悪魔的な意図
「で、今日は何するつもり?」
「特に決めてない」
「…人を呼び出すならそれなりの目的を持ちなさいよ」
あたしとハルは、ブラブラと渋谷の街を歩き回っていた。
休日だけあって、人の量は平日よりかなり多めだ。
まあ、平日だってそこそこ人が多い街だけど。
「俺の目的は冬美に会うことだし」
「何それ?」
「ここんとこ写真集の撮影続きで疲れててさ。癒しを求めに来た」
「ああ、そういうこと」
忙しくて学校すらろくに来れないくせにハルは定期的にあたしに会いに来る。
どうやらあたしはハルにとって一種の安定剤のような存在らしい。
もともと人と関わることや目立つことが嫌いなくせに、その両方がそろったモデルという世界に入ったせいで仕事を続けているとけっこう疲れるのだそうだ。
そうなったときにあたしに会うと癒されると前に言っていた。
あたしという存在のどこに癒しを感じられるのか不思議でしかたないのだけど、それでちゃんと仕事してくれるなら安いものだ。
「あんたさ、何で目立つこと嫌いなのにモデルなんかやってんの?」
「秘密」
ハルがモデルになったのは二年ほど前くらい。
そのことにあたしを含めた身内の人間は皆驚きを隠せなかった。
それもそのはず、人と関わることも目立つことも嫌いなハルが、その二つがそろったモデルという世界に飛び込むなんて彼のことをよく知っている人にとったら、驚くなって方が無理な話だった。
何度理由を尋ねても「秘密」というだけで、いまだにモデルになろうと思ったハルの心境はよくわからない。
「ふーん。別にいいけどね…。てか、特に行く場所決めてないなら家に帰りたいんだけど。あたし、人混み嫌い」
「知ってる」
「ならこんな人が多いとこに呼び出すなっつーの」
「だってここが撮影所から一番近かったから」
「…ちょっと待て。あんたまさか…また撮影途中で抜け出してきたの?」
「うん」
オイッ!
「うん」じゃねーだろっ!!!
何でこの男は仕事をほっぽり出してこんなとこ来てんだっ!!
「撮影所に戻れっ!」
「えー。せっかく冬美に会えたのにヤダよ」
「あたしとは家でも学校でも会おうと思えばいつでも会えるでしょ!そんな理由で仕事を放り出すなんて、最低!スタッフの人とか困ってるよ!」
「んー、じゃあ冬美も一緒に来てくれんなら戻る」
「それは嫌。あんなキラキラした世界、ほんのちょっといるだけでも疲れるもん」
「じゃ、俺も戻らない」
「ちょっと我儘言わないでよ!めんどくさいなーもうっ!!」
実のところハルがモデルの仕事を放り出してあたしに会いに来ることは今回が初めてじゃない。
てゆうか、こういうことはしょっちゅうある。
その度にこうして駄々をこねられ、言い合いになるのだ。
そして最終的には―――…
「わかった!わかった!あたしも付き添ってあげるから撮影所に戻って仕事して!」
「了解~」
いつもあたしが折れるはめになる。
だって、コイツが仕事しないとたくさんの人に迷惑かけるし、コイツの写真集を楽しみに待っているファンの子たちを悲しませてしまうことになる。
そんなこと曲がったことが嫌いなあたしの正義感が許さない。
「よし、行くか」
「…あんたわざとこんなことしてんじゃないでしょうね?」
いつもいつも撮影を途中で放り出してあたしに会いに来るハル。
その行動には明らかに意図的なものを感じる。
あたしを振り回して楽しむという、悪魔的な意図が。
「わざとじゃない。断じてわざとじゃない」
「…」
あたしの手をとり、意気揚々と歩いていくハル。
その背中を見つめながらあたしは確信した。
―――コイツ、絶対わざとだ…!
「…最悪」
美しくも我儘でめんどくさい非凡な男。
そんなヤツでも小さいころからずっと傍にいた大切な幼馴染だから、放っておくことはできない。
…ああ、ほんとめんどくさいわー。
前回、春頃にまとめて書きあげるとお知らせしたのですが、この「非凡な君、平凡なあたし」だけはあと2,3話投稿する予定です。
その後の話は春以降に書きます。