第1話:皇女救出作戦 -2
神殿の内部は予想以上に広大で複雑だった。
辺境の地にあるこの神殿は、それこそ最盛期には多くの巡礼者が訪れたのであろう。広い廊下はから細い廊下が迷路のように入り組み、天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がっていた。
壁には古代の壁画が描かれ、かつてこの場所が持っていた神聖さを物語っていた。壁画には神々と人々の姿、そして闇を払う光の物語が描かれていた。
それらの色彩は時間とともに色褪せていたが、その威厳は失われていなかった。
およそ20分は歩いたかもしれない。
いや、慎重に進んでいく緊張感で、いつもより時間が長く感じられただけなのかもしれない。
より神殿の奥深くに潜入すると、遠くから切羽詰まった戦闘の音が聞こえてきた。
金属がぶつかる鋭い音、叫び声、そして異形の生き物のうなり声が混じり合っていた。その音は神殿の石壁に反響し、不気味な雰囲気を醸し出していた。
通路を曲がると、少しだけ広い場所、おそらく中庭に出たようだ。
そこで満身創痍の聖騎士たちが、おびただしい数の下級魔族と対峙している姿が見えた。
その数およそ20名ほどだろうか。
聖騎士たちの銀色の甲冑は血と汚れで覆われ、かつての輝きは失われていた。
彼らの剣は欠け、盾は割れ、疲労の色が顔に表れていた。いったいどのくらいの間この場所で戦っていたのだろうか。少なくとも、ダイチたちが通信を受け取ったのが数日前のことだ。
対する魔族たちは、影のような身体を持つ異端審問官の従者、赤く禿げ上がった頭に爪の伸びた指を持つ餓鬼、角と牙を持つ青い肌の悪鬼どもだった。
彼らの身体からは黒い霧のような穢れが立ち昇り、その眼は憎悪に満ちた赤い光を放っていた。聞いている話だと皇女に付き従って相当数の聖騎士がこの地に入ったらしい。
しかし、今や聖騎士たちは数も少なく、疲弊しきっていた。
「救援か!?」
聖騎士の一人が、ダイチたちの姿を認めるなり、希望を取り戻したような声で叫んだ。
その声は枯れ、疲労が滲み出ていたが、それでも決して諦めない騎士の意志が感じられた。
ダイチたちは迷わず、その混戦に飛び込んだ。
竜族の戦士であるトリアスと同じく前衛のグラントが先導し、エルフ姉妹が後方から魔法攻撃を放ち、巫女である弥生と赤魔導士であるクォーツが聖騎士たちの支援に向かう。
ダイチも後を追った。
レオンは周囲に警戒しながら、ジェネシスと呼ばれる4体のロボット兵士で周囲を警戒しつつ、仲間たちの突撃を支援するシフトだ。
それぞれが持ち場を理解し、瞬時に戦闘態勢が整った。
長身で引き締まった筋肉質のトリアスは、古代技術や魔法が組み込まれた特殊な金色に輝く鎧を纏い、
「救援に来た!」
と叫び、魔族の群れに突っ込んだ。
彼の黒いミディアムヘアが風になびき、金色の瞳が鋭く敵を捉える。彼が携える槍での蒼龍牙突が敵を次々と貫いていく。
刀身が闇を切り裂く音と共に、魔族の体から黒い霧が噴き出した。彼の後ろには龍の姿が幻のように揺らめいていた。
大柄で筋骨隆々、非常に頑丈そうな体型のグラントは、一部プロテクター付きの、グレーの質素ながら力が付与された衣装を纏い、トリアスの後に続き、
「ぶっ壊す!」
と叫びながらアイアンナックル的な武器を振るってメギドクラッシュと呼ばれる技で地面ごと敵を叩き潰した。
その灰色の短髪と褐色の肌、茶系の瞳は、彼が魔人であることを示唆している。その巨体から繰り出される攻撃は重力そのもののような圧力を持ち、地面に亀裂を走らせ、魔族たちを吹き飛ばした。
「私に任せて!見ててねっ!」
細身だが活動的な体型のジュラは、赤やオレンジを基調とした魔法装束に身を包み、短い詠唱のあと炎魔法を放った。
彼女の紅い長い髪が舞い上がり、緑の瞳が決意で輝いていた。紅蓮ノ奔流が敵を焼き払う。
炎は渦を巻いて敵に襲いかかり、床を焦がし、壁を黒く染めていった。
