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現代に転生した飛脚がマラソンで無双する

江戸時代の東海道。夕焼けに染まる街道を、飛脚・早川権兵衛はひた走る。

胸に抱えた荷は、町人の依頼による大事な書状。


 「届けねば……」


その使命感だけが、権兵衛を突き動かしていた。


 だが、悪天候の中、大雨でぬかるんだ地面に足を滑らせた、権兵衛は崖下へ転落する。

視界が白くなり、意識が消えゆく中で、権兵衛は強く思った。


 「…届けねば……。」


 次に目を開けたのは、見慣れぬ都市の街並み。

高層ビルが建ち並び、轟音を立てながら車が行き交う。

 目の前には「市民ふれあいマラソン大会 2025 」と書かれた大きな看板。


 「みなさん、怪我には気をつけて、いちについて、よーい、どん!」


号砲が鳴ると、ランナーたちは一斉に駆け出した。


 ──届けねば!


 権兵衛は直感した。走らねばならぬ、と。

つられるように権兵衛も自然に走り出す。


 街道沿いの観客は手を振り、声援を送る。


 しかし、権兵衛の姿に誰もが目を奪われた。

草鞋を履き、羽織に腰に巻いた小さな袋。まるで江戸時代から飛び出してきたかのような格好である。


 そして走り方も奇妙そのもの。腕を前後に振らず、上下に振るナンバ走り。左右の手足を同時に出す、古来の飛脚独特の走法である。


「ちょ、あの人、時代劇の衣装で走ってる!?」


「腕を上下に振るって、変な走り方ーっ!」 


 子どもたちは大笑い。観客もざわめき、SNSに映像を撮る人もいる。

実況アナウンサーも困惑気味に声を上げた。


「参加者の中に飛脚のコスプレをした方がいらっしゃいますね。走り方も飛脚そのもので本格的です。こういう大会の楽しみ方も、このマラソンの魅力ですね。観ているこちらも楽しくなります。」


 五キロ、十キロを過ぎるうち、周囲のランナーは徐々に疲労の色を見せ始めた。

それでも権兵衛のペースは衰えない。

沿道の子どもが指をさして叫ぶ。


 「見て! あの人、ずっと一番でスピードが落ちない!」


権兵衛は顔色一つ変えず、淡々と前に進む。

「届けねばならぬ」と胸に刻み、ただ前に進むのみ!

 

――それが彼の生き様であった


 三十キロを過ぎたあたりで、他のランナー達は権兵衛の遥か後ろ、呼吸は荒く、汗だくで、足取りも重い。

次々と疲労の色を見せ始めた。


 しかし、権兵衛は涼しい顔で走り続ける。

草鞋を履き、羽織をなびかせ、上下に振る腕。

古来のナンバ走りが、今、現代マラソンで真価を発揮していた。


 「おい……あの人、全然疲れてねぇぞ……!」


周囲のランナーが、目を丸くする。


 「あの走り方……。」


 専門家の目に映るのは、腕の上下振りによる前進作用のみが効率的に働く、まさに飛脚の省エネ走法。長距離において最適化されたフォームだった。


 沿道の子どもたちは興奮気味に叫ぶ。


 「すごい! 一番で走ってる!」


 ライバル選手たちは必死で食らいつくも、権兵衛のスピードは衰えない。

 まるで江戸の街道を駆け抜けていた頃と同じ感覚

――走ることは、ただ「届けるための道」でしかなかった。


 実況アナウンサーも思わず声を震わせる。

「これは……ナンバ走り! 腕を上下に振り、体の捻りを抑え、内臓への負担を軽減しています! 腕の動きが前後振りだと前進作用と後進作用が同時に働くところ、上下振りは前進のみ……まさに科学的にも理にかなった古来の技法です!」


 独走状態の権兵衛は、笑みを浮かべながらも淡々と前に進む。


 「届けねばならぬ……。」


 その声は、風に乗って沿道の声援と混ざり合う。


 さらに集団を置き去りにし、権兵衛の独走は続く。

誰も追いつけない、江戸の飛脚が現代に甦った瞬間だった。

 

 ゴールが近づく。沿道の声援は最高潮に達し、子どもたちは手を振りながら叫ぶ。


 権兵衛は、草鞋のまま羽織をなびかせ、上下に腕を振るナンバ走りで淡々と前に進む。

誰も追いつけず、独走状態のまま、ついにゴールテープを切った。

観客席からは拍手と歓声が渦のように巻き起こる。

 その中に、あの世界的マラソントレーナーの姿があった。

名声高いその指導者は、映像を食い入るように見つめ、目を丸くした。


 「……これは……本物だ。世界を変える脚だ……」


トレーナーは静かに呟いた。


 権兵衛は微笑み、呼吸を整えながら答えた。


 「届けるとは、ただ荷物を届けるためのものではござらぬ。……人の心と心を繋ぐものでござる。」


 笑いから始まった走りは、科学的に解明され、古の技法ナンバ走りが現代に蘇った。

 そして今、この飛脚は、世界をも狙える存在として、静かに歩みを進めようとしていた。


 「君、一緒にロサンゼルスに行かないか?」




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