夕焼けを待つ日
何かをするためではなく、ただそこにいるために立ち寄る場所があります。
理由はうまく説明できなくても、その時間だけは確かに残ります。
丘へ続く道は、昼の熱を少しだけ残していた。
秋の終わりに近づいた空気は乾いていて、歩くたびに靴の下で細かな砂が音を立てる。背の低い草はすでに色を失い始め、風が吹くと一斉に傾き、またゆっくり元に戻った。空は高く、雲は薄く伸びている。
フィアは今日は、少しだけ厚手の上着を着ていた。
袖が長く、指先が半分隠れる。歩きながら何度か袖を引き上げては、すぐにまた戻していた。風が冷たくなり始めたせいか、普段よりカイルの少し近くを歩いている。
「もうすぐ寒くなるね」
前を見たまま言う。
「ああ」
短い返事だったが、声はいつもより低く響いた。
丘の上に着くころには、陽は傾き始めていた。
西の空がゆっくり色を変え、光が草原の端から順に薄くなっていく。昼間の明るさはまだ残っているのに、影だけが長く伸びていた。
フィアは何も言わずに立ち止まる。
風が吹き、上着の裾が揺れる。髪が頬にかかり、それを払う仕草がいつもよりゆっくりだった。
「ここ、好きかも」
独り言のように言う。
カイルは隣に立つ。
答えはしなかったが、離れもしなかった。
しばらくして、フィアはその場に座り込む。
草が擦れる音がして、布が静かに広がる。膝を抱えるようにして座り、遠くの空を見上げている。風の音以外、何も聞こえなかった。
時間が止まったような静けさだった。
「ね」
フィアが小さく声を出す。
「なんだ」
「……ううん」
言いかけて、やめる。
代わりに少しだけ笑った。
夕焼けはゆっくり始まる。
空の端が赤く染まり、雲の縁だけが光を残す。草原の色が変わり、さっきまで見えていた道が少しずつ曖昧になっていく。
フィアは袖の中に手を隠したまま、肩をすくめる。
「ちょっと寒い」
「もう帰るか」
そう言いながらも、カイルは立ち上がらなかった。
フィアも動かない。
夕焼けが完全に沈むまで、二人はそのまま座っていた。
遠くの森では、レオンたちが野営の準備をしていた。
火を起こしながら、ガルドが空を見上げる。
「今日は静かだな」
「嵐の前って、こんな感じじゃない?」
セレスが笑う。
ミリアは何も言わず、遠くの丘を見ていた。
ほんの一瞬だけ、人影が見えた気がした。
だが、すぐに夜が降りてくる。
丘の上では、最後の光が消えていた。
フィアはゆっくり立ち上がる。
「……帰ろっか」
声は小さかったが、迷いはなかった。
カイルは頷く。
帰り道は暗くなり始めていたが、不思議と足取りは重くなかった。
風だけが、さっきまでいた場所に残っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、ただ夕焼けを待つだけの一日でした。
何も起きていないようで、少しだけ季節が進んでいます。
次回は、少しだけ空気が変わります。




