ある日のこと
ある日、ホームレスのお爺さんが来た。
五百円だけくれと頼まれた。
頭に浮かぶのは父がくれた言葉。
『情けは人の為ならず』
『巡り巡って自分に返ってくる』
父はいつもそう言っていた。
とはいえ、母と二人で暮らす家には余裕はない。
それでも私はあげようと思ったが、母が気づいて断った。
危ないから相手にするなと母が珍しく私を叱る。
私が間違っていたのだろうか?
『どう思う?ゆうちゃん』
思春期特有の反発心なのか、ちょっと納得いかなくて。
ゆうちゃんにメッセージアプリで相談する。
『みこちゃんも間違ってないと思うけど、みこちゃんのお母さんも間違ってないと思うよ』
『そっかぁ…そうだよねぇ…』
『これから何かあってまた頼られても、助けてあげられるかわからないしね。最初から断るのも優しさだよ』
『そうかぁ…』
ゆうちゃんに諭されて冷静になる。
そうだよなぁと思って母に勝手なことをしようとしてごめんねと謝った。
けれどそれでも、父の言葉と父との思い出がずっと頭の中を巡る。
もし私がホームレスのお爺さんに手を差し伸べられていたら、何かが違っていたのだろうか。
「お父さんだったら、どうしてた?」
お仏壇の前で線香をあげて父に問う。
答えは返ってこない。
愚直に生きろと父は教えてくれていたけれど。
こういう時、たまらなく父に会いたくなる。
聞きたいことがいっぱいある。
まだ一人では生きていけないよ、お父さん。
帰ってきて。