じゃ、また
午前六時、アラームと共に起床。
なんとか上半身を起こし、そのままベットの上で数分。部屋に射し込む朝日を眺めていれば、スヌーズにどやされる。ようやくベッドを抜け出したら、回りきらない頭でトースターにパンをセット、レバーを下げる。
寝癖でとっ散らかった髪の毛を整えていれば、そのうちパンが飛び出してくる。焼きたてのパンにマーガリンを塗り、インスタントコーヒーといただく。
これが俺、関口友久の常である。
大学から地元を離れ、不安だらけだった一人暮らしも来月四月で七年目を迎える。ご覧のとおり何だかんだ暮らせていて、社会人になっても変わり映えのない毎日を送っている。
この数年で変わった事といえば、地元に盆と正月にしか帰らなくなったため、地元の友人と連絡を取ることも少なくなった。多分それくらいだろう。
『ア・ルシェラでは二十周年を記念し、復刻缶の発売が──』
朝食を終え歯磨きをしながら、情報番組を流し見していれば、あっという間に出勤の時間だ。行きたくない気持ちを押し殺し、ハンガーに掛かっていたベージュの薄手のコートに袖を通した。
ホームに着いたタイミングで、流れるように電車が入ってくる。
車内はいつもどおりぎゅうぎゅうだ。潰されそうになりながら五分ほど、一駅耐えればどっと人が降りて行く。大手会社の最寄駅らしく、毎朝こうだ。
一気に広くなった車内に肩の力を抜き、俺は目の前の席に腰掛けた。
降車する〝島田駅〟まであと十五分程。
いつものようにアプリでニュースをチェックする。興味のある話題をあらかた見終えると、スマホを握りしめたまま、軽く目をつむった。
「ゆーすけ、降りるぞ」
突然肩を揺さぶられ、沈んでいた意識が浮上する。
「へ?」
目の前には焦った顔の拓馬が立っていた。
「着いたよ、早く!」
そう言って拓馬は、俺の腕を強く引っ張る。言われるがまま、俺は拓馬と共にホームへと飛び出た。そのタイミングでプシューと閉まった扉に、拓馬は満足そうに「セーフ」と笑う。
どうやら駅に着いていたみたいだ。
たかだが十五分で熟睡するとは思っていなかった。そしてまさか、乗り過ごしを拓馬に助けられると思わなかった……。
「あれ?」
拓馬に?
そういえば、なんでいるんだ。こっちに来るって連絡、入ってただろうか? 不思議に思い、ふと手元を見れば──。
「あー! スマホ!」
握りしめていたはずのスマホが消えている。慌てて飛び出た際、落としてしまったのだろうか。バッと振り返っても、電車はもう走り出していた。
「……やっちまった」
「電車に忘れたのか?」
「ああ。行っちまった、最悪だ」
「俺が急かしたから。ごめんな」
「いやいや、それはちが……」
俺の言葉はそれ以上続かなかった。なんせ、拓馬は──制服を着ているのだ。
「駅員さんに言いに行かなきゃな」
心配そうに眉を下げる拓馬は、最新の記憶の拓馬よりもなんだか、幼い。紺色のブレザーは中学時代のものだ。ピンときて、辺りを見渡す。
やっぱり──
寝ぼけてたとはいえ、雰囲気は随分と違う。なんですぐ気付かなかったのだろう。
ここは俺の中学時代の最寄駅。地元にある〝一宮駅〟であるという事に。
夢であってくれと強めに頬を抓るが、ただ痛いだけだった。
「早く駅員さんに言いに行こうぜ。もうすぐバスも来ちまうし」
眉を下げたままの拓馬は、俺の腕を再び掴み歩き出す。さっきは意識していなかったが、掴まれた腕に拓馬の体温を感じ、これが現実なのだと実感した。
──そして、拓馬に掴まれた自分の腕を見て、またもや気付く。ベージュのコートが消え、紺色の袖が見えることに。
まさか。……俺もう二十四だぞ。
持っていた鞄も学生鞄に変わっている。自分の姿がどうなっているか割と確証を得ているが、認めたくない。
それでも、俺は覚悟を決め自分の服装を──ゆっくりとした動作で確認する。
「だろうなぁ」
想像していたとおり、俺も中学時代の制服を着ていた。
俺の先を歩く拓馬は、幼馴染である。
家が近く、幼稚園からの付き合いで、小、中、高と全部同じ。俺が県外の大学へ行くまで、ずっと一緒につるんでいた。
俗にいうイケメンってやつで、正直学生時代のバレンタインは妬ましくもあったが、今思えば、性格もよかったしモテるのは納得である。
現に今も──俺の口数が減ったのは、忘れ物に相当ショックを受けているからと思っているのだろう。「すぐ戻ってくるって」と何度も励ましてくれている。
エスカレーターに乗ると、拓馬に掴まれていた腕が解放された。
「念のため、もっかい鞄の中見てみなよ」
中々タイミングがなかったが、この学生鞄が唯一の持ち物であり、手がかりである。
「そうしてみる」
中を探れば、ペンケース、ノート一冊(教科書が一冊も入っていない)、横のポケットにパスケースと携帯、今でいうガラケーが入っていた。
懐かしさを感じつつ、二つ折りの携帯をパカっと開く。小さな画面には、好きだったキャラクターの壁紙と中央に時計が映っていた。
──二〇一〇年、三月十六日──
……さっきまでいた〝時代〟の、ちょうど十年前である。
信じ難いし、信じたくもない。それでも、俺は……タイムスリップしてしまったらしい。
「ゆーすけ、あった?」
「いや、ない」
