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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
10/40

シーン11 古い傷 恐れ入ります。まずは↓下のシーン10からお読み下さい。

この11話を先に上げてしまいました。すみません。11話の後に10話の欄があります。申し訳ありません、お手数をお掛けしますが、一度戻って10話を読んで頂きたいです。ほんとすみません。


しかしながら…入れ替える手立てがあるのだろうか…。



 シーン11 古い傷



 代行から覇気はきが感じられなかった。その肩に赤松組若頭・藤堂拓トウドウ タクとボディガード夏目雄二ナツメ ユウジの死、今井隆史イマイ タカシ本部長の逮捕、是枝夏生コレエダ ナツオの死と、立て続けにのし掛かったのだから仕方があるまいと染矢は思う。通常の折目正しく背筋を伸ばし、美しくも凛とする雰囲気の代行からは、想像できないほどにしおれている。染矢はその姿に痛ましさを感じる。この世と同じで非情と非道は相性が良く、そうじて同じ時期を選んで登場する。人はそれを斜陽しゃようと表現したりもする。




 お茶をれ始めた染矢は頃合ころあいをみて「代行、五月雨さみだれはいつかみます」と言った。手元のスマホ画面を左手中指の深紅の指先でコツコツと打ち始めたかん子が「みんなには、いてもうたれと言いたいところやけど、今、動けば鴨ネギや。染矢、長雨が続けば根腐ねぐされを起こす。れてぜるもんも出てくるやろ。散り際が派手な方が語り草にもなるしな」と他人ごとのような口ぶりの独り言をもらす。深緑香る茶器をかん子の前に置いた染矢は「俺が目を光らしときますんで、ご心配にはおよびません」と低音ながらも洗練された声で言った。そして「どなたかの電話をお待ちですか?」と聞く。「岡田組の総裁に食事に誘われたんや」とかん子は上の空で答え、「わざわざなんやろな」と呟く。




 岡田組総裁・岡田智彦オカダ トシヒコは、大河原組の4代目大河原時昌オオカワラ トキマサと5分の盃をわしていた兄弟分だ。岡田は北陸で建設業を営み、公共事業の受注率は高く、北国ほっこくの虎と呼ばれている人物だった。岡田の信頼をなければ、国政には出れないとまことしやかに噂されてもいる。



 お茶を一口飲んだかん子は一息ついて、染矢を見上げ「あんたの入れるお茶は、頑張れると思わせるな」と言った。「ありがとうございます。親から教えられたのは痛いとヒモじいだけでした。妹を育てるのに万引きを覚え、誰かに頼るの知識も持たないままに育った自分に、親父は茶道を教えてくださいました。そのお陰です。今でも私の人を信じる力は軟弱ですが、親父と代行、そして亮治は私たち兄妹の恩人です。この家と組は何があろうと私が守ります」と言った染矢は、その湖面に景色をうつす乱れなき水面のようなたたずまいだ。




 そんな事を口にする染矢の表情を読んだかん子が「亮治となんで仲違なかたがいしたんや」と聞く。染矢は“今頃ナゼ?“と戸惑いを覚えつつも「思い当たらないんです。本当に…。ある日突然、私と口を聞かなくなって、居なくなりました。私がこの家にいたから、出て行ったのかもしれません」と何度となく考え、行き着いた答えを口にする。かん子は浅葱色のお茶を見つめつつ「あの子の勘気は生まれ持ったもんや。わての父親の3代目と父親の4代目にそっくりや。あの子は一から自分の力でやってみたかったんやろ。あんたのせいやない。あの子の気性や。せやけど、なんであんたを連れて出らんかったんやろな」と思いのたけをゆっくりとした口調で語り、染矢は「自分の器量不足だと思います」と言った。




 染矢を見ていたかん子の目にあわれみが浮かぶ。それに気づいた染矢は視線を逸らし、かん子は話題を変えるように「あんたがわてのそばにいてくれて良かった」と言った。そして「これから事を話そか、お座り、なごなるから」と染矢をいたわる。染矢は思う。慈愛のつもりだろうがそんなあわれみは要らなかった。俺はまだ代行の中で“親に殺されかけた可哀想な子“なのだと。




 かん子の向かいに座った染矢とかん子は今井の件、是枝の葬式の参列者をどの範囲までにするかを話し合った。会話に終わりが見えた頃、染矢は時子の所業しょぎょうを報告した。するとかん子は「時子はんは是枝が懇願して嫁にしたお人や、修行がりんかったようやな。しゃないな、いてなかったんやろ。けじめは取ってもらうが、その後は縁切りさしてもらおか。青木の意見も聞いといた方がええな。“夏月”を予約してくれるか。3人で会食でもしながら是枝組の今後を決めよか」と即断した。時子に対して“可愛がったのに“とも、“面倒をどんだけ見てやった“とかののしるでもなく、いつもと変わらぬ声色こわいろで豹の目から冷血の眼差しをしたたらせ“縁切り“と言ってのけたかん子を、会食しながら組の行く末を決めるかん子を、染矢は怖いお人だと思いながら「今井本部長の件、執行部に相談しなくてよろしいのですか?」と聞いた。




 「いらん。今井には引退してもらう。功労金として月々300くらい支払えば文句はないやろう。執行部に掛けたら歌い始めそうやと説明せなならん、そう聞いたら動く人間が出てくるやろ。そうなったら今井は留置所で殺される。自殺と発表するやろうけど、警視庁のメンツを潰す事になる。わての一存いちぞんにしといた方がええ」と言うと、染矢に向けていた豹の目をかん子はらんらん々と黒光させ「そこでや、染矢。残った5人の若頭で本部長選挙しよか。血が流れる以外はいつも通りのなんでもありになるやろう。盛大に競争させよったら、ここ最近のさ晴らしにもなるしな」と言ったかん子の豹の目が美しく笑う。その目を見て、憂さを晴らしたいのは代行でしょうと思いつつも染矢は「その選挙、私は立候補を辞退させていただきます」と言い、そんな染矢に顔をしかめ「なんでや?」とかん子が聞く。




 染矢は躊躇ちゅうちょなく「今のままでいた方が組にくせます」と言った。そんな染矢をるように見ていたかん子がすかさず「野心はないんかいな?」とかぶせ、染矢は「無いと言ったら嘘になります。ですが、どこまでも泥を飲める人間がいなければ今の時代、渡世をるのは難しいと思います。僭越せんえつながら、私にはそんな仕事が似合にあっていると思ってます」と口にする。「どこまでも貧乏クジやで」とさとすかん子は真っ直ぐな視線を染矢に向け、その目を受け止めた染矢は「生まれた時から引いているんで、今更いまさらなんとも思いません」とこたえた。



 

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