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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
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シーン40最終話  かん子の本音



 面会室のドアが開くと、係官に伴われたかん子が入り口で立ち止まり、弁護士の川崎の隣に座る息子に豹の目を向けた。視線を合わせた息子が口元に温度の低い作り笑いを浮かべ「お元気でしたか?母上。8ヶ月ぶりですが」と皮肉を極めた声で聞いた。かん子を一瞥した係官が「座りなさい」と言った。かん子は、浅く頭を下げて歩みを進め、そんな母の姿を仄暗く微笑む息子がいた。



 席についたかん子に、居住いを正した川崎が「上告しないという、ご意思にお変わりはありませんか?」と聞く。華やかに微笑んだかん子が「したところで、あんさんがたの反証は中途半端なもんに変わりはないやろう。何度やっても答えは同じや。もうええから、刑期を確定させてくれるか」と言った。眉間にシワを寄せて不満を表した川﨑が「我々は最良を尽くしています」と言うが、一笑したかん子が「あんたの最優先は大河原にとってやろ」と言うと、川崎は「何事も大河原優先と決めたのは、あなただったと聞いています」と底冷えのする声で答えた。



 涼しい顔つきで川崎を眺めていたかん子が「あんた席はずしてんか、息子と話があるから」と言って赤松を見た。赤松をほのかに頬を染めて見上げた川﨑に、赤松はズシリとした身体を微動だにさせず、目もくれず頷く。川崎はかん子でもなく、赤松でもない曖昧さで頭を下げて立ち上がった。その曖昧さをかん子はダメな女思う一方で、だから選ばれたのかと合点がいった。どこまでも周到な息子に腹が立つ。出来過ぎるとかえって腹が立つものだと初めて知った。



 立ち去る川崎を見ていたかん子が扉が閉まるや否や「あんた、相変わらず手当たり次第やな」と言った。そんな母親に赤松は「俺はあんたに似てイケメンやからな」と悪意こもる声で口にし、上から目線で「着道楽を尽くしてきたあんたが、ノーメイクでグレーのスエットか。親父の遺書を握りつぶしてまでも手に入れたのになー。どうや、落ちた気分は?」と人たらしの目尻を下げた。そして「もし不自由してるもんがあったら、川崎に言ってんか」と赤松が柔らかく言って慈悲を見せつければ、かん子は「いらん。十和子はんが尽くしてくれてる」と切り捨てた。そんなかん子に赤松は上目遣いの眼差しを向け、口角だけを上げた微笑みを浮かべ、その笑みを鼻で笑ったかん子が、かん子らしく毅然と「なんで、わてを追い払ったんや?」と聞く。「今日もあんたは質問が多いな」とあきれ、「この際やからじっくり話そか。その方があんたもここで悶々とするしな」と言った赤松が、積年の恨みを図太くして「あんたが俺から染を取り上げたからや」と言った。かん子は真顔の目を瞬かせ「なんの事や?」と聞いた。早々に目を細めた赤松が「くそババア、三文芝居しやがって。今更やけど、あんた最後に本当の事を俺に口にしたんはいつや?大河原を畳む気やったのも知っとんで」と語気強く言うと、メモを取っていた係官がチラリと赤松を見た。