そっか、と残念そうな拓馬に俺は首を横に振る。
「違う……失くしてない。そもそも持ってきてなかったわ」
鞄を探り終え、情報を得た俺はエスカレータを上り切る前に、そう拓馬に告げた。
「なんだ、よかったな」
「お騒がせしました」
「持ってきてなかったなんて、まだ寝ぼけてる?」
「……そうかも」
俺の返答に拓馬は笑いながら、「シャキッとしてくれよー」と肩を軽く小突くのだった。
タイムスリップといえば、過去にあった何かをやり直すため、正すために飛ぶことが多い気がする。
この時代、西暦からいくと中学二年生だった。そりゃ、中二の黒歴史なら山程あれど、やり直す……ほどのものは思い浮かばない。
何のために、俺はここに来たのか。それが分からなければ、元の時代に戻れない気がする。
きっと、〝今日〟に飛んだことに意味があるはずだ。俺はその原因を探るため、周辺の出来事に目を光らせる事にした。
駅前のバス停で並んでいると、後ろから賑やかな声が近付いてくる。俺はその声に聞き覚えがあり──拓馬も気付いたのか、一緒に振り返った。
「はよー、友介、拓馬」
「おはよ、二人とも」
声の主はやはり正也と健二だった。
「懐かし」と思わず漏れそうになったがグッと堪え、俺も挨拶を返す。
なんせ、今揃ったこのメンバーで中高の六年間、苦楽を共にしてきたのだ。拓馬の時は色々な衝撃が重なったせいで、反応が薄くなってしまったが、懐かしさのあまり今すぐ全員にハグしたい気分だ。
そしてこの三人こそ、俺が地元に帰らなくなり連絡を取ることが少なくなった、友人達なのである。
正也と健二が合流し、会話は一気にカオスになる。
中学の頃って何を話してたっけ……なんて思っていたが、話題は次々に変わる。
正也が眼鏡を新調した話、昨日のバラエティ番組、健二の姉さんの話、嫌いな先生、最新ゲームの攻略……。川のように止まらない話を聞いていれば、あっという間に学校前に着いてしまった。
何年かぶりに中学の校舎に訪れ、懐かしさが込み上げてくる。三年間色々あったなと振り返りつつも、思い出せないことは沢山ある。
今まさに、ぶち当たっているのは靴箱問題である。
バスの中の会話で、拓馬と同じクラスということは判明しているので(正也、健二はそれぞれ違うクラスだった)、とりあえず拓馬に着いていく。
靴箱の上にはB組と書かれており、クラスを知れたのはいいが、上履きの位置までは分からない。踵に書いてある名前をモタモタ探していれば、拓馬がニヤッと笑う。
「まだ寝ぼけてる?」
やはり見当違いの場所を見ていたらしい。拓馬が指差してくれた場所は、俺が見ていた場所から四段も下だった。
「ありがと」
「いーえ」
拓馬は再び笑う。どうやら寝ぼけネタだと思ってくれているようでホッとした。
上履きに履きかえ、廊下を歩けばすぐにB組の教室が見えてくる。
次の問題は、自席がどこか分からない事だが、〝寝ぼけネタ〟を利用すれば、なんとかなるかもしれない。
「はよー」
挨拶しながら教室に入っていく拓馬に続き、俺も教室に足を踏み入れた。
教室の中には、机がぎゅうぎゅうと並んでいる。
もう連絡を取ることのない、何をしているかも分からないクラスメイトたちが、幼い顔でそこにいる。
十年前、当たり前にあった何気ない日常が、胸が詰まるほど懐かしい。
「おーい、寝坊すけ。席こっちたぞー」
正直、教室に足を踏み入れた瞬間、懐かしさのあまり自席の事なんて忘れていた。「寝ぼけてるから、席忘れちまった」と自分から言うつもりだったのに。
硬直してしまった俺を拓馬は手招きしながら呼んでくれる。
「助かったよ」
「いーえ」
自席に座れば、拓馬は再びニヤッと笑うのだった。
「早くシャッキリしないとな」
授業内容なんて覚えてないし、移動教室も場所がわからない。
いつまでも寝ぼけネタを引っ張るわけにはいかないし、今日をどう乗り切ろうかと考えていたが、ラッキーなことに今日は終業式だった。
薄暗い講堂で色んな先生の長い話を聞き。教室で春休みの心得を聞いていれば、あっという間に学校は終わる。
今の俺は当時の立ち位置を覚えておらず、あまり他のクラスメイトと関わらない方がいいと考えていたので、今日が終業式で幸運だと思っていた。だが、授業がない分イベントがない。つまり、タイムスリップに関係しそうな出来事もなく、ひっかかる事もないのだ。
こっからどーすりゃいいんだと、俺は言葉どおり頭を抱えていれば、下校を促すチャイムが虚しく校内に響いた。
「どうした、頭痛か?」
帰る準備を終えた拓馬が、心配そうに声をかけてくれた。
「調子悪いなら、今日は下見だけにするから。無理すんなよ」
……下見? 何の事だろう。
「いや、痛くない。大丈夫だよ」
「そっか」
「〝下見〟、気になるし早く行こうぜ」
俺は中身のほとんど入っていない、学生鞄を持って立ち上がった。
学校の外では正也と健二が待っていた。
「揃ったな、行こうぜ」
健二の号令で、俺たちはゾロゾロと動き出す。もちろん、行き先なんて分かってないので俺は列の後ろを正也と一緒に歩いている。
「めっちゃ楽しみにしてたんだ! なあ、友介は何持ってきた?」
正也は眼鏡を光らせながら、聞いてきた。……持ってくる?
