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【未来編】お転婆娘のシルヴィア~二人の子どもは天真爛漫!~

二人の子どもが出てくるので、

苦手な方はご注意ください!

 冬の寒さもまだ本格的に残っている頃、アイヒベルク邸では変わらずラウラの叫び声が聞こえていた──。


「お嬢様っ!! お待ちくださいっ! きちんと服は着てくださいっ!!」

「やだっ!! ドレスうごきにくいんだもんっ!!」

「今から旦那様と奥様との食事ですから、そんな格好では」

「え、おとうさまもいるの!?」

「なんだい、シルヴィア。私との食事が嫌なのか?」

「……お、おとうさま」


 廊下で父親とばったり遭った少女は体を固まらせて目を逸らす。

 少女が目を逸らした原因である彼は、はあとため息をつく。


「あ、エルヴィン様っ! あ、違う。旦那様っ!!」

「ふふ、ラウラ。別にどちらでもいいよ」

「いえ、お嬢様に示しがつきませんから! そのように呼ばせていただきます!」

「そう? あ、シャルロッテは?」

「奥様ならもう食事の席にいらっしゃいますよ」

「そうか、じゃあ」


 そう言ってエルヴィンはしゃがんで少女と視線を合わせると、ゆっくりと手を差し出す。


「私と一緒にお母様との食事に行きませんか? お姫様」

「……はい。行きます」


 エルヴィンとシルヴィアは手をつないでダイニングへと向かっていく。

 ダイニングに着くと、そこにはシャルロッテがすでに席についていた。ラウラが「お待たせしました」と声をかける。その声を聞き、シャルロッテはシルヴィアがやって来たと認識した。


「もう、シルヴィア。今日はお父さまがいるからきちんと座って待ってなさいって言って……あら、エルヴィンさま……」

「私が捕まえてしまった」


 シャルロッテが振り返った時にはエルヴィンはシルヴィアを抱っこしており、その腕の中で少女は少し不満そうにしている。

 そのまま席まで向かうと、彼女を椅子に座らせて、彼も自分の席につく。


「では、いただこうか」

「はいっ!」

「はーい」


 家族三人で食事を取ることは最近だと珍しかった。

 少女はまだ四歳であり、早めに床につくため、食事も早めに取るようにしているのだが、エルヴィンの仕事上どうしても夕食に間に合わないことが多い。

 ここ数ヵ月は朝も早く仕事に出ることが多かったため、なかなか家族との時間を取れていなかった。シャルロッテとエルヴィンは夜に晩酌でよく顔を合わせて話をしているが、シルヴィアとエルヴィンは会う機会が減っていた。

 それをエルヴィンもわかっていたため、今日は仕事を切り上げて戻ってきた。


(クリストフの会議中に帰ってきたから、あいつは驚いているだろうな)


 その言葉通り、クリストフは彼が帰宅したことを知り、そして帰宅したことによって今日の仕事を押しつけられなくなって深夜まで仕事をすることになった。まあ、いつもさぼっているツケが回っただけだが……。


「シルヴィア、食べないの?」

「セロリさん、やだ……」


 その言葉を聞いた瞬間、シャルロッテはエルヴィンに視線を送る。


「シャルロッテ、そんな私を見ないでくれ」

「セロリが嫌いなのはエルヴィンさまなので……」

「だからといって私のせいではない」


 エルヴィンは若くから公爵の位にいて、さらに見目麗しいその見た目で世の女性を魅了している。

『冷血公爵』とは言われているものの、最近はそれを揶揄する声も少ない。

 彼が民衆からも、そして今まで嫌っていた一部の貴族からも順当な評価を得られるようになったのには、エルヴィン自身の真面目さと、そして何より妻であるシャルロッテの功績が大きかった。

