第一章
これは、誰にも語られなかった「復讐」の物語である。
表向きは平穏な社会の片隅で、静かに息を潜めていた狂気が、一夜にして噴き出した。
その狂気は、愛しき親友を奪われた一人の若者の心の奥底から湧き上がったものだった。
語り手は犯人――新卒社会人。
彼の視点から描かれるのは、冷静で計算高く、しかし胸の内に燃え盛る復讐心が暴走する瞬間だ。
この物語は、復讐という名の刃が、人の心をどこまで切り裂くのかを描く。
そして読者は、犯人の視点だけで語られることにより、真実と虚構の境目に迷い込むだろう。
だが、確かなことが一つだけある。
それは、この復讐に終わりはないということだ。
目を背けず、静かに、この闇に向き合ってほしい。
この場所を選んだのは、偶然ではない。
地図にすら載っていない、建設途中で放棄された「それ」は、森の奥でひっそりと朽ちかけていた。新しいのに古びていて、未完成なのにすでに捨てられている——そんな不完全さが、どこかあのサークルの連中に似ていた。
空は灰色、靄がかかって、午後三時とは思えない薄暗さだった。スマホの画面に目を落とす。メッセージは既読になっている。全員、「来る」と言っていた。
何年ぶりだろうか。大学を卒業して、それぞれが社会に散っていったあの連中。
彼らはもう、この世界に必要ない。
俺は、今日この日のために一年間、準備をしてきた。引き金は、彼の死だった。
優しくて、お人好しで、遠慮ばかりしていた彼が、最期に何を思ったのか——それを考えると、内臓の奥が熱を帯びる。怒りではない、もっと静かな、それでいて消えないもの。薪の火が赤く燃え続けるような、復讐心。
廃墟のロビー部分は広く、まだ剥き出しのコンクリートに木の骨組みが無造作に打たれていた。外壁も仮設のまま、一部はブルーシート。だが、数人が過ごすには充分な空間だ。
殺すための「舞台」としては、申し分ない。
最初に来るのは、おそらく白井だろう。アイツはいつも、「場を仕切る」のが好きだった。口では「久しぶり~」とか言いながら、誰よりも警戒心が強くて、自分だけは傷つかないよう立ち回るタイプ。
俺は、そんな白井の命を、最初に断つと決めていた。
耳を澄ます。…聞こえた。砂利を踏む足音。
森の奥から、誰かがやって来る。
俺は笑った。口角だけをわずかに引き上げる練習を、何度しただろう。
今日だけは、仮面をつけて立ち回る必要がある。犯人に見えないように。
誰も、俺を疑ってはいけない。
5人を、すべて殺し終えるまで。