「正也皆に聞いてんじゃん」
健二と拓馬が前で笑っている。
「二人とも教えてくれないんだよ」
「じゃ、俺も秘密で……」
そもそも何かがわからないのだ、仕方がないだろう。
「ケチー!」
「まあまあ、聞いたら楽しみなくなるだろ?」
健二の言葉に、正也は顔をむくらせた。
「開ける頃には忘れてるよ!」
……開ける?
「ちなみに正也は? 何持ってきたんだ」
「オレは手紙と……って言わないぞ!」
……手紙?
ヒキョーだ! と喚いている正也から、これ以上情報を引き出すことは叶わなかった。
持ってくる? 秘密にする? さっぱり分からない。謎は深まるばかりだ。
数分ほど雑談をしながら歩けば、一宮公園に辿り着いた。
一宮公園は、ここら辺では一番大きな公園だ。学校帰りによく寄って、アイスやお菓子を食べたり、キャッチボールをした思い出がある。
「候補一はここ、一宮公園な」
小学生が元気よく走り回っているのを眺めていれば、健二が話を切り出した。
「そんでもって、最有力候補」
話を聞いていれば、どうやら〝何かの場所〟を決めるようであった。健二と拓馬が、大まかに候補地を絞り、今日はそれを巡りながら四人で場所を決める。そんな予定らしい。
候補の書かれた紙を拓馬が持っているので、覗き込めば──。
「公園ばっかだな」
一宮公園、神田公園、山治公園……後、五箇所ほど公園の名前が羅列されていた。
「まあ、公園なら目印もいっぱいあって忘れないだろ。それに埋めた場所が取り壊しになりますーって心配がないし」
拓馬の言葉に正也は「そっか」と納得したように頷いている。
「んじゃ、早速候補二に移動するぜ」
俺たちは再び健二の号令で出発するのだ。
先ほどと同じく正也と最後尾を歩きながら、今までの話を思い返す。
皆〝何か〟を持ってきているらしい。正也は手紙と……他にも持ってきているようだ。
そして何かを埋める場所を探しているらしい。候補は公園で、理由は目印が沢山あって忘れない、埋めた場所が取り壊される心配がないから。
俺はここまで考え、ようやくピンとくる。
──タイムカプセルだ。
目的は分かったが、俺は戸惑ってしまう。
中学二年という中途半端な時期にタイムカプセルを埋めようとしている事もだが、何より俺にはタイムカプセルを埋めた記憶がない。元の時代でそろそろ掘り起こそう! なんてそんな話題はあがったこともない。
……ここは俺の知っている過去なのだろうか。果たして、元の時代に戻れるのだろうか。俺は一気に恐ろしくなってしまった。
公園を巡り結局、最有力候補であった一宮公園に戻ってきた。
「やっぱ色々見たけどさ、大きい公園がいいな」
正也は辺りを見渡し、しみじみと呟く。
「それは思う」
「だよな!」
拓馬が同意すれば正也は嬉しそうだ。
「な、健二と友介はどうだよ」
「俺も一宮公園で賛成だ」
健二は控えめに手を挙げた。
「俺も、さんせー」
ここで反対するのもなんか変なので、ここは賛成しておく。
「よし、満場一致。一宮公園に決定しよう!」
正也が嬉しいそうに宣言した。
「早速埋め──」
「ごめん!」
正也の声に健二の言葉が被った。
「どした?」
拓馬が首を傾げ数歩、健二のそばに近付く。
「……あの缶なんだけど、姉ちゃんに取り上げられて持ってこれなかったんだ。……代わりの缶探したんだけどさ、こんなんしか家になくて」