 彼女が社交界でエルヴィンのサポートをするようになり、評価は上がった。

 彼女自身もマナーができず、『幽霊令嬢』と呼ばれていたが、お披露目パーティーの事件をきっかけに彼女の賢さや判断力の速さが評判を呼んだ。


 しかし、そのエルヴィンも実はセロリには勝てなかった。

 つまり、セロリが嫌いなのだ──。


「シャルロッテ、明日のお茶会はどうするんだ?」

「シルヴィアはラウラに見てもらって、私だけで行こうと思います」

「ええ~シルヴィアもいくぅー!」

「明日はお茶会とはいっても、大事なお話もあるの。お家で少し待ってて」

「おかあさま、はやくかえってきてね」

「ええ、大丈夫よ。夕方には戻ってくるから。だから、一口でいいからセロリ食べてみて?」

「う、うん……」


 苦々しい表情を浮かべながら、シルヴィアはセロリをフォークで刺して少しだけかじる。


「うえ~」


 そんなシルヴィアの悲壮な声がダイニングに響き渡った──。



 夕食を終えたシャルロッテとシルヴィアは、寝室に向かう。

 普段はラウラがシルヴィアの寝かしつけをすることが多いのだが、今夜はどうしても母親と寝ると言って聞かず、手を引いて自分の部屋に連れてきていた。


 その様子を見てシャルロッテは娘の意図に気づいたのか、そっと頭を撫でて優しく声をかけた。


「何か言いたいことがあったんじゃないの? お父さまに」

「──っ!! どうしてわかったの?」

「ん? 私はシルヴィアのお母さまだから。それに、あなたは私に性格がよく似ているから」


 そう言いながらシャルロッテは娘を抱っこしてベッドに座ると、長く茶色い髪を撫でながら聞く。


「覚えていたの? 今日がお父さまの誕生日だって」

「うん……だから、シルヴィア、プレゼントをわたしたくて」


 ベッドから降りると、机の引き出しから絵本を取り出す。その絵本の間に隠すように挟んであった紙を持って、もう一度母親のもとに戻る。


「これ、おとうさまに……」

「見てもいいの?」

「うん」


 シャルロッテは渡されたその紙を眺めてみる。人が三人描かれており、それはシャルロッテたち家族だとわかった。


「これ、シルヴィアが描いたの?」

「そう。うまくかけなかった」

「だからさっき渡さなかったの?」

「うん……おとうさまに、きらわれちゃうとおもって」


 シャルロッテは娘の言葉を受け止めると、そのままぎゅっと小さな体を抱きしめた。


「お父さまは、そんなことで嫌ったりしないわよ。そうだ、みんなの名前を一緒に書かない?」

「なまえ?」

「ええ、文字。お母さまも久々にお父さまにお手紙を書きたくなったなあ。よかったら、シルヴィアも一緒に書かない?」

「うんっ! かくっ!!」


 二人は机の傍の明かりを燈すと、椅子に座って机に向き合う。引き出しからペンを取り出して、シャルロッテがまず一枚の紙に見本として三人の名前を書く。


「これがシルヴィア、これがお父さまの名前、これが私の名前。練習してみて」

「うん……」


 少し不安そうにペンを握った手をシャルロッテが上から優しく握る。


「しーるーヴぃーあー」


 二人で声を合わせながら、一文字ずつ書いていく。綺麗ではないが、ゆっくり丁寧に書かれた文字。


「そうそう、いいわね。そう、こっちはもうちょっと伸ばして」

「うん……」


 母親に言われた通りにしようと、真剣な顔つきで紙を凝視している。


「う~ん……」

「そんなに怖い顔してたら、お父さまにシルヴィアの怖い顔が伝わっちゃうわよ」

「え? どうしよう!?」

「ほら、上手に書こうとしなくていいから。お父さまのことを思って書いてごらん」

「おとうさまのこと……」


 シルヴィアは脳内で自分の父親のことについて考える。


(くろいかみで、せがたかくて……)


「おめめがあおくて、それから──」


 頭の中で考えていたことがつい口に出てしまっているのを、母親のシャルロッテが気づき、微笑みながら見守る。


(この子は外見から考えてるのね)


 子どもだからなのか、姿形から想像に入っているらしい。

 その少女は、服はこんなんで、靴は自分のよりとても大きくて……といった感じで呟いている。そして最後に、少女は口にした。


「おとうさまは、かっこいい」


(まあっ!)


 シルヴィアは少し恥ずかしそうに俯きながら言う。そうして、再び文字を書き始めた。

 さきほどまでのように体に余計な力が入っておらず、ゆっくりではあるが迷いなく書けている。そんな様子を横で静かに見守った。


 娘の文字がだいぶ安定してきた頃、シャルロッテも紙を一枚取って、手紙を書き始める。


(エルヴィンさまに手紙なんていつぶりかしら)


