風が変わる日
季節が変わるときは、いつも少しだけ静かになる。
何かが終わる音はしないのに、空気だけが違っている。
森の入口に入った瞬間、空気の重さが変わった。
夏の名残の湿った熱が残っているはずなのに、風だけが冷たい。葉の擦れる音が高く、どこか遠くで枝が折れる音がした。
フィアは足を止める。
「……なんかいるね」
独り言のように言う。
カイルも頷いた。
気配は隠されていない。ただ、普通の魔物よりも静かだった。
道を少し進んだところで、それは姿を現した。
四足の魔物だった。体躯は大きくないが、周囲の空気が歪んで見える。魔力が濃すぎて、景色が揺れていた。
逃げ遅れた冒険者なら、まず近づけない種類の存在だった。
魔物が動くより先に、フィアが前へ出る。
杖を構えるでもなく、ただ視線を向けただけだった。
「ちょっと邪魔だね」
小さく呟く。
次の瞬間、音が消えた。
風も、葉の音も、一瞬だけ止まる。
光も衝撃もなかった。
ただ、そこにあったはずの魔物が、跡形もなく消えていた。
遅れて、遠くの木々がざわめく。
何かが押し流されたように、森の奥から風が戻ってくる。
フィアは何事もなかったように振り返る。
「行こっか」
それだけだった。
カイルは一度だけ、魔物がいた場所を見る。
地面には何も残っていない。血も、爪痕も、魔力の残滓すらなかった。
「……加減したか」
「うん。森壊したくなかったし」
普通の会話だった。
歩き出すと、さっきまでの重さが嘘のように消えている。
風が通り、葉の音が戻る。
何事もなかった森だった。
しばらく進んでから、フィアが空を見上げる。
「ちょっと涼しいね」
「秋が近いな」
そう言うと、フィアは小さく笑った。
季節の話をしているだけだった。
さっき消えたもののことは、もう誰も口にしなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しだけ空気が変わり始めました。
季節も、歩く道も、少しずつ同じではなくなっていきます。