健二がゆっくりとした動作でカバンから取り出したのは──
正也が絶句し、拓馬が大笑いしている。
深い緑色の缶はA4ほどの大きさだろうか。中心には毛筆で『焼きのり』という文字が大きく主張していた。
「焼きのりって! 渋い!」
拓馬は腹を抱えて笑っている。まあ、中学生のタイムカプセルならこんなもんじゃないか、と俺は別段おかしいと思わなかったが、正也は不満のようだ。
「はぁ? なんだよそれ。健二が絶対あの缶がいいって、他の候補押し切って決めたんだろ」
「ほんとごめん!」
「今からでも説明して、もらってこいよ」
「ムリだよ、隠されちまった」
正也の舌打ちが小さく聞こえた。
「本当ごめん。やっぱコレはないよな。今からでも正也の缶に変えないか?」
「捨てたよ」
正也は低く唸るように呟いた。
「え?」
「候補から外れたんだから、もうとっくに捨てたよ!」
「……ごめん」
「馬鹿らしっ! ならせめて、朝会った時に言えよ。浮かれて、場所まで探して馬鹿みたいだ。今から埋めようって時に言うなよ!」
「ごめん、正也たち楽しみにしてるから言い出しづらくて」
「俺らのせいにすんなよ!」
「……言い出せなかったのは、ほんと悪かったよ」
「俺、こんなクソダサ缶に絶対入れないから」
正也はそう吐き捨て公園から去っていった。
「……本当ごめんな。グダグダにしちまった」
「まあ、言い出しにくい気持ちはよく分かる。でもやっぱ、早めに知りたかったかな」
拓馬が正也に「あんま気に病むなよ」と続けた。
「……ありがとう」
「反省してるのは正也もきっと分かってくれるよ」
──さっき、タイムカプセルを埋めた記憶がないと言ったが、正也が帰って行った姿を見て薄っすらと記憶が蘇ってきた。
そう、このケンカ自体は、健二と正也がお互いに謝りすぐに解決する。後日代わりの缶を探そうって話になるが──。
「代わりの缶探してさ、四人で改めて埋めに来ようぜ」
代わりになるような缶が見つからず、有耶無耶になってタイムカプセルの話自体が消えたんだ。だから俺にはタイムカプセルを埋めた記憶もないし、掘り起こそうという話が上がった記憶もないのだ。
「……健二の缶ってどんなのだっけ、焼きのりの前のやつ」
「確か、数日前に一斉メールで写真送っただろ」
そう言われたので、カコカコとガラケーの履歴を遡れば、該当のメールをすぐ見つける事ができた。
写真を見れば、焼きのりと同じくA4サイズ程の缶が写っている。紺を基調とした缶で、宝箱のような装飾が施されている。缶をぐるりと囲った宝石や、中央にある王冠のような模様もプリントではなく、凹凸でしっかりと表現されていた。これは確かに、焼きのりとは比べ物にならないほど豪華だ。
「健二の姉さんは、この缶どこで手に入れたんだ?」
同じものを買えば解決するのでは? と健二に尋ねるが、そう簡単な事ではないらしい。渋い顔をして健二は首を横に振った。
「姉ちゃんも貰ったもんだから知らないって」
「そっか」
それにしてもこの缶、どこかで見かけたような……。
「今日はもう帰ろうか」
「そうだな、缶を見つけてから日を改めよう」
健二の言う、日を改めってのは永遠にこないが。
……もしかしてこれが──俺がタイムスリップした理由なのだろうか。つまり、四人でタイムカプセルを埋めれば俺は元の時代に戻れる?
