第2話 超濃厚。味噌がウリの居酒屋で味噌ラーメン!
「へぇ。このあたりのラーメン屋ってこんなにあるのね」
涼子は遥とラーメンを食べた翌日、仕事帰りに駅にある書店に立ち寄った。
おすすめラーメン特集本が数冊出ていて、『本日発売!』とポップがついた一冊を手に取りパラパラとめくってみる。
夫を亡くしてから食事を楽しむということがなくなり、白米を炊いて買ってきたお惣菜をおかずにして食べるだけの空虚な日々が続いていた。
けれど、今日は違う。モノクロだった世界が鮮やかに見える。
購入して、家で作ってみる。
生麺の三食入りラーメンを茹でて、ほうれん草とスイートコーン缶をその上にトッピングする。
「やっぱりお店の味には敵わないわ。でも、ほうれん草とコーンと醤油ラーメンって合うわね。せっかくだからバターものっけちゃおうかしら」
独り言を言いながらラーメンをすする。
あの店のラーメンは生姜の香りがしたから、生姜をすりおろして入れたら更においしいかもしれない。
食後は買ってきたラーメン特集本をめくっていく。
煮干し中華、辛味噌ラーメン、郎系ラーメン、博多ラーメン。
創作ラーメンなんていう店もある。
「あら、洋風豆乳ラーメンなんていうものもあるのね。奥が深いわ。でもたしかに、『ラーメンはこうでなきゃいけない』なんてルールはないものね」
各店主のインタビュー記事を読んでみると、豚骨だしを取るのに十時間煮込んでいたり、自家製麺の粉は北海道産小麦だけを使うなどなど、素材も製法も店舗によって全然違う。
(今週はどんな店に行けるのかしら? 味噌ラーメンって言っていたけれど。そこの店主さんもきっとこんなふうにこだわりがあるのよね)
翌日。遥とシフトが重なり、休憩時間、ラーメン本を読んでいると遥に話しかけられた。
「あ、山田さんもそれ買ったんすね。あたしも持ってます。今回の特集は新店発掘だから、ここ三年くらいでオープンした店限定なんすよ」
「そうだったの?」
「そうなんす。県内、ラーメン屋が七〇〇以上あるからそこに載りきらないっすよ」
「そんなに!?」
涼子が気にしたことがなかっただけで、激戦区だったらしい。
「次はどこに行けるのかしら」
「当日まで秘密のほうが楽しみが増えると思うっすよ?」
「気になりすぎて眠れなくなってるわ」
「そりゃいいや」
これまで涼子と遥は、休憩時間が重なってもあまり会話をしたことがなかった。こんなに話していて楽しいなら、もっと早くに親しくなれば良かったと思う。
「ねぇ木村さん」
「遥でいいっすよ」
「遥さん。私のことも名前でかまわないわ。食事できる店はたくさんあるのに、なぜラーメンだったの?」
「イチオシのラーメン屋が廃業しちゃったからっすよ」
遥いわく。
幼い頃親に連れられて、月一で通っている小さなラーメン屋があった。
けれど格安の大手チェーンのレストランや牛丼屋、ファストフード店が近くにたくさんできたことで客足は遠のいていき、廃業に至った。
「もしもあたしが大人で、こまめに通えたなら潰れなかったのかなって思ったわけですよ。だから美味しいラーメンの個人店を絶賛応援するために通ってるんす。後継者がいなくて廃業なら諦めもつくんすけど、好きな店が赤字で潰れるなんて悲しいじゃないっすか」
「素敵な考えね。そうね。通う人がいれば店は続くのよね」
そして週末になり、しめ作業を終えてから従業員通用口の外で落ち合った。
「結局今日まで教えてくれなかったわね。楽しみで、この一週間ずっとウズウズしていたわ」
「へへへ。今週は、味噌もつ煮がめちゃくちゃ美味しい居酒屋っす。涼子さんってもつ煮大丈夫な方です?」
「もつ煮は好きよ」
「良かったー! ここ、もともと味噌料理が得意な居酒屋なんですけど、『味噌ラーメン』も出してるんです! もつ煮とこれがあれば幸せっす 」
涼子は想像してみる。柔らかく煮込まれたもつ煮と、濃厚な味噌スープのラーメン。
「いいわね。行きましょうか」
「 絶対気に入りますよ!」
遥に連れられ、やってきたのは、こぢんまりとした居酒屋「味噌処 まつだ」。
暖簾をくぐると、味噌の香ばしい香りが届く。
四人掛けのテーブルが三つ、カウンターには常連らしき人たちがいて、ビールと料理を楽しんでいる。
「へいらっしゃい! 木村ちゃんじゃないか! 人を連れて来るなんて珍しいじゃないか」
店主が笑顔で迎えてくれる。
「ち〜っす! 大将、 もつ煮と焼き鳥と味噌ラーメン二つずつね!」
「あいよ! !」
涼子と遥はカウンターに座り、蒸しおしぼりで手を拭く。
「涼子さん、ビール飲みます?」
「せっかくだし、少しだけ」
ビールで乾杯し、味噌もつ煮と、味噌ダレの焼き鳥がテーブルに届く。
味噌だれのかかった焼き鳥はこんがりきつね色。青ネギが散らされたもつ煮は香りだけでなく味も濃厚。箸が止まらない。
「美味しい! 味噌焼き鳥なんて初めて食べたわ。甘じょっぱくてくせになるわ。モツもプリプリで味がしみていて、大根もすごく柔らかくて、ごはんを食べたくなるわ」
「わっかる! これ白米とめちゃめちゃ合うんすよ! でも食べるとラーメンが入らなくなるからいっつも我慢するっす」
遥の皿もあっという間に空になっている。
仕事のこと、昔のこと、他愛もないこと。こうして話す時間が、いつの間にか楽しいものになっていた。
そして、いよいよ本命の味噌ラーメンが運ばれてくる。
「お待ちどう!」
丼の中には、麺が見えなくなるほど濃厚な味噌スープ、もちもちの太麺、炙りチャーシュー、たっぷりのモヤシが豪快にトッピングされていた。
スープをひと口すすれば、味噌の旨みが溶け込んだ深みのある味わいが広がる。複数の味噌が使われているようだ。豆板醤も入っているようで、ほんのり辛味もある。
濃厚なのにしょっぱくなくて、旨い。
「……はぁー、こんなに濃厚なスープ初めて。麺もツルツルで美味しいわ!」
「でしょでしょ! このラーメンを食べるために、一週間頑張れるんすよ!」
遥は満足そうに笑いながらラーメンをすすった。
涼子もまた、ラーメンを食べながら思う。
週の終わりに、こうして美味しいラーメンを食べる時間がある。
一人で食べに来ても、きっとこんなに楽しくない。
ラーメンの良さを語り合える遥がいるから楽しいのだ。
(次は何を食べられるのかしら。来週も、頑張ろう)
次回は3/14(金)夜っす!