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離婚は秒読みだと噂されていました

狙われている王太子妃。

 王太子と結婚して、二年が過ぎた。

 仲もよく跡取りが出来るのはすぐだと期待されていた。


 だけど………。


()()お子が出来ないなんて……」

「仲睦まじい感じですけど……」

「実は子供が出来ない体質なんでは……」

 ひそひそと聞こえるか聞こえないかの大きさで囁かれる言葉に、王太子妃イリスは表に出さないように長いこと教育されて来たから変化はないが、心は深く傷ついていた。


(どうして……)

 どうして、わたくしに子供が出来ないのだろうか。


「子供が出来ない王太子妃なんて、そのうち離婚されるわね」

 ひそひそと交わされる話をこれ以上聞きたくないので式典の途中だったが、抜け出して控室に入る。


 仲が睦まじくても子供がいない夫婦もあるのは理解している。でも、それではダメなのだ。

「お子を……わたくしと殿下の子供を……」

 お子を作って王家の血を残すことが大事。国を守るためにはよい治世を行い、それを次代に繋げることなのに。


 その肝心要のお役目を果たせない。


「イリス。どうした?」

 扉が開き、現れたのは夫であり、この国の王太子であるシェーン。


「殿下……」

 弱音を吐きだそうと口を開く。だが、声にはならなかった。


 王太子妃になる者は決して感情を表に出してはいけない。常に微笑んで悩みも苦しみも怒りも抑え込むものであると教えられたのだ。


「少し疲れたから休憩に入っただけです。ご心配をおかけして申し訳ありません」

 にこりと微笑んで誤魔化す。


「イリス……」

 そんなわたくしを見て、シェーンは悲しげに顔を歪めているが、すぐに顔を元に戻して、

「そうか。なら、少し休むといい。――後は私に任せておけ」

 気を遣うように頭に手を置かれて、その優しさが嬉しいけど、辛くて涙が零れる。


 どうして、わたくしは彼の……国のためにすべきことが出来ないのだろう。そんな自分に落ち込みながら愛用のお茶を口に運んだ。



 その数日後。

 聖なる泉と呼ばれる場所に聖女と呼ばれる存在が降臨した。


 聖女と呼ばれる存在は物語でよくあるが、王家に嫁いでから聖女。または聖人と呼ばれる存在は世界に危機が訪れる時に聖なる泉を通して召喚。または、どこかで転生したと鏡の様に映されて報告される。そして、王家はその存在が現れたら生活に不自由しないように守り、育てる義務が生じる。


 見たことない服……聖女曰くビョウインフクを身にまとった少女を、シェーンはわたくしの元に連れてきて紹介する。

「イリス。聖女は君の傍で暮らしたいと希望を出された。傍においてくれ」

「はっ、春香(ハルカ)です。よろしくお願いします!!」

 緊張しているのか声が裏返っている状態で頭を下げる。耳が真っ赤になっているのは自分の挨拶が失敗したと思って恥ずかしいからだろう。


 年齢を尋ねると13歳だったと寂しげに教えてくれた。

「病院にずっと入院していて、もう少しで14歳だと言うところで亡くなったので……」

 ビョウインというところでずっと暮らしてそれ以外知らなかったと言うハルカは健康な身体。無茶をしても倒れない状況に涙を流して喜び、食事制限もなく、薬を常に飲み続ける必要もないことに夢ではないかと不安げに確かめることがあった。


 そんな彼女と一緒に居ると子供が出来ないと言う自分の情けない気持ちが安らいでいき、穏やかな気持ちになる。


「――王太子妃さまが飲んでいるお茶。おいしいですか?」

「ええ。わたくしのお気に入りなの」

 二人でお茶会をしているとそんなことを聞かれたので答えると、

「そうなんですね……」

 と興味津々に茶葉の入ったガラス瓶を揺すって眺めている。


「こういうお茶も薬と一緒に飲むとどんな作用が出るか分からなかったから元の世界では飲めなかったので不思議な感じです」

 と見たことなかったので新鮮だと告げてくる様に、これからもっと体験できると伝えて、ハルカの知らないことをもっと教えてあげたいと庇護欲が生まれてしまう。


 少しだけぎこちなくなっていたシェーンともハルカを通して、結婚する前に戻ったように気を使わない会話をするようになって、自然に笑う事が増えていた。それを恥ずかしがるわたくしを見て、シェーンは嬉しそうに微笑むさまも久しぶりに見た気がする。



 そんなある日。

「聖女さまを殿下は正室に迎えるつもりでは……」

「あり得ますね。子供が出来ない方よりも聖女を王太子妃に迎えた方が……」

 ひそひそと交わされる声。

 事実無根だと否定していたが、それでも子供が出来ない自分という負い目が重く圧し掛かってきて、それが真実のように聞こえてくる。


「もし、そうなら王太子もひどい方ですね。自分の今の妻に後の妻の教育を任せるなどと……」

 そんなことない。あの方はと反論したかった。でも、できなかった。妻として、王太子妃としてすべきことが出来ていない自分が返す言葉が見つからなかった。


「王太子妃さま~~!!」

 真っすぐに見てくれる眼差しは慕ってくれるもの。――本当に?

 

 可愛らしい笑顔は癒されるような。――裏がある笑みではなく?


 そんな訳ないと否定しようとするが、どこからかそんなささやきが聞こえてくる。


――ねえ、このままだと大事なシェーンをこの子に奪われてしまうよ。それでいいの?

 見えない誰かが肩に手を置いてそそのかすように告げてくるような錯覚。


――シェーンは貴方の事を……

 わたくしの事を……。


「【愚か】だと思っている……」

――自分に騙されている【愚か】な女だと思っているわよ

 あの方の寵愛がいまだあると思って何も出来ない役立たずだと思われていないのか。聖女が現れた今邪魔なだけの王太子妃だと………。


 そう思ってしまったらこっちに向かってくるハルカが怖くなって、ハルカを避けるように気が付いたらハルカを押し倒してしまった。

「あっ………」

 こんな醜い感情。情けない。みっともない。


 涙が零れる。耐えていたものが零れだしていく。


――【排除】しないとこの子は【敵】よ

 誰かの声に誘導されるように倒れた状態のハルカを見つめる。


「王太子妃さま……」

 慌てるように、それでいて周りを確認するように顔を動かすさまに何を気にしているのかと助けでも求めているのかとどこか首を傾げている。


「イリス!!」

 そんな自分の元にシェーンの声が届く。こんな醜い自分の姿が見られたと恥ずかしくて辛くて目の前が青ざめる。


 わたくしは、シェーン様に嫌われてしまう……。


「殿下!! イリスさまを落ち着かせてください!! 薬の影響を受けてます!!」

 ハルカの声が響くのとシェーン様が抱きしめるのは同時だった。


「シェ、シェーンさま……」

「落ち着いて。その手にあるものを離してくれ」

 その手にあるもの……。

 ふと、手の中にいつの間にかまがまがしいナイフが握られていた。


「しっかりしてください!! 今【中和】しますからっ!!」

 その声と共に、何かが身体から抜けていく感覚がする。


――アト、少シダッタノニ……

 黒い靄が身体から抜けていくのが見えた気がしたが気のせいだっただろうか………。







「これでもう大丈夫だろうか?」

「分かりません。ですが、最悪の事態は防げたと」


 

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