確証はないが、今のところ最有力説である。ならば、頑張るしかないのだ。心の中で気合を入れた所で、今日はこのまま解散となった。
公園を出てすぐ健二と別れ、俺と拓馬は帰路に着く。
拓馬はこれからの事を考えているのか、珍しく無言だった。俺は健二が送ってくれた缶の写真を穴が開くほど見つめる。やっぱりどこかで見たことある気がする……どこだ。
「これからどうしよう……」
突然拓馬が小さくボヤいた。
「まあ、同じ缶探してくるか、正也が納得する缶持っていくしかないだろうな」
「だよなぁ」
拓馬は情けない声をあげた。いつも俺らを先導してくれて、大人びて見える拓馬だが、今この瞬間は年相応の姿だった。
「……大丈夫だよ」
いつも拓馬が励ましてくれるように、俺は笑う。
なんせ、四人でタイムカプセルを埋めなければ、俺は元の時代に戻れそうにないのだから……そりゃ頑張るさ。
「大丈夫」
根拠も何もないけれど、俺がもう一度そう言えば、拓馬は「ありがとな」と肩を軽く小突くのだった。
ご近所の拓馬と別れ、俺は家へと帰る。
「ただいまー」
元の世界で正月に帰ったため、およそ三ヶ月ぶりの実家である。そのため、家に対しては懐かしさは感じなかったが──。
「あら、思ったより早かったわね」
元の世界よりも若い母の姿に、十年という歳月を感じ込み上げてくるものがあった。
「友介?」
母の不思議そうな声にはっとし、首をゆるゆると横に振った。
「ちょっと色々あって解散になったんだ」
「あらそう。お菓子食べて帰ってないなら一緒にクッキー食べる? 頂き物があるのよ」
母は「ちょっと良いとこの」と付け足した。
折角なので制服を着替えてから、クッキーを食べることにした。
リビングに行けば〝良いとこ〟のクッキーらしいので皿の上に並べられていた。
「あっ……うま」
ボリボリと摘んで食べていれば「もっと味わって食べなさい」と母に注意された。
「このクッキー都会にしか店舗ないから、滅多に食べられるもんじゃないのよ」
母はそう説明してクッキーに手を伸ばす。
「あら、美味しい」
「だね」
どうやらこのクッキーはデパートに期間限定で催事出店しているらしい。一回食べて感動したお隣さんがわざわざ買ってきてくれたらしい。
「今度会ったらお礼言っといてね」
「ほいほい」
二人で話しながら食べていれば、皿の上のクッキーはあっという間に消えてしまった。
「……もう少し食べる?」
母はそう言って、きれいに彩られた円柱のクッキー缶をテーブルの下から取り出した。
「食べる!」
さっきはチビチビ食べるため、皿の上に乗せたらしいが面倒くさくなったため、今は缶から直接摘んで頂いている。
今は母のターンなので、缶を何気なしに眺めていれば──。
「んん?」
俺は部屋に駆け戻り、ガラケーを引っ掴んでリビングに戻る。
「あっこら! 食事中は携帯禁止!」
母がやいやい言っているが、正直それどころじゃない。写真を穴が開くほど見つめたかいがあったのだ。
「これ……王冠のマークが一緒だ」
クッキーを摘んでいる母に断りを入れて、缶をひっくり返し、貼られているラベルの文字を読む。
「〝ア・ルシェラ〟」
一緒に覗きこんだ母が感心している。
「へえ、名前までオシャレなのね」
俺はその名前に聞き覚えがあった。
──『ア・ルシェラでは二十周年を記念し、復刻缶の発売が──』
元の時代、朝の情報番組で流し見してたやつだ……! だから缶に見覚えがあったのか。
「ね、これデパートにあるんだよね?」
「ええ。そう聞いたわよ」
最寄りのデパートまで自転車で三十分。もう夕方も近いので、今から出掛けるのはあまり良い顔をされないだろう。
出掛けるのは明日に持ち越すが、情報を得た俺は心の中でガッツポーズするのだった。
午前六時、アラームと共に起床。
なんとか上半身を起こし、そのままベットの上で数分。部屋に射し込む朝日を眺めていれば、スヌーズにどやされる。ようやくベッドを抜け出したら、回りきらない頭で──
俺の借りているアパートではなく、実家であるに驚いてしまった。
そっか、俺タイムスリップしてるんだった。目が覚めたら元の時代に戻っていました! なんてイージーモードではないようだ。
リビングに降りれば、「随分早起きしたのね」と母に驚かれてしまった。そういえば学生の頃の俺は休日とあらば昼まで寝てたっけ。悲しいかな、社会人になり起床時間が染み付いてしまい、休日でも早く起きてしまうのだ。
「まあ、今日出かけようと思って」
「あらそう」
母は特に追及せず、好物だった目玉焼きパンを作ってくれた。
ご機嫌なままデパートの開く時間に合わせ、のんびり準備して家を出る。
全部順調だ。今日の昼には元の時代に帰れてるんじゃないのか? なんて、考えていたがそれは見事にフラグになったようだ。
「……舐めてた」
どうやら限定出店のため、開店前から長蛇の列が出来ていたらしい。百十と書かれた整理券を受け取ったが、この番号では買える保証もない。
いや、待ってくれそれよりも……。
最後尾と書かれたプラカードには『ア・ルシェラ』の店名と目当ての缶が中央に大きく宣伝している。問題はその値段だ、〝良いとこ〟のクッキーである事を忘れていた。
「六千円……」
そういえば財布は持ってきたが、所持金の確認をしていなかった。マジックテープでベリベリ剥がすタイプの財布の中身を確認すれば……六百八十円。
だよな! 中二だもんな!
