を見ている。
焦りではない。確信に近い感情だった。
丘へ続く緩やかな道に出る。
フィアは立ち止まり、手袋を取り出す。指先を隠すようにしてはめると、少しだけ肩の力が抜けた。
「これ、去年買ったやつなんだ」
「そうか」
「今年も使えるね」
小さく笑う。
理由はそれだけではないが、言葉にはしなかった。
丘の上に着くと、風が強くなる。
草が揺れ、空が広がる。遠くに森の端が見え、そのさらに向こうに小さな人影が動いているようにも見えた。
フィアは気づかない。
カイルも見ていない。
ただ並んで立ち、同じ景色を見ている。
森の端では、レオンが丘を見上げていた。
一瞬だけ、二人の影が見えた。
「……あそこだ」
声は静かだった。
だが全員が理解した。
追いつける距離にいる。
それでもレオンは動かなかった。
ガルドが不思議そうに見る。
「行かないのか?」
レオンは少しだけ考える。
そして首を振る。
「今じゃない」
理由は自分でも説明できなかった。
丘の上では、フィアが小さく息を吐いていた。
手袋越しに指先を握り、風の中で目を細める。
「ね」
「なんだ」
「冬も、ここ来ようね」
以前と同じ言葉だった。
けれど、少しだけ意味が違っていた。
カイルは頷く。
それだけで十分だった。
森の端で、レオンは視線を落とす。
距離はもう測れる。
存在も確信した。
あとは、いつ交わるかだけだった。
風が強く吹き、丘の上の二人の姿が揺れる。
まだ、物語は交差していなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに距離は視認できるところまで縮まりました。
それでも交わらない選択をしたことに、意味が生まれ始めています。
次回、空気がもう一段変わります。




