撮影準備
逃げるように入っていったももちゃんとハルの後に続いて、なぎちゃんと共に入ったスタジオ内。
勝手に脱走したくせに悪びれもせず帰ってきたハルを、スタッフの人たちは安堵のあまり泣きそうな顔をしながら喜んで迎え入れていた。
毎度のことながらその光景に呆れを感じる。
仕事を放り出してフラフラしてるようなこのバカを叱ろうって気持ちを持ってる人はいないんだろうか?
「おお!冬美ちゃんじゃないか!」
「あ、ほんとだ!おーい!冬美ちゃん!」
「久しぶりだなあ、冬美ちゃん!」
「皆さん、こんにちは」
何度も言うようにハルは人見知りだ。
だから彼の撮影に関わるスタッフの人たちも、必然的に決まった人たちで構成されることになる。
そのためハルに振り回されてちょこちょこスタジオを訪れるあたしも自然とスタッフの人たちと顔見知りになってしまうため、いつもこうやって声をかけてもらえる。
「今回も冬美ちゃんが春斗くんを連れてきてくれたのかい?」
「ええ、まあ」
「いやー、ほんと毎回毎回助かるよ!ありがとね!」
「いえ、とんでもないです」
「そうだ、よかったらクッキー食べていかないかい?紅茶もあるし、ゆっくりしていって」
「わあ!いいんですか!ありがとうございます!」
次々と声をかけてくれるスタッフの人たちにあたしが対応していると、唐突に不機嫌な顔をしたハルがあたしの腕を掴んで「こっち」と言って強引に歩き出した。
まったく何なんだコイツは。
にこやかにスタッフの人たちと話してたっていうのに!
「ちょっと、何なの急に。そんな引っ張んないでよ」
「メイクしに行く。冬美も来て」
「やだ。ハルがメイクしてる間、あたし暇じゃん。こっちでスタッフの人たちとクッキー食べて紅茶飲んでたほうが断然いいに決まってる」
スタジオまで付き合ってやっただけでもありがたいと思え、このバカ。
これ以上は絶対に振り回されてなんかやらない。
むしろ勝手に連れてこられたのに帰らないでいてやってるあたしに少しは感謝しろ。
「冬美」
「絶・対・イ・ヤ」
あたしを連れて行こうと引っ張るハル。
ハルに連れて行かれるものかと踏ん張るあたし。
互いに一歩も譲らぬ攻防戦。
勝利したのはあたしだった。
「………勝手に帰るなよ?」
じりじりと繰り広げていた攻防戦の末、念を押すようにそう言ってからハルはようやくあたしの腕を離した。
おい、何だその「聞き分けの無い子供相手に大人になって対応しました」みたいな感じの顔は!
すごい腹立つんですけど!
聞き分けのない子供なのはハルのほうだろ!
あたしは断じて無茶なことを言ったわけじゃないんだぞ!
「早くメイクしてもらってきなよ。どんだけ周りの人たち待たせる気?」
ささくれ立った気持ちを隠さない刺々しい言い方でそう言うと、ハルは「何で怒ってんの?」と不思議そうな顔して聞いてきやがった。
あんたの無神経さにあたしは怒ってんだよ!