 「フフフ」と笑ったかん子が「染矢は元気かいな?」と聞けば、赤松は無言を通し、笑みを絶やさないかん子が春色の淡い目で「なんで、染矢に6代目を譲ったんや?」と聞くと、まとわりついてきた虫酸を払い除けるようにピシリと「適任やからや」と赤松はかぶせるようにして言い、おとなしくうなずいたかん子が「せやな。あの子やったらそつなくこなすやろ。そんで、わてはいつおばあちゃんになるんかいな?」と口にすると、赤松は物分かりが悪すぎると言わんばかりに視線を落として首を振り、深く、鋭くかん子を見定めると「ほっといてくれるか。あんたには関係ない」とキッパリとした口調で拒否した。かん子は欲しいものは奪ってでも勝ち取ると決めている女の、かつ無邪気で芯の強い女の目で息子を見返し「お腹の子は男の子やて、楽しみやな。染矢とその母親は養子縁組したそうやないか。あんた染矢に家族を作ってやったんやろ。あんたは万智子はんをそうするつもりでいたはずや、渡りに船やったなぁー。万智子はんと入れ替えるほどに、その母親は明子はんに似てたんかいな?いびつやが、あんたやっぱり賢いな。よう考えついたなぁー、あんたと染矢のいい隠れミノになるしな」と言い、赤松は“この女は“と苛立ちを隠さず「隠れミノ?あんた、なにうがったこと口走ってんのんや?シャバの風あびんようになって老いぼれたか?言っとくが、俺らそんなやわやないで。それから母親の名はノエルや。分かっててあんた言うてるやろ。あんま、うるさい事いわん方が身のためやぞ。組が女どもの手紙も差し入れも許してんのは、あんたが大河原の五代目やったという体裁を保たせる為や、よう考えて物言いや」と怒気をふくませた。かん子は「貫禄やないか、亮治」とかって男どもを従わせた低音を響かせ、「染矢がどこまで持つか楽しみや」と笑う。すると赤松は「あんたん時より、執行部は団結しとるし、どこの組内もイキイキしてるで。女どもはあんたに遠慮して話してないんやな」と最後はわざと嘆きの声で囁いた。赤松はその端正な顔立ちに、改めて嫌悪を表し「あんたどこの水飲んで育ったんや。そんな気力なんか、意固地なんか、意地なんか、気概なんか知らんけど、あんたの時代は終わったんやで。そのなんでもかんでも自分のモンやと思う性根、嫌にならへんか?」と泥を吐くような口調でさいなむ。ニヤリと笑ったかん子がポンと「わての乳を飲んだおまんはどう思う?」と聞き返す。赤松は白けた目で「あんたはいつ何時でも女やった。俺の最初の記憶は怪我しても、着物の帯を締めながら、若衆を呼びつけて手当てさした、あんたや」と言い、かん子は「そうか」と言い、まじまじと赤松を見ると「あんた、寂しかったんか?」とついと聞き、「染矢のこと、わては悪かったとは思ってないで、組を畳もうとしたこともや」と顔は笑っていても闇に生き、闇を支配してきた独特の影を放ち、いつ牙をむいてくるかわからない黒がその言葉に陰気を落としていた。



 左頬に刀傷のような笑みを浮かべた赤松が「やっぱり、あんたはいつまでも自分やな」とつぶやいて視線を窓へと向ける。格子越しの空はピンクに染まり、そのピンクを項垂れた紫の雲が裂いて地平線に降りようとしていた。ほどなく日は翳り、夜の帳が下りつつある頃「せやから、大河原を大きくできたんや」とかん子が言う。ふとその顔を見た赤松が「一人でやってんか。哀れと思われてるうちが華やで、人は勢いがある方に傾くもんや」と哀れみと蔑みをこめて口にし、その目を見たかん子が「そんなにわてが嫌いかいな?」と聞いた。



 「ああ、嫌いやな。あんたはどん底の人間を笑う冷淡さを持ってる。そしてそんな奴らを組の為やと言って使う。勉強の機会を持てんかった者は捨て身で従うしかない。それを分かっててあんたは使う。助けんでどうする?人は平等やないんやで、そんなもんはこの世にはない。大河原が稼業を続けてこれたんは底辺があるからや」と言った。立ち上がった係官が明かりを強めると、すくっと腰を上げた赤松は扉を開けていた。



 その後ろ姿に、仕切り板に右手をつき「継がせたくなかったんや!せやからわては!このままいったら!あんたが!的になるで!!6代目の染矢やなくて!あんたを的にして対抗してくる!!」とかん子が振り絞ると、振り返った赤松が「わかってる。せやけど俺は、そう簡単に取られんぞ」とかん子に笑いかけ、その曇りなき笑みにかん子は父親を思い出し、赤松は「あんたは極道の血が分かってない」と言った。



                  了


        


2024年4月より書き始めたこの作品です。本日、完結を迎えることができました。いくつかの伝説といわれている方々の自叙伝を読ませて頂きました。また行き詰まりや迷いが思考する脳ミソでグルグル回り始めると、大好きな米澤穂信さんの作品を読んで励ましを得て、今日の日を迎えることができました。


何より、読者の皆様にご声援を賜りましたこと、感謝が尽きません。ありがとうございます。


なんか、ちゃんと完結してよかったと思いながらも、思い入れのあるお話だったので寂しさひとしおです。




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