シーン40最終話 かん子の本音
面会室の。
ドアが。
開いた。
係官に。
伴われた。
かん子が。
入口で。
立ち止まる。
*
弁護士の川崎。
その隣。
息子。
*
かん子の目が。
豹のように。
赤松を。
射抜いた。
*
視線を。
合わせた赤松が。
口元に。
温度の低い。
作り笑いを。
浮かべる。
「お元気でしたか? 母上」
一拍。
「八ヶ月ぶりですが」
皮肉を。
極めた声だった。
*
係官が。
かん子を。
一瞥する。
「座りなさい」
かん子は。
浅く。
頭を下げた。
歩みを。
進める。
*
そんな母を。
赤松は。
仄暗く。
微笑みながら。
見ていた。
*
席についた。
かん子へ。
川崎が。
居住まいを。
正す。
「上告しないという、ご意思にお変わりはありませんか?」
*
かん子が。
華やかに。
微笑んだ。
「したところで、あんさんがたの反証は、中途半端なもんに変わりはないやろう」
一拍。
「何度やっても答えは同じや」
そして。
「もうええから、刑期を確定させてくれるか」
*
川崎の。
眉間に。
皺が寄った。
「我々は最良を尽くしています」
*
かん子が。
一笑する。
「あんたの最優先は、大河原にとってやろ」
*
川崎の目から。
温度が。
消えた。
「何事も大河原優先と決めたのは、あなただったと聞いています」
底冷えのする。
声だった。
*
かん子は。
涼しい顔で。
川崎を。
眺める。
「あんた、席はずしてんか」
一拍。
「息子と話があるから」
*
赤松を。
見た。
*
川崎が。
ほのかに。
頬を染め。
赤松を。
見上げる。
*
赤松は。
ズシリとした身体を。
微動だに。
させない。
川崎へ。
目もくれず。
うなずいた。
*
川崎は。
かん子でもなく。
赤松でもない。
曖昧な方角へ。
頭を下げた。
立ち上がる。
*
――ダメな女や。
*
かん子は。
思った。
だが。
すぐに。
合点する。
*
――せやから。
――選ばれたんか。
*
どこまでも。
周到な。
息子だった。
*
腹が立つ。
出来過ぎる男というのは。
かえって。
腹が立つものらしい。
かん子は。
初めて。
知った。
*
扉が。
閉まる。
*
「あんた、相変わらず手当たり次第やな」
立ち去った。
川崎の背を。
見ていたかん子が。
言った。
*
赤松が。
鼻で。
笑う。
「俺はあんたに似て、イケメンやからな」
悪意の。
こもる声だった。
*
上から。
かん子を。
眺める。
「着道楽を尽くしてきたあんたが、ノーメイクでグレーのスウェットか」
一拍。
「親父の遺書を握りつぶしてまでも、手に入れたのにな」
赤松の。
人たらしの目尻が。
下がる。
「どうや」
一拍。
「落ちた気分は?」
*
そして。
急に。
柔らかい声になる。
「もし不自由してるもんがあったら、川崎に言ってんか」
*
慈悲を。
見せつけるような。
声だった。
*
かん子は。
切り捨てる。
「いらん」
一拍。
「十和子はんが尽くしてくれてる」
*
赤松が。
上目遣いに。
かん子を見る。
口角だけを。
上げた。
*
その笑みを。
かん子が。
鼻で笑った。
*
「なんで、わてを追い払ったんや?」
*
かん子らしい。
毅然とした。
声だった。
*
「今日もあんたは質問が多いな」
赤松が。
呆れる。
「この際やから、じっくり話そか」
一拍。
「その方が、あんたもここで悶々とするしな」
*
そして。
積年の恨みを。
図太く。
吐いた。
「あんたが俺から、染を取り上げたからや」
*
かん子の。
目が。
瞬く。
「なんの事や?」
*
赤松の目が。
早々に。
細くなった。
「クソババア。三文芝居しやがって」
一拍。
「今更やけど」
声に。
力が入る。
「あんた、最後に本当のことを俺に口にしたんは、いつや?」
一拍。
「大河原を畳む気やったのも、知っとんで」
*
メモを。
取っていた係官が。
チラリと。
赤松を見た。
*
「フフフ」
*
かん子が。
