余命宣告
人は、余命がわかると急に徳を積もうとする者と、やけくそになり悪に手を染める者、名前を残そうと必死になる者に分かれる。
余命宣告とは残酷だ。あと自分がどのくらいで死ぬのかわかってしまうなんて。
医者は立ち上がり青年が待つ部屋に向かって歩き出した
医者は小刻みに震えていた。
「余命宣告しに行かなきゃ」
俺は朝シャワー派だ。夜風呂に入るよりなんか得な気がする。朝から温かいお湯を浴びれるなんて幸せだ。そんなことを思いながらシャワーをひねる。水だ。ひねった直後に出てくるそれはお湯ではない。水だ。なんか腹が立つ。少し待てばお湯が出てくるのは分かっているが、お湯だと思って浴びた水はただの水より冷たく感じる。やっとお湯になった。シャワーを浴びてたらあっという間に家を出る時間になってしまう。あの温かい時間をもう少し感じていたかったのに。
俺は今から病院に行く。俺は癌を患っている。病院に行き、また検査をしなきゃいけない。割と手遅れな状態らしい。俺は面白いことが好きだ。サーフィン、スノボ、ダイビング、バンジージャンプ、絶対ヤンキーがいるってわかってる深夜の公園に友達と行く、先生が職員室に戻ったのを誰が呼びに行くかみたいな流れを中断して呼びに行かせないノリを作る、歌舞伎町をシャトルランする、帰れって言われて本当に帰ってみる。そういうドキドキを生むものに俺は面白いと感じる。検査は面白くない。そこそこの時間じっとしてなきゃいけない。検査はドキドキして楽しいとかいうやつの気が知れん。もう家でなきゃ。
病院に着き、診察券と保険証を出せと言われた。そういや保険証ってなんで地域によって見た目とかカードの質が違うんだろうな。一緒でいいのに。
「鎌田良さんですね。お呼びしますのでそちらにかけてお待ち下さい。」
鎌田良、俺の名前だ。ありきたりだけど、俺はこの名前を気に入ってる。特に鎌田の部分。なんかかっこいいから好きだ。こんなアホみたいなことを考えているが俺はこれでも19歳だ。大学にも通っている。
待合室にはテレビがあった。誰が読むかわかんないラインナップの雑誌もある。新聞もあった。株価が落ちたとか、円安だの円高だの、政治家が賄賂を受け取っただの、あんま面白くないことばっかり書いてある。なにかおもしろい事件はないか。人が死ぬのは嫌だ。心が痛くなるから。
おっ。テレビで面白そうなニュースをやり始めた。芸能人が女子高生とホテルに。いいね!こういうのが見たかった。その二人以外ほとんど害がないこんなニュースを。
ここ最近物騒な事件はあまり起きていない。直近であったのだと、駅で暴行事件だとか、カルト宗教が裁判所にデモするとか、コンビニに入った強盗があっけなく店員に撃退されるとか。そんな程度。死人は一人も出てない。
平和な国だ。
「鎌田さーん!鎌田良さーん!」
なんだあの看護師は。病院内で人の名前大声で叫ぶとか頭大丈夫なのか?年寄りに迷惑だろうが。
俺はその看護師に連れられて診察室に入った。医者の蓮田がいた。
蓮田もかっこいい苗字だよな。
「いやぁごめん。 待たせてしまったねぇ。」
「いえ全然。そんなことないですよ。」
こいつ、名前はかっこいいのに見た目が少し残念だ。顔自体は悪くない。だが髪型だ。医者とは思えないほどボサボサだ。ボサボサだからしっかり眠れていないとか風呂にはいる時間もないのかとか考えるが、目の下にクマはなく、いつもいい匂いをまとっている。陽気で、年もそんなに離れていないし、とても話しやすい人だ。
「さて、鎌田くん。君は今回検査だったね?」
「えぇ。 俺はあと何回検査をすればいいんですか?」
「これで終わりだよ」
やっと終わるのか。あの面倒っ臭い検査が。
今日は異常に長かった。そんな気がした。いつもどおりかもしれないし、本当に長かったのかもしれない。
「検査は異常だね。 先に診察室戻ってていいよぉ。」
蓮田の喋り方には変な癖がある。なんかの漫画にこういうキャラいたよな。
「鎌田さ~ん 最近お元気でしたかぁ?」
看護師が急に聞いてきた。
「えぇ。 ぼちぼちです。」
「よかったぁ~ 私ぃ鎌田さんに会えなくてずっと寂しかったんですぅ。」
俺はこいつが嫌いだ。前病院に来たときも似たようなことをされた。俺は面白い人間は大好きだ。話が面白い人、面白い経験をしたことがある人、面白い物事を知っている人。そういう人間とはずっとつるんでいたい。でもこいつは面白くない。
俺はこいつを無視した。面白くないから無視した。それでもずっと話しかけてくる。不愉快だ。
「ねぇ~ なんで無視するのぉ? 鎌田さん私のこと嫌いになっちゃったのぉ?」
死ねばいいのに
10分くらいして蓮田は戻ってきた。結局10分の間、看護師はずっとっ話しかけてきた。なんなら蓮田が戻ってきても話しかけてきた。
「遅かったですね。蓮田さん」
俺はもう蓮田と会話することにした。
「いやごめんね。」
「なんかありましたか?」
「ごめんごめん。 すぐそこで患者同士が喧嘩しててさぁ。 止めてた。」
「だからそんな汗だくなんですね。」
「よく気づいたねぇ」
蓮田のおかげで俺は救われた。あの女はもう俺に興味を示さなくなった。
「ところで、鎌田くん。」
蓮田は急に真面目な顔で俺の方を見た。
「ん?」
「今回の検査で君の体に癌が広がっていることが発覚した。」
「そうですか。 治せそうですか?」
「……無理だろうな。」
「…そうですか。」
「俺はあと、、どれくらい生きれますか?」
「君から聞いてくるとは思わなかったよ。」
「どのくらい生きれるかわかったほうが残りの人生を頑張ろうって気になりますよ。」
「君は死ぬってわかったのに冷静で、前向きで、立派だなぁ。」
「覚悟ができてるならそれに越したことはない。教えよう。君の余命は…」
__________________________________
余命宣告とは残酷だ。曖昧なカウントダウンをしているようなものだ。
余命がわかった人は何をするだろうか。
今までの人生を悔いて急に善い行いとか言って募金とかするのだろうか。
急に家族や友人を訪ねて別れを告げるのか。
死ぬまでにやりたいこと100!とかいう企画を始めるのか。
それを本にしてみたりするのか。
俺は、どうしよう。やってみたかったこともそんなにない。
親しい人間も家族もいない。
金もない。
そうだ!悪いことをしよう。
世の中にある犯罪、すべて犯してみよう。
名前も残せる。
きっとおもしろい
やるなら一番を目指そう。
史上最悪の極悪人になってやる。
__________________________________
「君の余命は…あと5年だ。」