プロローグ壱
前作『誰がための復讐』では、ひとりの青年が過去の因縁に対して、自らの手で決着をつける物語を描きました。
復讐の完成は、果たして終わりなのか。
その問いに対する答えを求めて、この続編『誰がための赦し』を書きました。
本作では、前作とは異なる視点――つまり「逃げる側」からの物語を描いています。
過去の罪に目を背けた者が、何を想い、どこへ行き着くのか。
正義と狂気が交錯するこの世界で、「赦し」とは本当に存在するのか。
読後、胸に残るものがあれば幸いです。
冷たい朝の空気が窓の外から忍び込み、目を覚ました俺を包んだ。
街はまだ眠りの中で、無機質なビル群が灰色の光を反射している。
カーテンの隙間から差し込む光は、どこか無機質で、心の隙間までは満たせない。
出勤準備を整える。スーツの襟を整え、鏡に映った自分の顔をじっと見つめる。
「この顔が、今日も仮面となる。」
内心でそう呟きながら、淡々と身支度を整えた。復讐は終わった。あの日の廃墟での出来事も、あの冷徹な静寂も、すでに過去のものだ。しかし、社会の歯車として生きることは、新たな戦場の始まりに過ぎない。
会社のビルに足を踏み入れると、いつもの喧騒が無意味に響いた。
すれ違う顔見知りの中に、あの大学時代の同じサークルのメンバーがいる。表情は普通だが、目が冷たく俺を見ているのを感じる。
あいつは今も同じ会社で働いている。偶然か、それとも何かの因果か。
その目線は、確かに俺を探っている。無言の圧力が体の芯まで染み渡り、呼吸が少し浅くなった。
だが、俺には後ろめたいものなど何もない。あの時の行動は必要で、正義であり、復讐だったのだから。
デスクに座ると、スマホの通知が震えた。
ニュース速報だ。事件の話題が流れている。
「山中の廃墟で5人の遺体発見、警察が調査中」
目を伏せ、冷静に文字を追う。事件の核心は誰も知らない。ただ一人、俺だけが知っている真実。
同僚たちの視線が、窓の外の灰色の空のように冷たく広がる。
職務質問や、警察の動きも活発化しているらしい。俺の生活は徐々に包囲網に囲まれていく。
だが、逃げるつもりはない。俺は計画通りに動く。冷静に、静かに。
昼休み、顔見知りの同僚が近づいてきた。
「お前、最近なんか変だな…」
その声は低く、疑いと警戒が入り混じっていた。
俺はただ微笑みを返す。
「何も変わらないさ。仕事は仕事だ。」
だが心の中では、彼の視線が刃物のように刺さるのを感じていた。
夜、帰宅の道。街灯の影が長く伸びて、足元を照らす。
背後から聞こえる足音に振り返りたい衝動を抑えた。
誰も追ってはいない。だが、追われている感覚は消えない。
部屋に戻ると、机の上にある小さな紙片が目に入った。
事件の詳細を書き留めたメモだ。
「計画通り。全ては終わった。しかし、逃走はこれからだ。」
自分に言い聞かせるように呟き、闇夜に溶け込む。
この仮面の下に隠された本当の俺は、誰にも知られない。
ただ、ひたすらに冷徹に、復讐を貫いた男のままで。




