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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

田中アネモネ名義

流しそうめんの思い出

作者: 田中アネモネ

 小学校四年生頃の記憶だと思う。


 ニィニィ蝉が鳴いていた。

 私は一つ上のお兄ちゃんと小さな妹と一緒に、誰か知らない大人の男の人の運転で、山の中腹にある流しそうめんへ連れて行かれた。


 空気がとても薄くて、割れるように爽やかで、木漏れ日が赫々(あかあか)としていたのを覚えている。


 小さな滝が音を立てていた。


 私たちの他にも数人のおばさんがいて、にこやかに会話を交わしながら、先に箸を動かしていた。

 竹筒を次々と流れてくるそうめんに私は興味がなくて、大人の男の人が取って来てくれる焼き鳥ばかりを食べていた。


 男の人の顔はよく覚えている。

 とても楽しそうな笑顔を浮かべたその黒い脂に塗れた四角い顔を。私はその人を『お父さん』と呼んでいた。


 たまに焼き鳥を食べてはお兄ちゃんと走り回った。

 山を上がって行く獣道を発見すると、その先を探検しようとして途中で足を止めた。何も言わなかったが、二人とも怖かったのだろう。その先になぜか死体があるような気がして。


 太陽が真上にあって、私たちを囲む森のちょうど真ん中にあった。遥か高くから、目玉焼きの黄身が垂れてきそうな光景だった。


 私たちが遊んでばかりいて、戻って来ると焼き鳥ばかり食べているので、男の人が不機嫌になった。小さな妹は従順に、彼の横に立って大人しくそうめんを啜っていた。

 彼を不機嫌にさせると恐ろしいことになる予感がしたのだろう、私も兄も遊ぶのをやめて、流れて来るそうめんを箸で取る遊びに切り替えた。


 そうめんなんか、好きじゃなかった。


 単調で、あっさりしてて、年寄りの食べ物だと、おそらく兄も思っていた。


 それでも竹筒を高速で滑り落ちて来る、丸まったそれを、箸で見事に掬い取ることが出来ると、自分が偉くなったような高揚感があった。

 食べるのも一瞬で済むので、私と兄は並んで大人しく、その遊びに没頭することが出来た。


 ふと見上げると、太陽が黒かったのをよく覚えている。垂れ落ちた太陽の中身は妹に当たったのか、それきりその子の姿を見ることはなかった。

 あれは誰だったのだろう。まだ五歳にもならないような小さな女の子だった。肩紐のついた空色のスカートを穿いていた、初めて会った子だった。


 私と兄がそうめんで遊ぶばかりで、一言も「美味しい」と言わないので、男の人の不機嫌は止まらなくなった。兄を横抱きに抱えると、崖の下へ放り棄ててしまった。

 周囲には数人のおばさんばかりがいて、兄の悲鳴は聞こえていただろうけれど、みんな笑顔で、優雅に流しそうめんを楽しんでいた。


 残された私は肩を怖気づかせながら、必死でそうめんを食べた。「美味しい」と無理矢理自分の口に言わせた、震えながら。

 すると男の人はまた機嫌がよくなって、その鉄のように硬い手で、私の頭を撫でてきた。



 帰る時の車の中のことを朧げに覚えている。兄がカーペンターズの曲をかけて、妹がよだれを垂らして眠っていた。

 道路はどこか遠い、しかし懐かしい場所に向かって続いていた。

 口の中はこんぶだしだったつゆの味で汚れていた。


 私に兄妹はいない。一人っ子だ。

 その時兄はあの遊び好きではしゃいでいたひととは違う、音楽好きの大人しい兄に変わっていた。妹はズボンしか履かない男の子みたいな妹に変わっていた。


 私の記憶はどこまで正確なものなのかわからない。頼りない。


 あの流しそうめんを食べた場所で店員さんを見た覚えがなかった。


 ただ、竹林の隙間から、猪のような灰黒い顔が、ずっと私たちを窺っていたことは、覚えている。


 

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― 新着の感想 ―
うお、ヤバいヤバいヤバい。 何気ない日常が、何時の間にかクレヨンで殴り書きしたようなシュールな光景に変わっていたよ!? このタイトルでジャンルが純文学なのに中身がどう読んでもホラーだ!?
不思議系ホラー面白かったです。 って言うか、ジャンル間違えてませんか?
拝読させていただきました。 これは凄いホラーです。
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