これじゃあ、運良く缶が残っていても買えやしない。どうする、一旦帰るか? いや、帰った所でお金はどうする? 今は三月、俺の事だ。お年玉が残っているとは思えない。
……親に缶が欲しいから、中身のクッキーは全てあげると相談して……少しだけお金を出してもらう事は出来ないだろうか。それでも足りない分は小遣いの前借りをして……。
あれこれ考えたが、明日出直す事に決めた。もっと早く家を出て朝から並ぼう。
今日はこのまま帰ろうと踵を返した瞬間、前から歩いてきた人と肩がぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
「すみません」
お互い謝り、ふと顔を見る。
「……え、正也?」
ぶつかった相手は、正也であった。正也は俺の顔を見ると顔を曇らせた。
「あっ……待って、買えたの?!」
正也の手にはア・ルシェラの紙袋が握られていた。俺の指摘でバッと背に隠したがばっちり見てしまった。
「えー!? すげ! 正也もここのって分かったんだ! あとめっちゃ高いのに買えたんだ! 何時から並んでたの?!」
興奮のあまり詰め寄れば、「説明するから落ち着いて」と諦めたようにため息をつかれてしまった。
「友介、自転車できた? それともバス?」
「自転車」
正也に続いてデパートの外に出れば、正也も自転車で来ていたらしく、同じ駐輪場に止めていた。
「じゃ、俺ん家で話そう」
前カゴにア・ルシェラの紙袋を入れた正也は、俺に確認をとり、自転車で走り出した。
自転車で十五分もかからず正也の家に到着するが、その間の会話はほとんどなかった。
部屋に通されてもしばらく無言であったが、ようやく正也が口を開いた。
「昨日はごめんな、感情的になっちまって、空気も悪くしちまった」
「怒るのも仕方ないよ。でも健二も反省してたからさ、許してやって」
正也は頷く。
「もちろん。今度謝るつもりだし」
「そっか。よかった」
正也は小さく頷いた。
「でさ、昨日で今日だろ」
正也は側に置いている紙袋に手を伸ばした。
「ああ、正也もやっぱ缶のこと気にかけてたんだ、って嬉しかったよ」
「……本当は誰にもバレたくなかったんだけどさ。友也に見つかってよかったって……今思ってる」
「どういう事だ?」
正也は紙袋の中を覗きこんで続ける。
「昨日さ、言いすぎたなって思って。缶を買ったは良いけど、あんな怒った手前、どんな顔で皆に報告すればいいか分かんなくて……買った事黙っておくつもりだった」
どうやらデパートでの出会いが、元の時代との分岐点だったみたいだ。
元の時代でも正也は缶を買っていたが言い出せず、俺たち三人もいい缶を見つけられず……タイムカプセルは有耶無耶になってしまった。
元の時代で復刻版を見ていたため、店名にピンときて、デパートに行く事が出来た。正也に出会い、この話を聞く事が出来た。
──これでタイムカプセルが埋められる!
「黙っとく必要ないよ。缶見つかったって知らせたら皆喜ぶって」
「……なあ、この缶、友介が持ってきた事にしてくれないか?」
「ええっなんで?」
「さっきも言ったけど……怒った手前、気まずいんだよ」
気持ちは分からない事もないが。
「『俺が持ってきた』とは言わない。友達からもらったって言う。それでいいか?」
「……俺の名前、出さない?」
「ああ、約束する」
ならいいか、と正也は紙袋から缶を取り出した。
「うおー、生で見るとより豪華だな」
写真では伝わりきらない輝きがある。これは、健二の姉さんもあげたくなくなるよな。
「このクッキーさ、夏休みに旅行した時食べたんだ。美味しくてさ、ずっと覚えてたんだ」
正也が缶の蓋にぐるりと巻き付けられているテープを剥がす。
「だから、健二から缶の写真が送られてきた時も、この店の缶だってすぐにピンときた。王冠がトレードマークなんだよ」
蓋を開ければ色とりどりのクッキーが敷き詰められている。「どれか食う?」と正也が言うので一枚だけもらった。
「やっぱうまいな」
正也はクッキーをビニール袋に移している。
「こっちに店はないから、健二はお土産でもらったと思ってたんだ。そしたら親がデパートに期間限定で来てるのを見かけたって」
全てのクッキーをビニール袋に移し終えた正也は、クッキー缶の底をウェットティッシュでよく拭いている。
「すごい行列だった、って言ってたから、開店前に並んだんだよ」
正也は全て話し終えたかのように、「よし」と区切りをつけ、近くに投げてある学生鞄の中をゴソゴソと探っている。
……いやいや、一番聞きたかった話が聞けていないが。
「なあ、六千円したんだろ。お金どうしたんだよ」
「? 小遣いから払ったぞ?」
……そういえば、そうだった。正也の毎月の小遣いの額はとんでもないんだった。
「それよりもコレ、入れとくな」
