追いかける影、知らないままの二人
気づかないまま近づくことがあります。
それは偶然のようで、どこか必然にも見えます。
森の奥は、明らかに空気が変わっていた。
冷たいというより、張りつめている。足音が吸われるように小さくなり、枝の揺れる音だけが遠くまで残る。風が止まる瞬間が増え、何かを待っているような静けさが続いていた。
レオンは立ち止まる。
「近い」
小さく言う。
ミリアが頷く。魔力の流れが不自然に歪んでいる。戦闘の残滓ではない。もっと新しい、もっと静かな痕跡だった。
ガルドは盾を握り直す。
セレスも笑っていなかった。
追っている対象が、敵ではない可能性を全員が理解し始めていた。
少し先で、魔物の咆哮が響く。
巨大だった。
これまで遭遇したどの個体よりも重い存在感が森を押し広げる。地面が震え、枝が落ち、空気そのものが歪む。
「来るぞ!」
戦闘が始まる。
レオンが斬り込み、ガルドが受け止め、ミリアの魔法が爆ぜる。セレスの光が重なる。連携は完璧だった。
それでも押し切れない。
魔物は確実に強かった。
そのときだった。
魔物が振り下ろした前足が、途中で止まる。
空間が歪む。
目には見えない圧力が一瞬だけ重なり、重さが抜ける。
「……まただ」
ミリアが呟く。
レオンは叫ぶ。
「合わせろ!」
剣が深く入る。
ガルドが押し込み、魔法が炸裂し、魔物は崩れ落ちる。今度は全員が分かっていた。
自分たちだけの勝利ではない。
戦闘が終わった直後、レオンは走り出す。
「向こうだ」
迷いはなかった。
痕跡は消えかけている。それでも追える距離だった。
その頃、森を抜ける手前でフィアが空を見上げていた。
今日は首元まで覆う軽い服を着ている。風が強く、布が何度も揺れる。髪を押さえながら、小さく息を吐く。
「さっき、ちょっと揺れたね」
「大きいのがいた」
カイルはそれだけ言う。
戦闘を見ていない二人にとっては、ただ遠くで何かが動いた程度の出来事だった。
フィアは少しだけ後ろを振り返る。
理由は分からなかった。
ただ、視線を感じた気がした。
森の奥からレオンたちが現れる。
距離はまだ遠い。だが、確かに見えた。
草を揺らしながら歩く二人の背中。
戦いの直後とは思えない歩き方。
「……あれか」
ガルドが低く言う。
ミリアは言葉を失っていた。
セレスも黙る。
レオンだけが目を離さなかった。
フィアは何も知らずに歩いている。
カイルも振り返らない。
距離は縮まっている。
だが、まだ交わらない。
風が強く吹く。
草が一斉に揺れ、視界が途切れる。
次の瞬間、二人の姿は木々の向こうへ消えていた。
レオンは立ち止まる。
追えたはずだった距離が、また遠くなる。
それでも確信だけが残った。
「いた」
初めて、名前のない存在が形を持った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに距離が一気に縮まりました。
まだ交わらないまま、物語のもう一つの軸が動き始めています。
次回は、さらに一段踏み込みます。