彼女はダイチに力強くアピールするように振り返って笑った。その表情には自信と、少しの緊張が混じっていた。
「風刃よ、舞え!」
シルルは風魔法で敵を切り裂いた。
彼女の周りには常に風が渦巻き、金色に輝く髪が風に舞っていた。非常に美しいという言葉では言い表せない神秘さである。
彼女の得意技、天空ノ舞踏で味方の機動力を高めることができる。風の力を受けた仲間たちの動きが俊敏になり、魔族たちの攻撃を避けやすくなった。
突撃していったメンバーの傍らを残りのメンバーが走っていく。
「護符展開!結界術!」
弥生は聖騎士たちを癒し、護符ノ結界を張って防御を固めた。
彼女の周りに漂う護符が青く光り、鎮守ノ巨躯を展開し物理的な盾とする。
その結界は青白い光の壁となって、残っている聖騎士たちを取り囲み、魔族の攻撃から守った。
さりげなく彼女はダイチの傍らで、彼を守るように立った。
その姿には決意と、ダイチを守るという固い意志が感じられた。
「回復魔法です!」
細身だが健康的な体型の赤魔導士クォーツは、貴族と冒険者の間のような服装を纏い、聖騎士たちに回復魔法をかけた。
彼のややボサボサした髪は汗で張り付き、緑色の瞳は集中力で細められ、額には汗が浮かんでいた。
彼の魔法の媒体である杖の先端から放たれる守りの光が傷ついた騎士たちを柔らかく包んでいく。その光は暖かく、生命の力に満ちていた。
クォーツの顎には無精髭が生えており、どこか人生の酸いも甘いも噛み分けたような雰囲気を漂わせる。
回復魔法によって、傷口がふさがり、少しだけだが騎士たちの力を取り戻させた。騎士たちの顔に希望の色が戻り始めた。
「貴方たちは... 冒険者ギルドの...!」
聖騎士は希望を見出したように叫んだ。その声にはなぜ冒険者ギルドの人間が、という驚きと敵をなぎ倒す彼らの強さへの敬意が混じっていた。
下級魔族程度であれば、ダイチたちの能力は圧倒的だった。
連携を取り、効率的に敵を排除していく。聖騎士たちも、彼らの救援を受けて息を吹き返し、共に戦った。弥生の犬型使い魔が彼女の傍らで、迫る下級魔族を牽制した。
まるで狼のような白い毛並みの二体の使い魔は鋭い牙を剥き、赤い目を光らせて敵に向かって吠えていた。
聖騎士たちに対峙していた魔族たちは次々と倒れていったが、その数はなかなか尽きることなく、暗闇の中から新たな敵が現れ続けた。
神殿の内部は徐々に闇の力に汚染されており、床や壁に黒い汚れが広がっていた。天井からは不気味な水滴が落ち、それが地面に触れると小さな煙を上げた。
「切りがない」
とレオン操るジェネシスの一体、ジェネシスβが背中に装備している大口径のキャノン砲を放った。
この中庭につながっているいくつかの通路の入り口を破壊した。さらに、弥生が護符による結界を、シルルが風による結界魔法を付与していった。
その結果、戦闘は短時間で決着がついた。
中庭に残っていた下級魔族たちは倒れ伏し、空間に静寂が戻った。
だが、場に満ちる穢れは消えない。出入口をふさいだことで一時的に魔族たちの侵攻は抑えられたが、根本的な解決はしていないのだ。
しかも、この対応は退路を断ってしまった、ということと表裏一体なのだ。
さらに、壁や床にこびりついた黒い染みは、消えることなく残っていた。
聖騎士たちは地面に崩れ落ち、多数が深手を負っていた。彼らの鎧は歪み、剣は折れ、力尽きた様子だった。
「回復を続けます!」
クォーツは聖騎士たちに回復魔法をかけ続けた。彼女の杖から放たれる光が、騎士たちの傷を癒していく。その光は温かく、生命の力に満ちていた。クォーツの青い瞳は集中力で細められ、額には汗が浮かんでいた。
「霊的な汚染を浄化します」
弥生は浄化の力を使った。
彼女の手から広がる聖なる光が、空間に満ちる穢れを少しずつ押し返していく。その光は青白く、清らかな水のような印象を与えた。
その後、ダイチや他のメンバーの無事を確認するように視線を巡らせた。彼女の目には心配の色が浮かんでいたが、安堵の表情も見られた。