死んだら楽になれる
この物語は、勇者パーティーが魔王を討伐した後の話である。仲間である、魔女を見殺しにしてしまった勇者クライは毎日後悔して過ごしていた。自分があの時、動いていたならは、彼女が死ぬことはなかったのに、と。
魔力の使いすぎによる反動で一部、体の機能に障害が残ってしまったため、定期的に、魔力医院に通っていた。だがその日、仲間だった魔女にそっくりな女性に出会い......
その瞬間、俺には時間が止まったように、世界が止まったように見えた。
城に響く大きな魔力がぶつかり合う音。凄まじい光が俺と、彼女。さらに他のパーティーメンバーを包み込んだ。
七年前に国王様から勇者と認められ、王都の学院時代の仲間と共に、魔王城に向かった。
辛いにも、彼女たちと共になら頑張ることができた。
学院生の時から好きだった、魔法使いの彼女。
ヒィリンと過ごした時間、パーティーメンバーと過ごした時間が今俺の目の前に広がっていた。
「あぁ、昔の記憶か‥‥‥」
結局、今まで魔王に立ち向かった勇者たちと同じように、ここで全員死ぬんだ。
魔王の固有魔法は相手を殺した後、その魔力を取り込むものだ。ヒィリンほどの絶大な魔力が魔王の手に渡ってしまったら、それこそ世界の終りだろう。
魔王が軍を挙げ、王都に攻撃を仕掛けてくる。いや、もういいか。俺が死んだ後の世界なんて、もうどうでもいい。
俺がそう考えていると、パーティーメンバーと共に後ろに吹き飛ばされた。
幸い全員命は無事だったが、全員が致命傷だ。どうせすぐ死ぬ。
俺だってやりたくて勇者なんかになったわけではない。仕方が無かったのだ。
最貧街で生まれた俺は親から捨てられ、やっとの思いで助けを求めることができた。
それが王都で一番権力を持っている貴族。ラファール王だったのだ。
何を思ったのか、王が俺を引き取り、城まで連れて行った。風呂に入り、今まで食べたことのない食事を出してくれた。俺は未熟だったから、優しい。とだけ思っていたのだが‥‥‥やはりそうか。
結局のところ、王は俺を勇者として育て、魔王に立ち向かわせることが目的だったのか。こんな死に間際に何を考えているのだろうな。俺は。
ふと前を見ると、魔王が手を前に出していた。次は一撃で仕留めるぞ。と言わんばかりに魔力が溢れ出している。
すごい殺意だ。まぁ、もういい。
誰もこの化け物を止められるものはいないんだ。
だが、魔王なんかに俺の魔力をち取り込ませることだけはしたくない。俺は持っていた剣を自分の首に向けた。
そう。魔王の固有魔法は魔王自身が倒したな者の魔力のみを取り込むものなのだ。
俺が自決したら、俺の魔力は俺の体と共に消え去る。
「最、後まで‥‥‥おれ、は‥‥‥」
魔王が俺を殺す前に、俺は自分で死ぬ‥‥‥
魔王が膨大な魔力をあげた手の前に集中させている。俺は剣を首に押し込む。
「グッッ」
今まで感じたことのない痛みが全身を包み込む。
だんだん、痛みがなくなってきた。その時、ズササッと前で音がした。顔を上げるとヒィリンが立っている。
見たところ、ヒィリンは俺よりも深い傷が多い。早く楽になればいいのに。そう思っていたのだが、ヒィリンは口を開けて俺に向かってこう言った。
「ご‥‥‥めん‥‥‥ね‥‥‥」
一体、どう言う意味なのだろうか。元はと言えば国王、いや俺の親が悪い。
ヒィリンが謝る必要なんて無いのに。「ごめんね」ヒィリンはそう言うと、杖を魔王に突き出し、全ての魔力を杖に集中させた。
そして魔王に言い放った。
「デーラリョス《死の光》」
するとたちまち、丸かった光が光線となり魔王にぶつかった。
だが、魔王はすぐには倒れず、耐えている。人類史上、最高峰の魔法である《死の光》はどんな者でもすぐに灰になる。
なのに魔王は耐えている。本当に強い。
俺がヒィリンの顔を覗くと、水滴が垂れていた。汗ではない。水滴はヒィリンの目から出ている。赤くなった目から出ていたのだ。
「泣いて、いるのか‥‥‥」
でもなぜ。俺は、残りの体力を使い、思考を巡らせようとした。
その瞬間、耳が壊れるほどの大きな音と、光が俺たちを包んだ。意識が遠のいていくのを感じながら、俺は死を感じた。