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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
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シーン26 臨場



 シーン26  臨場



 発端ほったんは警視庁刑事部第二課に“裏帳簿らしきもの“が送付されてきた事だった。刑事部第二課は汚職、詐欺、背任といった知能犯を扱う。対象は霞が関の中央官庁、都内自治体、政治家で、殺人や強盗など凶悪犯を扱う捜査一課と並ぶ、刑事警察のゆうと謳われる精鋭が集まる課である。



 刑事部第ニ課の服部ハットリを班長とするチームは、東京都足立区発注の工事入札情報を業者に漏らした官製談合防止法違反の疑いで、正政党派の元議員と元区部長を逮捕し、入札情報の見返りに賄賂を受け取っていた証拠を積み上げ、二人を斡旋あっさん収賄容疑でも再逮捕した。




 そんな期に“裏帳簿”が送付されてきたのだから、服部の目にまらないわけがない。きっちりとした几帳面な文字で所属、姓名、金額まで書き込まれていたのがさいわいし、どこの誰なのかを特定するのにそう手間も時間も掛からなかった。



 しかし狙っている大物政治家の汚職にまで伸ばせると踏んだ服部が、本部長の梅沢に報告を上げてから雲行きが怪しくなった。当初、服部は裏帳簿なのだから正確に書き込んてあるのは当たり前だと疑いを持っていなかった。反証の裏どりも完璧だった。だが、今、精巧すぎた内容に疑念を持つべきだったと思っている。服部はこうも発展的な展開になるとは思っていなかったのだ。梅沢へ上げた報告がどこをどう流れたのか東京地検々事長の耳に入り、検事総長の専門的な知見と“経験知“を活用するべきとの鶴の一声がはっせられ、特捜部の山本が指揮権を握り、財政班と経済班、二課と四課から要員を派遣しての合同捜査となった。



 巨体になれば報告事項、命令系統は複雑になり、より慎重さを求められる裏どりは刑事に重くのしかかり、そこに階級闘争と縄張り意識が働き、おのずと動きがにぶるのは当たり前で、それぞれの班が狙っているターゲットも違えば、仕入れたネタの共有は皆無に近く、腹の探り合いでしかない会議は「隠さず、全て吐き出せ!」、「どっからの囁きだ!!」、「整合性がない!!」、「成果無しとはどう成果無しなんだ!!!」などと罵声が飛び交う始末で、会議室は進まぬ捜査で溜め込んだフラストレーションを吐き出す場として、最後は風見鶏の梅沢が担当検事・中村の顔色をうかがいつつ「本日はここまで散会とする」と締めくくる低空飛行の毎日が続いている。




 服部は度胸のない梅沢が、上を巻き込んでの捜査に踏み切るとは思っていなかった。政治家、最大勢力のヤクザ、脱税に汚職のオンパレードで役者がそろいすぎていることに、気づいた梅沢は昇進の梯子はしごを無邪気に掛けてしまったのだ。バカすぎる。ジャイアントキリングは心拍数をかえりみず走り続け、敵のシュートチャンスをはばんでこそ成功する。会議中は瞑目と無言をつらぬく服部であったが、またも混迷を深めただけのこの日の会議に、服部は席から立ち上がろうとしていた梅沢にガンをくれる。“クソが!“と。とぼけ顔の梅沢が手首を軽く返してYou,want to say?とでも言うように肩をすくめた。その仕草からは一斉検挙で一挙いっきょに釣り上げなければ、どこかの班のターゲットが証拠不十分の不起訴になるという、危機感が全く感んじられず服部は静かなる溜息をらした。




 録音させていた会議内容が紙だしさせるまでの間、今夜も服部は冷え切った茶をすすりながら、テーブルの上に堆積たいせきさせた捜査資料と向き合う事にする。全てを紙出しして目の届くところに置いておくのが、服部の捜査手法でありくせだった。帰り支度を始めた刑事たちには目もくれず、こうこう々と青味の強い蛍光灯の下で、気になる点を読み返しては考えにふける。それが刑事として臨場に立つ服部の日常だ。




 そこへ、配属1年目の刑事が調理パンの入ったコンビニ袋を手にして現れた。この刑事は機動隊出身という変わり種だ。捜査に多角的な視点が欲しくて服部が引き抜いた。




 「班長」と言った刑事に、思考を途切とぎれさせられた服部が刑事に目を向けると、何か言いたげな目をした刑事がコンビニ袋を差し出す。受け取ったコンビニ袋をテーブルの上に置いた服部は、立ち上がってその目を見据え「なんだ?」と問いかける。服部班各員が服部が立つのを目にするやすぐさま刑事を囲み、刑事は物音が静まるのを待って話し出す。「大河原の傘下である目白組々長の目白が逮捕されたと、麻取に配属された同期から聞きました。財務班が狙っているのは、金庫番の今井から大河原かん子へと繋げて脱税容疑での逮捕ですよね。うちは正政党の党首三田ひろしにピントを合わせてます。大河原の今井と目白がこちらの手中にある今、財務班と歩調を会わせて二人の事情聴取を、同時進行でおこなえないかと思いまして」と顔を赤らめながらも、しっかりとした口調でキッチリと言った。




 口を開き掛けた服部をむんずとさえぎるように「まずは!俺に聞けよ」と後ろから飛んで来た。振り返った服部は舌打ちしそうになる。四課の内藤が立っていた。服部班が眼光鋭く対峙たいじするが、内藤は「今井は糖尿が進んで入院中、目白は医療送致。取り調べの人権が明確に指示されてる昨今さっこん、無理させるのはよくないよ」と刑事に告げ、「服部さん、大河原かん子に手を付けるなら、うちに一言入れてからにしてください」と言って丁寧に頭を下げる。




 ごま塩頭を見せられた服部は「もちろんです」と言いながら内藤に歩み寄り、「上の勇足いさみあしのツケを払わされるのは、いつも現場の我々です。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」とスマートに言った。




 「いやー、お話が聞こえてしまって」と笑う内藤、「今後、何かありましたらご相談させてください」と年功序列を優先する服部、おだやかなれど、たがいの中でこれまでつちかってきた刑事の勘が、いや持って生まれた嗅覚が“こいつは嫌いだ“と言っていた。






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