正也は空になったばかりの缶に手紙と紺色の袋を入れた。
「え?」
過去のメールを遡った時、タイムカプセルの中には『十年後への手紙と十年後に託したい物』を入れる。と書いてあった。きっと、さっきの紺色の袋は、その託したい物だろう。
「何で今入れるんだ?」
「俺、一緒に埋められなくても、十年後に一緒に開けれたら満足だからさ」
正也はそういって缶を再び紙袋にしまい、俺に差し出してくる。
「いやいやいや」
「頼んだよ、友也」
紙袋を無理矢理握らされ、背中は玄関の方にぐいぐい押される。
デパートで俺に見つかった正也は、最初からこのつもりだったのだろう。……そんな悲しいタイプカプセルあってたまるかよ。
「じゃあ! せめて! レシート入れてよ!」
「……レシート?」
「缶買った時の! 朝早く一人で缶、買いに行ってさ。それを黙ったまんまでさ。……十年後も何にもなかったかのようにするなんて、俺は嫌だ」
持たされた紙袋の中から缶を取り出し、蓋を開き正也の方に差し出した。
「十年後、割り勘すっからよ」
「……友達からもらった、って話すのに?」
「十年経ったら時効だろうよ」
「……そっか」
正也が財布からレシートを取り出し、手紙と紺色の袋の間に挟む。それを確認し、俺は缶を再び紙袋に戻した。
「ありがとう。よろしくな」
「おう、任せろ」
健二と拓馬に缶と正也の事を報告しないといけないが、俺の気は進まなかった。
──タイムカプセル、三人で埋める事になるのか。
家までの十五分間。自転車を漕ぎながら考えないようにしても、どうしても浮かんできてしまう。正也から託されたことにより、四人でタイムカプセルを埋めるという事が叶わなくなってしまった。俺は元の時代に戻れるのだろうか。もっと説得すればよかった? 突っぱねればよかった? 何が正解なのか分からなかった。
自室に戻ると机の上に置きっぱなしにしていた、手紙と少し厚みのある封筒に目がいった。
昨晩、タイムカプセルに何を入れようとしていたんだろう、と学生鞄を探った結果見つけた物だ。(当時の俺なりに折れない方法を考えたのだろう、手紙と封筒はノートに挟まれていた。)
封筒の方には封がされていなかった。中には四人で写っている写真が十枚ほど入っていたのだ。
──そうだよな。やっぱり四人、だよなぁ。
考えろ、どうすれば四人でタイムカプセルを完成させる事が出来るのかを。
「あ……そっか」
俺の間抜けた声と同時だった。
『♪〜〜』
当時流行っていた曲がガラケーから鳴り響く。健二からの着信であった。
「どうした?」
『友介、メール見たか?』
スマホからガラケーに戻ったことによって、操作の仕方を忘れているわ、画面が小さくて醜いわで、ガラケーを見る頻度が減っている。
「わり、見てないわ」
『今、俺ん家で拓馬と缶の品評会してんだ。時間あったら来てくれよ』
品評会、鯉じゃあるまいし、と思ったがスルーである。拓馬もいるなら、今思いついたこの話をするのにちょうどいいタイミングだ。
「すぐ行くよ」
俺は手紙と封筒を鞄に入れ、紙袋を掴んで自転車に飛び乗った。
インターフォンを鳴らせば出てきた健二に「思ったより数倍早かった」と笑われた。
健二の部屋に通されると様々な缶が並んでいた。
「こりゃすごい」
こんなに缶を集めてもらって申し訳ない気持ちしかない。
「他にもないか、家中からかき集めたんだ。コレなんか豪華だと思うんだよな」
健二が緑色の缶にに金字で〝抹茶〟と書かれた缶を指さす。
「うーん、ダメだろ」
拓馬が小さくツッコミを入れた。
「あのさ、二人とも実は……」
俺は紙袋からおずおずと例の缶を取り出した。
「ええ?!」
「すげー! どこにあったんだ?!」
二人とも大興奮で俺に詰め寄ってくる。俺も正也に同じような事をしたなと笑ってしまった。
「いやいや、笑ってんなよ。マジでどこで見つけたんだ?」
「……えっと、人からもらって」
「ピンポイントでくれる人なんかいるんだ」
拓馬が驚いたように呟いた。
「えー誰?!」
「えっと……秘密?」
「なんだよそれー! 誰? 俺の知ってる人?!」
健二が再び詰め寄ってくる。ボロが出そうなので、正直これ以上はやめて欲しい。そう願っていれば、拓馬が話を進めてくれた
「まあ、誰でもいいだろ。缶が見つかったなら、これで正也にも声がかけれる」
「そうだな! さっそく連絡して埋めに行こうぜ!」
「同じ缶だし、正也も納得するだろ」
「それなんだけどさ……」
正也からタイムカプセルの中身を託されたことを話せば、二人のテンションは一気に落ち着いた。
「そうか」
「てか、悪いのは俺なんだから気にしなくていいのに」
「まあ、言いすぎた手前、どんなテンションで行きゃいいんだって気持ちは……何となく分かるかな」
うーん、と二人はこれからどうするか悩み出す。
「そこで、俺から一つ提案があるんだ」