笑った。
「染矢は元気かいな?」
*
赤松は。
答えない。
*
かん子は。
笑みを。
絶やさない。
春色の。
淡い目で。
息子を見る。
「なんで、染矢に五代目を譲ったんや?」
*
赤松が。
ピシリと。
言い返す。
「適任やからや」
まとわりつく。
虫酸を。
払うような。
言い方だった。
*
かん子が。
おとなしく。
うなずく。
「せやな」
一拍。
「あの子やったら、そつなくこなすやろ」
*
そして。
何でもないことのように。
聞く。
「そんで、わてはいつ、おばあちゃんになるんかいな?」
*
赤松が。
視線を。
落とす。
首を。
振った。
*
物分かりの悪い。
女を見る。
目だった。
*
やがて。
深く。
鋭く。
かん子を。
見定める。
「ほっといてくれるか」
一拍。
「あんたには関係ない」
*
かん子は。
息子を。
見返した。
*
欲しいものは。
奪ってでも。
勝ち取る。
*
そんな女の。
目だった。
*
だが。
そこには。
無邪気さも。
あった。
*
「お腹の子は、男の子やて」
一拍。
「楽しみやな」
*
赤松の。
眉が。
かすかに。
動く。
*
「染矢と、その母親は養子縁組したそうやないか」
かん子が。
続ける。
「あんた、染矢に家族を作ってやったんやろ」
*
赤松の。
目が。
冷える。
*
「あんたは万智子はんを、そうするつもりでいたはずや」
一拍。
「渡りに船やったなぁ」
*
かん子の。
笑みが。
深くなる。
「万智子はんと入れ替えるほどに、その母親は明子はんに似てたんかいな?」
一拍。
「いびつやが」
楽しげに。
「あんた、やっぱり賢いな」
一拍。
「よう考えついたなぁ」
*
そして。
目を。
細める。
「あんたと染矢の、ええ隠れ蓑になるしな」
*
赤松の。
口元が。
歪んだ。
*
――この女は。
*
「隠れ蓑?」
苛立ちを。
隠さない。
「あんた、なに穿ったこと口走ってんのんや?」
一拍。
「シャバの風、浴びんようになって老いぼれたか?」
*
赤松が。
身体を。
前へ倒す。
「言っとくが」
一拍。
「俺ら、そんなやわやないで」
*
そして。
「それから、母親の名はノエルや」
一拍。
「分かってて、あんた言うてるやろ」
*
赤松の声に。
怒気が。
滲んだ。
「あんま、うるさいこと言わん方が身のためやぞ」
一拍。
「組が女どもの手紙も差し入れも許してんのは」
目が。
据わる。
「あんたが大河原の四代目やったいう体裁を、保たせるためや」
一拍。
「よう考えて物言いや」
*
かん子が。
低く。
笑った。
*
「貫禄やないか」
一拍。
「亮治」
*
かつて。
男どもを。
従わせた。
低音だった。
*
「染矢が、どこまで持つか楽しみや」
*
赤松が。
目を。
細める。
「あんたん時より、執行部は団結しとるし」
一拍。
「どこの組内もイキイキしてるで」
*
最後だけ。
わざと。
嘆くように。
囁く。
「女どもは、あんたに遠慮して話してないんやな」
*
端正な顔に。
嫌悪が。
浮かんだ。
*
「あんた、どこの水飲んで育ったんや」
一拍。
「その気力なんか、意固地なんか、意地なんか、気概なんか知らんけど」
赤松の。
声が。
低くなる。
「あんたの時代は、終わったんやで」
*
泥を。
吐くように。
続ける。
「なんでもかんでも、自分のモンやと思う、その性根」
一拍。
「嫌にならへんか?」
*
かん子が。
ニヤリと。
笑った。
*
「わての乳を飲んだ、おまんはどう思う?」
*
ポンと。
投げた。
*
赤松は。
白けた目で。
母を見る。
「あんたは、いつ何時でも女やった」
*
かん子の。
笑みが。
わずかに。
止まる。
*
「俺の最初の記憶は」
一拍。
「怪我しても、着物の帯を締めながら、若衆を呼びつけて手当てさした」
*
赤松が。
母を見る。
「そんな、あんたや」
*
「そうか」
*
かん子が。
言った。
*
まじまじと。
息子を見る。
*
「あんた」
