市場の外れで立ち止まる日
人の多い場所では、何も起きていないように見えて、いろいろなことが同時に進んでいます。
気づかないまま通り過ぎることも、きっと多いのだと思います。
秋の市場は、夏とは違う賑わい方をしていた。
呼び込みの声は少し落ち着き、並べられた果物の色も深くなっている。焼いた木の実の匂いと、乾いた香草の香りが混ざり合い、風が通るたびにゆっくりと流れていった。
フィアは人の流れに合わせて歩いている。
今日は淡い色の上着に、細い帯でまとめた軽い装いだった。動くたびに布が揺れ、立ち止まるとすぐに静かに形を戻す。何度か店先に視線を向けながらも、すぐには足を止めなかった。
「混んでるね」
「祭りが近いらしい」
カイルの言葉に、フィアは小さく頷く。
人の多さを嫌がる様子はない。ただ、少しだけ歩く距離が近かった。
市場の外れに近づくにつれて、声の数が減っていく。
屋台の間隔が広がり、代わりに風の音が聞こえるようになった。空は高く、雲が早く流れている。
フィアはふと足を止める。
「ここ、前も通ったね」
「ああ」
春だったか、夏だったか。はっきりとは思い出せなかったが、確かに同じ場所だった。
そのとき、遠くで小さな騒ぎが起きた。
人のざわめきが一瞬だけ広がり、すぐに収まる。何かが倒れる音がしたが、悲鳴は続かなかった。
フィアはそちらを見る。
けれど、歩き出す。
「大丈夫そうだね」
確認するような言い方だった。
カイルも特に気にした様子はなかった。
少し離れた場所では、衛兵たちが困惑した顔で立っていた。
突然現れたはずの魔物が、気づいたときには倒れていた。傷は浅く、だが完全に動かなくなっている。
誰がやったのか分からない。
ただ、人混みの中を歩いていく二人の背中だけが、なぜか目に残った。
「……今、誰か通ったか?」
答える者はいなかった。
市場を抜けると、急に静かになる。
夕方の風が冷たくなり始めていた。
フィアは買ったばかりの小さな紙袋を揺らしながら歩いている。
「今日はあんまり見て回らなかったね」
「そうか?」
「うん。でもいいや」
そう言って笑う。
理由は言わなかった。
街の外れに差し掛かるころ、空の色が変わり始める。
灯りが一つ、また一つと点き始めていた。
フィアは少しだけ歩く速度を落とす。
隣に並ぶ距離が、自然に近くなる。
何も起きていない一日だった。
けれど、なぜか帰るのが少し惜しく感じられた。
秋の市場は、夏とは違う賑わい方をしていた。
呼び込みの声は少し落ち着き、並べられた果物の色も深くなっている。焼いた木の実の匂いと、乾いた香草の香りが混ざり合い、風が通るたびにゆっくりと流れていった。
フィアは人の流れに合わせて歩いている。
今日は淡い色の上着に、細い帯でまとめた軽い装いだった。動くたびに布が揺れ、立ち止まるとすぐに静かに形を戻す。何度か店先に視線を向けながらも、すぐには足を止めなかった。
「混んでるね」
「祭りが近いらしい」
カイルの言葉に、フィアは小さく頷く。
人の多さを嫌がる様子はない。ただ、少しだけ歩く距離が近かった。
市場の外れに近づくにつれて、声の数が減っていく。
屋台の間隔が広がり、代わりに風の音が聞こえるようになった。空は高く、雲が早く流れている。
フィアはふと足を止める。
「ここ、前も通ったね」
「ああ」
春だったか、夏だったか。はっきりとは思い出せなかったが、確かに同じ場所だった。
そのとき、遠くで小さな騒ぎが起きた。
人のざわめきが一瞬だけ広がり、すぐに収まる。何かが倒れる音がしたが、悲鳴は続かなかった。
フィアはそちらを見る。
けれど、歩き出す。
「大丈夫そうだね」
確認するような言い方だった。
カイルも特に気にした様子はなかった。
少し離れた場所では、衛兵たちが困惑した顔で立っていた。
突然現れたはずの魔物が、気づいたときには倒れていた。傷は浅く、だが完全に動かなくなっている。
誰がやったのか分からない。
ただ、人混みの中を歩いていく二人の背中だけが、なぜか目に残った。
「……今、誰か通ったか?」
答える者はいなかった。
市場を抜けると、急に静かになる。
夕方の風が冷たくなり始めていた。
フィアは買ったばかりの小さな紙袋を揺らしながら歩いている。
「今日はあんまり見て回らなかったね」
「そうか?」
「うん。でもいいや」
そう言って笑う。
理由は言わなかった。
街の外れに差し掛かるころ、空の色が変わり始める。
灯りが一つ、また一つと点き始めていた。
フィアは少しだけ歩く速度を落とす。
隣に並ぶ距離が、自然に近くなる。
何も起きていない一日だった。
けれど、なぜか帰るのが少し惜しく感じられた。