そもそも〝タイムカプセルを四人で埋める〟という条件は俺がかってに考えた設定だ。元の時代へ戻る条件に、もしかしたらタイムカプセルは全く関係ない可能性もある。
だから、もう元の時代に戻れるかは置いておいて、〝四人でタイムカプセルを完成させる〟方法を俺は優先した。
それが、さっき思いついた方法。
「タイムカプセル埋めるのやめない?」
ええ、と健二は眉を歪めた。
「……やめるって事? 缶も見つかったのに?」
「タイムカプセルはやめないよ。そもそもタイムカプセルってさ、別に土に埋める必要なくないって話」
「?」
健二は首を傾げる。
「正也と……俺も今から入れようと思うんだけど。あと健二と拓馬が入れたら、タイムカプセルは完成! って事」
話を聞いていた拓馬は「なるほど」と続ける。
「この後、どこかに埋めるわけでもなく。例えば誰かが預かって、十年後とかに皆で開ければ……それもタイムカプセルってだよな」
「そう!」
拓馬の説明に健二は目を輝かせる。
「……なるほど、いいじゃんそれ!」
「三人で埋めるのはやっぱり違うよなって思って」
「そうだな。正也が入れただけなら、俺たちもそうしたい」
「なあなあ。十年後開ける時さ、埋めなかったの?! って正也驚くかな」
健二はいたずらそうにシシシと笑う。
大丈夫、十年後驚くのは二人もだ。なんせ、正也の手紙と紺色の袋の間には六千円のレシートが挟まってるんだ。『缶くれたのは正也だったの?! しかも今請求?!』なんて、驚くだろう。まあ、拓馬は缶の持ち主を勘付いていそうだが。
「じゃ、入れるな」
二人の了承も得た事で俺は缶の蓋を開き、正也の手紙の横にそっと手紙と封筒を入れた。
「俺も!」
健二は引き出しから手紙とビニール袋に入ったものを取り出し、缶の中に入れる。
「後は拓馬のだな」
職人のように腕を組み、健二はうんうんと頷いている。
「帰り、俺の家寄ってくれるか?」
拓馬の提案に俺はもちろん承諾するのだった。
「でさ、最終的に缶は誰が預かる?」
俺の質問に二人は不思議そうな顔をした。
「誰って……友介一択だろ」
「だな、正也にも託されたわけだし」
健二にがっと肩を組まれた。
「十年間、よろしく頼むぜ」
「……おう、任された」
健二に見送られ、俺たちはタイムカプセルの完成を目指し、拓馬の家に向かい出発する。
「なー、ゆーすけ!」
自転車で前を走る拓馬が、少し大きな声で呼びかけてくる。
「どしたー」
「本当に大丈夫だったな。ゆーすけの言ったとおりだった」
そういや、そんな事言ったな。
「ありがとな」
こっちをチラッと振り向いてお礼を言われてしまったが、あの時は元の時代に戻るために、自分に言い聞かせていたようなものだ。
「……お礼だなんて。俺、自分のことで手一杯だったし」
「まあまあ、素直に受け取っとけって。ゆーすけがどんな気持ちで言ったか知らないけどさ。気持ちは楽になったよ、ありがとな」
「……こっちこそ、ありがとう」
俺の家を少し通り過ぎた先に、拓馬の家はある。
「上がってく?」
「いや、取ってくるだけだろ、待っとくよ」
「分かった」
そう言って俺は玄関先で待たせてもらう事にした。
朝から出かけたが、もう夕日が傾いってきている。そういえば昼ごはん食べ損ねたな、考えればお腹がすいてくる。晩ごはんの事をぼーっと考えていれば、手紙と白いビニールを持った拓馬が戻ってきた。
「お待たせ!」
「いえいえ」
俺が缶を持って、拓馬自身に手紙と袋を中に入れてもらう。そして──蓋を閉じてもらった。
「よし! これでオッケーだな」
「うん、全員分揃った」
安堵もあり、ため息をこぼすと、拓馬は笑う。
「じゃあ、十年先までよろしくな」
「ああ、任せろよ」
「任せたぜ、じゃあな」
「じゃ、また」
そう言って俺は方向転換し──
──次は、島田駅、島田駅です。
途端に意識が急浮上した。
「え」
電車はゆっくりと減速していく。
「えっ……」
辺りを見渡せば、乗客が少ないいつもの車内だった。
席に座ったまま自身の姿を確認すればベージュのコートが見える。腕組みしたままの俺の手にはスマホと──見覚えがすぎる紙袋が握られていた。
「まじかよ」
中を除けばもちろん、例の缶が入っている。持ち上げて軽く揺すれば音がするので、中身もきちんと入っているのだろう。四人の中身が揃った事によって、元の時代に戻って来れたのだろうか。
──だったらせめてさ、実家に置いてから戻してくれよな
そう俺は笑うのだった。
電車を降りた俺は、すぐにメッセージアプリを立ち上げ、久々のメンバーにメッセージを打った。
『GWそっちに帰ろうと思うんだけど』
『タイムカプセル、開けねえ?』
さてさて、誰から一番に返信がくるか。アプリを閉じて紙袋を握り直した俺は、会社に向かって歩き出すのだった。
終