一拍。
「寂しかったんか?」
*
ついと。
出たような。
問いだった。
*
赤松は。
黙る。
*
ほんの。
一瞬。
*
かん子は。
母親の顔を。
した。
*
だが。
すぐに。
笑った。
*
「染矢のこと」
一拍。
「わては悪かったとは思ってないで」
*
そして。
「組を畳もうとしたこともや」
*
顔は。
笑っていた。
*
だが。
闇に生き。
闇を支配してきた。
女の。
影が。
その目に。
戻っていた。
*
いつ。
牙を。
剥くか。
わからない。
*
黒が。
その言葉に。
陰を。
落としていた。
*
赤松の。
左頬に。
刀傷のような。
笑みが。
浮かぶ。
「やっぱり」
一拍。
「あんたは、いつまでも自分やな」
*
視線を。
窓へ。
向けた。
*
格子の向こう。
空が。
ピンクに。
染まっていた。
*
項垂れた。
紫の雲が。
その色を。
裂く。
*
地平線へ。
降りてゆく。
*
ほどなく。
日は。
翳る。
*
夜の帳が。
下り始める。
*
「せやから」
かん子が。
言った。
「大河原を大きくできたんや」
*
赤松が。
ふと。
母を見る。
*
「一人でやってんか」
一拍。
「哀れと思われてるうちが華やで」
*
哀れみと。
蔑みを。
込めて。
「人は、勢いがある方に傾くもんや」
*
かん子が。
その目を。
見返した。
*
「そんなに」
一拍。
「わてが嫌いかいな?」
*
「ああ」
*
赤松は。
即答した。
*
「嫌いやな」
*
一拍。
*
「あんたは」
赤松が。
言う。
「どん底の人間を、笑える女や」
*
かん子の。
目が。
細くなる。
*
「ほんで」
赤松は。
続ける。
「そういう奴らを、組のためや言うて使う」
*
一拍。
*
「勉強する機会も持てんかった奴は」
一拍。
「捨て身で従うしかない」
*
赤松の。
声が。
低くなる。
*
「あんたは」
一拍。
「それを分かってて使う」
*
かん子は。
黙っている。
*
「助けんで、どうする?」
*
赤松の。
目が。
母を。
射抜いた。
*
「人は平等やない」
一拍。
「そんなもん、この世にはない」
*
そして。
吐き捨てる。
「大河原が稼業を続けてこれたんは」
一拍。
「底辺があるからや」
*
係官が。
立ち上がる。
*
面会室の。
明かりを。
強めた。
*
赤松も。
すくっと。
腰を上げる。
*
扉へ。
向かう。
*
開けた。
*
その。
後ろ姿へ。
*
かん子が。
仕切り板に。
右手をついた。
*
「継がせたくなかったんや!!」
*
赤松の。
足が。
止まる。
*
「せやから、わては!!」
*
かん子の。
声が。
割れる。
*
「このままいったら!!」
一拍。
「あんたが!!」
*
息を。
振り絞る。
*
「的になるで!!」
*
赤松は。
振り返らない。
*
「五代目の染矢やなくて!!」
一拍。
「あんたを的にして、対抗してくる!!」
*
静寂。
*
赤松が。
ゆっくりと。
振り返った。
*
「わかってる」
*
穏やかな。
声だった。
*
「せやけど俺は」
一拍。
「そう簡単に取られんぞ」
*
赤松が。
笑った。
*
曇りのない。
笑顔だった。
*
かん子の。
目が。
わずかに。
見開かれる。
*
その顔に。
父親を。
見た。
*
赤松は。
そんな母を。
見て。
言った。
*
「あんたは」
一拍。
「極道の血が分かってない」
*
了
2024年4月より書き始めたこの作品です。本日、完結を迎えることができました。いくつかの伝説といわれている方々の自叙伝を読ませて頂きました。また行き詰まりや迷いが思考する脳ミソでグルグル回り始めると、大好きな米澤穂信さんの作品を読んで励ましを得て、今日の日を迎えることができました。
何より、読者の皆様にご声援を賜りましたこと、感謝が尽きません。ありがとうございます。
なんか、ちゃんと完結してよかったと思いながらも、思い入れのあるお話だったので寂しさひとしおです。




