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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
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シーン36 温そーめんとトマトとモッツッレラのカプレーゼ



 珍しく洋装でデニムのセットアップを若々しく着こなし、長い髪を下ろしたかん子が豹の目を細めて口を開く。「なんで同行するがおまんやなくて、そちらの川崎由美子さんなんや」と。珍しく明らかに不満の滲む声色だ。問われた大河原の主任弁護士・田中は「5代目の聴取ですよ、あちらさんも無理はしないでしょうが、手元になんらかの証拠があるから、正式に聴取をと言って来たのだと思います。それが何なのか、今井さんが話した事が元になっているのか、医療送致されている目白さんからの情報なのか、はたまた身内からのものか、調べておきたいんです。今後の大河原に関わる事ですし、何より5代目のタメなんです、こちらも完璧に備えておかないとと思っての、川崎です」と淀みなく口にした。かん子は、己が座る1人掛けソファの後ろに立った染矢に視線を送る。染矢はゆっくりと身を屈め「こちらも、迅速に対応しなければならない事案だと思います。私も田中さんにお供して調べ上げてきます。今日は初日ですから顔合わせ程度でしょう、川崎さんといらっしゃってください」とかん子の耳元で囁いた。




 「そうか、お前がそういうのならそうするが。わては裏口からコソコソと入るような事はせんで、署の正面玄関から堂々と入る。大河原の面子かけてな」とかん子が際立った声で放つと、染矢は「もちろんです」と即答し、「警備は青木と刀根見を付けます」と言い加え、田中が「あちらさんと調整してきます。一旦私は席を外させて頂きます」と言って立ち上がった。




 田中の背中を瞬きもせず見ていた豹の目を、ふと川崎に向けたかん子が「田中はんとはどこで知り合うたんや?」と聞く。川崎はオズオズとかん子に顔を向け「田中さんは、大学の弁論部のOBさんで、大会の前にご指導して頂きました」とおぼつかない純朴さで応え、再びのかん子が「その大会の結果は?」と聞くと、川崎は「準優勝しました」と言って下を向く。「そうか、残念やったな」と呟いたかん子が「優勝できんかったのは何でやと思てる?」と言うと、川崎は「真っ直ぐに人の目を見れず、自分を振り切れなかったからだと思います」と応えた。川崎は下を向いたままだった。その様子にかん子は頭も良いが人も良すぎるのだと思う。そして今は生きにくかろうが、田中が自分の事務所に呼んだということは、将来的には有望株なのだ、場数を踏ませて度胸と経験を積ませる氣やなと考える。




 会議室のドアがノックされ、川崎を見ていた染矢がドアへと顔を向け「どうぞ」と返答すると、田中が青木と刀根見を伴って入ってきた。そして席に戻ると「今日の13時に決まりました。担当は経済班を率いる絵島という男です。この男の評判を内藤さんに聞きましたら、可もなく不可も無く至って平凡な男だが、数字にめっぽう強いとの事でした。経済班のチーフですから当たり前と言えば当たり前ですが」と語り、川崎に「同席の承諾は取った。15時には終わらせてくれるか」と指示した。かん子は席から立ち上がりながら「20分前に出ればええな」と言い、「青木、みなに温そうめんにトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼを、わてにも同じものを、自室で食べる」と言った。「承知しました」と応えた青木の横顔を見ながら、染矢はドアを開けた。




 ドアが閉まると青木は刀根見に視線を送り、“ヤクザにトマトサラダに、モッツッレラとは“と内心で笑い、女弁護士に気を使ったかと思えば、かん子の女上位の考えに面白くない気分になった。ふわりと口元を緩めた刀根見が、苦笑を浮かべて首を振る。



 

 前を歩くかん子が染矢に振り向く事なく「あの子、あんたはどう思う?」と聞いた。染矢は足を早めてかん子のそばに寄るや「田中さんの事務所は優秀です。心配ないかと思いますが…」と言うと、かん子は豹の目でチラリと染矢に視線を送り「若いとかそんな事やないで、あの子の本性の話や」と言った。その目に染矢はドキリとしながらも「私は何も感じませんでした、裏があるとは」と言った。「そうか」とつぶやいたかん子だったが、染矢の返答に納得がゆかず、「食事しながら、がらを嗅いできてんか」と言った。



             ★



 食事の場は静かで、麺を啜る音とトマトを咀嚼する音だけが聞こえ、みな無言で、気を遣われた女の姿はなく、手洗いだと思っていた刀根見が田中に聞けば、トマトが食べれないからコンビニに行かせたとの事だった。



 この日の大河原は何かがチグハグとしていた。




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