ハチ公前で
『ちょっと遅れる』
ケータイの液晶に映し出されたのは、そっけない一言。
送り主の性格を表すようにとても淡白なその一文に、あたしは少し腹がったった。
「ちょっと遅れるって、もう待ち合わせ時間から30分も過ぎてるんですけど…」
遅れるなら事前に連絡しろよ。
てか普通、遅れてくるなら詫びの言葉の一つでも書くのが礼儀ってんもんでしょ?
現時点ですでに遅れているならなおのこと「ごめん」の一言でも書けよ。
「親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないのかアイツは…」
思わずため息が出た。
アイツがどうしてもっていうからわざわざ日曜日という貴重な休みの日に、外に出てやったのにこの仕打ちは何だ?
極度の怠け者で引き籠り体質のあたしが休みの日に外へ出るって、すごい労力を使うのに。
そんなことアイツだってよくわかっているはずなのにさ。
―――忙しいのに何でアイツわざわざ遊びに行こうとするんだろ…。
しかもこんな人の多い、ハチ公前で待ち合わせなんて。
人が多いと大変なのはアイツのほうなのに。
ほんと、何考えてんだか…。
「見て見てっ!春斗のポスターがあるっ!」
「ヤバっ!超カッコイイねっ!!」
不意に隣にいた女の子たちが騒ぎだす。
彼女たちのうちの一人が指さす方へ、つられて目を向けると有名な男物ブランドの特大ポスターが目に入った。
そのイメージモデルとなっているポスターの人物――――彼女たちが騒いでいる「春斗」をぼんやりと見つめた。
強い光を宿した切れ長の黒い瞳が特徴的な、端正な顔。
バランスのとれた細身でありながらも男らしい、しなやかな体。
ポスターであるにもかかわらず、誰もが圧倒される独特のオーラとカリスマ性。
それが「春斗」という、今一番注目を集めている人気モデル―――
「冬美」
名前を呼ばれ、振り返る。
そこにいたのはニット帽を目深にかぶった男。
極度の怠け者で引き籠り体質のあたしを呼び出しておきながら、遅刻してきた待ち合わせ相手。
「ハル」
名前を呼ぶと男―――ハルの口元が微かに上がった。
普段あまり表情を出さない上に、今日はニット帽を目深に被っているせいで、その表情はよくわからないけどたぶん笑っているんだろう。
ハルはよく表情が分かりにくいと人に言われているけれど、生まれてからずっと傍にいるあたしにしてみればそんなことはない。
むしろあたしよりも表情豊かだとさえ思う。
「わりぃ。遅れた」
「遅れるなら事前にメールしてよ」
「いや、ちゃんと遅れずに来れるはずだったんだけど途中でファンの子たちに追いかけられちゃってさ、まいてたら遅くなった。てか、何でいつもこうやってちゃんと帽子かぶって変装してもバレんだろ?」
―――そりゃ、あんたの醸し出してるオーラが一般人じゃないからでしょ…。
どんなに地味な格好をしても。
どんなにその姿を潜めようとも。
ハルが非凡であることは隠せない―――
「ねぇ…あの人ちょっと春斗に似てない?」
「あたしもそう思ってた…」
背後からさっきの女の子集団の密やかなやり取りが聞こえた。
こちらをうかがうような気配も感じる。
「ハル、行こ」
内心焦りつつもさり気ない感じでハルの手をとり歩いていく。
あたしの頭の中には、一刻も早く背後の女の子たちから離れることしかなかった。
―――こんなとこでバレるなんて冗談じゃない!ハルのファンと追いかけっこなんて御免だ…。
「どうしたんだ急に?」
「…」
さっきも追いかけられたって言ってたくせに何て呑気な奴。
自分が有名だってことちゃんとわかってんの?
「あんたってほんと手がかかる」
「はあ?何だそれ?」
今一番注目を浴びているモデル「春斗」。
老若男女関わらず、誰もを魅了すると言われている非凡な男。
それが生まれてから17年間、ずっと傍で育ってきた平凡なあたしの幼馴染だなんて。
「何であんたが幼馴染なんだか…」
「…どういう意味だ、オイ?」
その言葉通りの意味だよ、ハル。
平凡なあたしが非凡なあんたの世話をするのって、なかなか大変なことなんですよ?
唯でさえあたしは極度の怠け者で引き籠り体質なのに…。
―――ほんと、めんどくさい…
それがあたしの正直な本音。
こんにちは、桐龍朱音です。
また新しい物語書いちゃいました。
ほかの連載完結していないのに…。
移り気な作者ですいません(ーー;)
これからちょっと忙しくなるので春頃になったら一気にほかの作品共々まとめて書きあげたいと思います。
見てくださっている方には本当に申し訳ないです…。
ちなみに。
冬美の「引き籠り体質」という言葉は本当に引き籠ってるわけではなく、出不精という意味で使っております。