風の抜ける草原の日
少し遠くまで歩く日は、特別なことをしなくても時間が長く感じられます。
ただ一緒にいるだけで、十分な日もあります。
森を抜けた先には、背の低い草が広がっていた。
秋の草原は色が淡く、風が吹くたびに波のように揺れる。空を遮るものがなく、雲の影がゆっくりと地面を横切っていった。遠くで鳥が旋回し、声だけが遅れて届く。
フィアは少しだけ足を速める。
今日は動きやすい軽い服装だった。薄い上着の裾が風に持ち上がり、歩くたびに草先をかすめていく。普段よりも足取りが軽く、時々振り返ってカイルの位置を確かめていた。
「ここ、気持ちいいね」
「ああ」
風が強く、言葉は少し流される。
それでも会話は途切れなかった。
草の中を進んでいると、不自然に倒れた一帯が見えてきた。
地面が抉れ、草が広く押し潰されている。新しい跡だった。風の向きとは違う方向に倒れている。
フィアは立ち止まり、少しだけ首を傾げる。
「昨日かな」
「……戦った跡だな」
カイルは短く答える。
誰が、とは言わなかった。
少し離れた場所では、レオンたちが同じ場所を調べていた。
「ここだ」
レオンが地面を指す。
巨大な魔物の痕跡は残っている。だが決定的な一撃の形が不自然だった。押し潰されたような、あるいは重さそのものが消えたような跡。
「こんな倒れ方、見たことない」
ミリアが低く呟く。
ガルドは腕を組んだまま周囲を見回す。
「でも俺たちが来たときには、もう終わってたんだろ」
セレスは苦笑する。
「助かったなら、それでいいじゃない」
誰も反論しなかった。
ただ、レオンだけが遠くの草原に視線を向けていた。
その頃、カイルとフィアは草の中を歩き続けていた。
風が強くなり、フィアは髪を押さえる。笑いながら、少しだけカイルの近くへ寄る。
「ね、あそこまで行ってみようよ」
指さした先には、小さな丘があった。
特別なものは何もない。ただ見晴らしが良さそうだった。
「いいぞ」
二人はそのまま歩き出す。
丘の上に立つと、風が一段強くなる。
草が一斉に揺れ、視界いっぱいに波が広がる。街は遠く、森も小さく見えた。ここまで来ると、さっきまでいた場所が別の世界のようだった。
フィアはしばらく黙って景色を見ている。
風に揺れる裾を押さえながら、小さく息を吐いた。
「……なんか、いいね」
それ以上の言葉はなかった。
カイルも何も言わない。
ただ隣に立って、同じ方向を見ていた。
遠くの草原で、レオンは小さく目を細める。
一瞬だけ、人影が見えた気がした。
だが風が草を揺らし、すぐに分からなくなる。
「どうした?」
ガルドの声に、レオンは首を振った。
「……いや、なんでもない」
気のせいかもしれなかった。
丘の上では、風だけが吹き続けていた。
二人はしばらく動かず、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は少しだけ、同じ場所を別々の視点で歩いた一日でした。
まだ交わらないまま、少しずつ距離だけが縮まっていきます。
次回は、少しだけ季節が進みます。