「ほら!さっさと行く!!」
若干怒るのすらめんどくさくなってきたので、ハルの背中を押して控え室に行くよう促す。
しぶしぶながらも歩き出したハルをなぎちゃんが引き取って、ようやくハルはメイクをするために控え室へと向かっていった。
「冬美ちゃんがいると撮影がスムーズに進むから助かるよ~」
そう言いながらスタジオの隅に置かれたテーブルへと案内してくれたのはスタッフのうちの一人である野山智之さん、通称・トモさん。
三十後半、渋め顔立ちといったなかなかのナイスミドル。
「ほんと、毎回毎回ハル…いえ、春斗がご迷惑をおかけしてすいません。仕事はきちんとこなすようにいつも言ってるんですけど……」
こんなことを言うなんて、あたしはハルのお母さんか。
まったく、手のかかる幼なじみだよほんと。
「いやいや、冬美ちゃんが謝ることじゃないよ。それになんだかんだ言っても、最後はちゃんと仕事してくれるよ春斗くんは」
そう言ってにこやかに微笑みながらクッキーを紙皿の上に出し、紅茶を入れてくれるトモさん。
ああ、なんだかこんな執事がいてくれたらいいなあと思っちゃうくらい手際がいい。
そして何よりダンディーだ。
「トモさん、アイツなんかのフォローなんてしなくていいですよ。最終的にはちゃんとやっても、そこに辿り着くまでの過程で皆さんに迷惑をかけてるのは事実なんですから。もっと厳しく叱ってやってください」
「そうよそうよ!ほんとみーんな春斗に甘すぎ!!仕事放り出して脱走して、おまけにこの私をバカにするようなクソガキは、一度くらい痛い目に合わせてやったほうがいいのよ!!」
あたしの言葉に同意しながら向かい側の席に着いたのは、ももちゃんだった。
唇を突き出すようにしてむくれながら言うその姿はほんとに可愛い。
健太郎モードからは想像できないくらいに。
「でもさ、ももちゃん。暴力に訴えるのはあんまりよくないんじゃない?」
「冬美、言葉で分からないやつは力で制圧するしかないのよ」
黒い。
ももちゃん、笑顔が黒いよ。
可愛いのに黒いってすごいなこの笑顔……。
「確かに百瀬さんの言うことにも一理ありますね~」
あれ?
あれあれ?
トモさんの笑顔も黒いんですけど。
なんか二人で頷きあってるんですけど。
意外とトモさんもハルに鬱憤がたまってるのか…!?
「そ、そうだ!今回は写真集の撮影みたいですけど、テーマとかってあるんですか?」
何故か妙な方向へ進みかけている話を終わらせるために、違う話題を提供してみる。
これ以上あの話を続けてたらハルに命の危険が迫りそうだ。
「ああ、今回の写真集はファンの方々からのリクエストに応える形で作ろうと思ってるんだよ」
「リクエスト、ですか?」
「そう。事前に雑誌でどういう春斗くんの姿を写真集で見てみたいかっていうアンケートをとっていてね。それでリクエストの多い格好やテーマといったものを全部詰め込んだ写真集にしようと思っているんだ」
「へぇ、そうなんですかあ。ファンからしたらたまらない写真集でしょうね」
「色々なリクエストがあってね。なかなか面白いよ」
ふふ、と笑うトモさん。
それに便乗するようにニヤニヤと笑い始めたももちゃん。
一体、どんなリクエストがあったんだろうか……?
「えっと、今日撮るリクエストはどんなものなんですか?」
「それは撮影が始まるまでのお楽しみかな」
「えぇー!気になります!」
「春斗のメイクが終わればすぐわかるわよ」
「教えてよーももちゃん」
「ひ・み・つ」
悪戯に笑うももちゃんも、にこやかに微笑むトモさんもそれから何度聞いても教えてくれなかった。
仕方がないので他愛のない世間話をして、ハルのメイクが終わるのを大人しく待つことにした。
クッキーはサクサクしてておいしいし、紅茶はいい香りがするし、ももちゃんとトモさんと喋るのは楽しいし、退屈することはなかった。
やっぱり、ハルについて行かなくてよかったよほんとに。
――――あれ?
そうして暫く経った頃、周りの空気が突然変わった。
何て言ったらいいんだろう……こう、時間が止まったみたいに、気がつけば皆黙って同じ方向を見つめていて、厳かな感じになっていたのだ。
――――何だろ……
皆の視線を辿ったその先。
そこにいたのは。
――――て、んし…?
さらりとした輝く金の髪。
透き通るような青い瞳。
憂いを帯びたその顔は、美しく。
身に纏う繊細な装飾を施された服と、背に生えた翼は一点の曇りもない純白。
紛れもない、これは、この姿は。
「ね?これでわかったでしょ?今日の撮影テーマは『天使』よ」
それも、天使が堕天使になるまでっていうストーリー仕立てで撮るの――――
耳元で囁かれたももちゃんの声が、頭の中に小さくこだました。
遅くなってすいません;
ようやく春斗の撮影の話に入っていきます。
モデルの仕事については知識はほとんどないので、想像の部分が多いです。
そこは大目に見てください…
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