めんどくさい癖
「春斗おおおおおおおおおッッ!!」
なぎちゃんとの通話を終えてから歩くこと数分。
突然、前方から地を這うような低い声が聞こえてきた。
ハルに引っ張られる形で歩いていたあたしが彼の背後からひょいと前を覗うと、猪もびっくりの勢いで走ってくるなぎちゃんの姿が見えた。
「おー、なぎ兄良い走りっぷりしてんな」
「…あんた、ほんと神経図太いよね」
心底愉快そうな笑顔を浮かべるハルの顔には「反省」という言葉の欠片も見当たらない。
だからその綺麗で無邪気な笑顔が、あたしにはどうしても悪魔の微笑みにしか見えないんだよね…。
「お前ッッ!!仕事を途中で放り出すなって、何度も言ってんだろうがッ!!」
ようやくあたし達のもとへと辿り着いたなぎちゃんが、そのままの勢いでハルの肩を掴み説教をし始めた。
なぎちゃんもハルも180越えというかなりの長身だから、チビなあたしからするとその様子は物凄く迫力のあるものだったりするんだよね。
ほんと「何食ったらそんなに育つの?」って聞きたくなるくらい無駄にデカイんですよ、この二人。
「放り出してねーし。息抜きしに行っただけ」
「お前の息抜きってやつは世間一般で言うとこの職務放棄だッ!」
「大騒ぎしすぎだって、なぎ兄。ちゃんと戻るつもりだったんだからさー」
鬼のような形相で怒るなぎちゃんを涼しい顔で見つめるハル。
ああ、何でコイツはあんなに余裕綽々なんだ?
「穏やかな人ほど怒ると恐い」とはよく言ったもので、いつも柔らかな笑顔を浮かべている優しいなぎちゃんが怒ると相当な迫力があるというのに…。
「大騒ぎって…!お前はうちのプロダクションの大事なモデルなんだぞ!?それに俺にとっては弟みたいなもんだし、何も言わないでいなくなったら心配するに決まってんだろッ!!」
「へぇーなぎ兄ってば俺のことそんなに怒るくらい心配してたんだー」
「あ、当たり前だろッ!?」
「ふーん。ね、俺のこと大切?」
「はあ!?」
―――また始まったよ…。
あたしは小さく溜息を吐いた。
数あるハルのめんどくさい癖の中でも飛びぬけてウザい癖がたった今発動したのである。
その名も「納豆みたいにネーバネバッ☆ハルちゃん愛され度確認癖」。(←命名:あたしの母親)
どんな癖かというと…まあ、文字通り「周りが自分のことをどれだけ愛してるか、もとい大切にしているかを粘着質に聞き続ける」という我儘とめんどくささの極みのような癖。
本人はいたって純粋に聞いているようなので、なおさらタチが悪い。
しかも、一たびこの癖に捕まるとハルが満足するまでは絶対に解放されない。
まあ、この癖はハルが「身内」と認めた人間にしか発動されないので、被害はごく限られた人間にしかないのだけど。
でもそのごく限られた人間である側からしたら、拷問のような癖なんですけどね…。
「俺のことさ、ちゃんと愛してくれてる?」
「あ、あ、あいッ!?」
只今、なぎちゃんの顔はリンゴのように真っ赤になっております。
しかも目がおかしなくらい泳ぎまくってます。
さっきまでの鬼のような形相がかき消えた何とも情けない表情に、あたしは思わず笑いそうになったけど我慢した。
今、せっかくハルの注意がなぎちゃんに向いていてあたしの存在を忘れてくれているというのに、笑ってしまったらすぐにこっちに注意が向いてしまう。
「納豆みたいにネーバ(以下略)」の巻き添えを食らうなんて心底御免だ。
―――なぎちゃんも、もっと冷静に対応すればいいのに…。
この「納豆みたいにネーバ(以下略)」をくぐり抜ける一番の方法はとにかく冷静になること。
慌てれば慌てるほどハルの玩具にされる。
だから冷静になって彼の求めている言葉を気がすむまで言ってあげればいいのだ。
―――でも、なぎちゃんはそれ上手くできないんだよねー。
7つも年上だけど、なぎちゃんは(たぶん)あたしよりも純情。
だから「愛してる」なんて言葉、軽々しく人(しかも男)に言えないのだ。
人として言葉を重んじるところは素晴らしいと思うけど、このハルの癖の前ではその素晴らしさも形無しだ。
「なぎ兄、俺のこと大切じゃないの?愛してくれてないの?」
「いや、だから、その、あの…!」
―――これ、いつまで続くんだろ…。
じりじりとなぎちゃんに詰め寄るハル。
ハルに詰め寄られしどろもどろのなぎちゃん。
それはまるで人間を唆そうと迫る悪魔と、まさにその悪魔に唆されようとしている人間といった構図。
―――あー、マジで家に帰りたい…。
悪魔よ、今回ばかりは早く唆してくれ。
人間よ、今回ばかりは早く唆されてくれ。
―――てゆうか、仕事しろよ二人とも…。
あたしの思いはいつあの二人に届くのでしょう?
この続きは作者の都合により春以降に執筆します。
私情で大変申し訳ないのですが、ぜひ続きを待っていてくださると嬉しいです!