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森の奥で誰かが戦っていいた日

同じ場所にいても、見えている景色が違うことがあります。

気づかないまま、誰かに助けられていることもあるのかもしれません。

森の奥へ続く道は、人の気配がほとんどなかった。


秋が深まり始めたせいか、葉はすでに色を変え始めている。踏みしめるたび乾いた音が響き、風が吹くと頭上で枝が擦れ合った。空は木々に隠れて細く、差し込む光も弱い。


フィアは今日は濃い色の外套を羽織っていた。


歩くたびに裾が落ち葉を巻き上げ、後ろに小さな軌跡が残る。普段より少しだけ厚い布なのは、朝の空気が冷たかったからだろう。袖口を軽く握りながら、周囲を見回している。


「この辺、静かだね」


「奥はあまり人が来ない」


カイルの声も自然と低くなる。


森の奥は、音が遠くなる場所だった。


しばらく進んだところで、地面に深い爪痕が現れた。


木の幹が抉れ、土が大きくえぐれている。新しい跡だった。風に混じって、わずかに血の匂いが残っている。


フィアは足を止める。


「……誰かいるね」


遠くから、金属がぶつかる音が響いた。


剣の音だった。


森のさらに奥では、勇者パーティが魔物と対峙していた。


巨大な魔獣だった。全身を硬い外殻に覆われ、振るう前足だけで地面が割れる。すでに何度も攻撃を受けているはずなのに、致命傷には届いていない。


「右から回れ!」


勇者の声が響く。


仲間が魔法を放ち、火花が散る。だが魔獣は倒れない。むしろ動きが荒くなり、森の木々をなぎ倒していく。


本来なら、ここまで持ちこたえられる相手ではなかった。


それでも、なぜか魔獣の動きは鈍い。踏み込みがわずかに遅れ、攻撃の軌道が微妙にずれている。


誰も理由は分からなかった。


少し離れた場所で、カイルは立ち止まっていた。


戦闘の気配は感じているが、近づく様子はない。


「向こうでやってるな」


「あ、ほんとだ」


フィアは木々の隙間から遠くを見て、小さく頷く。


興味はあるが、関わる気はなかった。


「別の道行こっか」


「ああ」


それだけだった。


二人が歩き出した直後、森の空気がわずかに変わる。


フィアが何気なく振り向き、指先を軽く動かす。魔力の波はほとんど形を持たず、風に紛れて広がった。


次の瞬間、魔獣の動きが止まる。


勇者の剣が深く食い込み、外殻に亀裂が走った。


「今だ!」


叫び声とともに連撃が続き、魔獣はついに崩れ落ちる。


誰も気づかなかった。


なぜ急に動きが止まったのかを。


戦闘が終わったあと、勇者は息を整えながら周囲を見る。


「……今、何か変じゃなかったか?」


仲間の一人が首を振る。


「いや……でも、急に弱くなったような……」


答えは出なかった。


その頃には、カイルとフィアはもう森を抜けかけていた。


木々の隙間から光が差し込み、空が広がる。


フィアは外套の裾についた葉を払いながら笑う。


「今日はちょっと寒いね」


「もうすぐ冬だな」


戦いの音は、もう聞こえなかった。


ただ、風だけが後ろから追いかけてくるように吹いていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は少しだけ、同じ場所で別の出来事が起きていた日でした。

二人にとってはいつも通りの一日でも、誰かにとっては大きな戦いだったのかもしれません。


次回は、勇者側の視点が少しだけ続きます。

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