 仕事で遠征し、一ヵ月エルヴィンが家を空けた時に、シャルロッテが手紙をしたためた以来だろうか。そんなことを思いながら、ペンを走らせていく。

 やがて、シャルロッテは隣からの熱烈な視線に気づいて手を止めた。


「ん? どうかしたの?」

「おかあさまのじ、シルヴィアよめない」

「ふふ、少し難しい言葉や文字も入っているものね。大丈夫よ。大きくなったら読めるようになるわ」

「ほんと?」

「ええ、だからラウラと一緒にきちんと勉強してね」

「えーーー」


 そうして出来上がったプレゼントと手紙を、今度は二人でエルヴィンのところまで渡しに行く。

 シルヴィアは少し緊張しているのか、どこか気恥ずかしいのか、シャルロッテの服の裾を握って後ろに隠れるようにして廊下を歩く。


「もうすぐ着くけど、大丈夫?」

「う、うん……」


 シャルロッテはエルヴィンの執務室の扉の前に立ち、しゃがんで少女に言う。


「これ、一緒に渡してごらん」

「なあに、このおはな」


 青くて小さな花びらのそれは、押し花にされている。


「ニゲラというの。お父さまが喜んでくれるおまじない」

「え!? ほんとう!? うんっ! いっしょにわたすっ!!」


 シャルロッテはゆっくりと頷くと、シルヴィアと手をつないで扉をノックした。中から、どうぞ、という声が聞こえてきて、シャルロッテはゆっくりとドアを開いた。


「すみません、お仕事中でしたか?」

「いいや、大丈夫だよ。おや、シルヴィア、どうしたんだい。こんな遅い時間に」


 尋ねられて少しドキリとしたシルヴィアは、緊張で少し体がこわばってしまう。そんな少女の背中をゆっくりさすってあげ、彼女は囁いた。


「ほら、行ってごらん」


 そう背中を押してあげると、シルヴィアはゆっくりとした足取りでエルヴィンに近づいていく。少女の父親も彼女が何か手に持っていることに気づき、少女のほうへと向かっていく。


「おとうさま、あのね」

「うん」

「あのね。その、えっと……」


 少女がなかなか言い出せずにいる間も、目を逸らすことなくじっと見つめて待っている。父親としてなんとなく娘が言いたいことには気づいているが、彼女が勇気を出して自分の口で話すのを見守った。


「あのね……おとうさまにわたしたいものがあって」

「うん、なあに?」

「えっと、これ……」


 ようやく手に持っていたプレゼントの絵を差し出す。家族三人が描かれたもので、渡した彼女は気恥ずかしそうに、もじもじと体をねじっている。目を逸らしてきょろきょろした後で、申し訳なさそうに言う。


「うまくかけなかったんだけど、えっと、おかあさまといっしょにおなまえもかいた」


 渡した紙の名前が書いてある部分を指さしながら、父親の顔色を窺うように何度も紙と彼の目で視線を往復させる。


「これ、シルヴィアが描いたのかい?」

「うん、これがおとうさま。これがおかあさま。これがシルヴィア」

「もしかして、この後ろのはラウラとレオンかい?」

「そうっ!」


(え!?)


 エルヴィンの言葉と娘の返事に思わずシャルロッテは驚く。自分が見た時には気づけなかったが、父親であるエルヴィンは気づいたらしい。


(ふふ、ラウラやレオンさままで描くなんて、優しいんだから)


 母親ながら自分の想像以上に優しく育っている娘を誇りに思った。

 緊張の糸がほどけたのか、さきほどとは打って変わって饒舌に話し出すシルヴィアに、何度も頷いてエルヴィンは応えていた。


「あ、そうだっ! おかあさまもおてがみ、かいたんだよ!」

「え!?」

「そうなのかい?」


 いきなり会話の矛先が向いたことに一瞬驚いたが、シャルロッテもエルヴィンに手紙を渡すべく二人に近づいていく。


「これ、エルヴィンさまに……」

「ふふ、久しぶりの手紙だね」

「はい。あの、今読まないでくださいね? 後で、読んでください」


 母娘でそっくりな仕草で照れている様子を見て、エルヴィンはとても愛おしく思った。


(ああ、なんて可愛らしい二人なんだ)


 エルヴィンは娘を抱きかかえると、そのままシャルロッテも抱き寄せる。


「エルヴィンさまっ!?」

「わっ! たかいたかいっ!!」

「ふふ、私の愛する人たちはなんて可愛いんだろう。幸せだよ」


 そう言いながらエルヴィンはシルヴィアの頬に優しくちゅっとする。


「くすぐったい~」

「ふふ、可愛いね」


 シャルロッテとエルヴィンが目を合わせて笑ったところで、二人の腕の中から思わぬ言葉が飛んでくる。


「だめだよ、おとうさま。シルヴィアにちゅーしたんだから、おかあさまにもしないとっ!」

「「えっ!?」」


 思わず二人は声を揃えて戸惑いの返事をしてしまう。これは一本取られたとばかりにエルヴィンは微笑むと、シャルロッテに囁く。


「と、お姫様は仰っているが、どうする?」

「そんなことっ! もうっ! 私に聞かないでくださいっ!!」


 シャルロッテはそう言いながら顔を背けて拗ねてしまう。そんな可愛らしい反応をする妻に、エルヴィンはそっと手を伸ばした。


 ちゅっとわざと音を立てて頬に唇をつけたエルヴィンに、娘のシルヴィアは大盛り上がり。


「わあっ! おとうさまが、おかあさまにっ!! きゃあーーー!!」


 両手で顔を隠す素振りをしたシルヴィアに、エルヴィンは頭を撫でてあげる。シャルロッテは顔を少し赤くしながら、大事なことを忘れているのを思い出して娘に耳打ちする。


「シルヴィア、ほら、あの言葉言わないと」

「ん~?」

「だからっ! ほら、今日はなんの日!?」

「あっ!!」


 シャルロッテの必死の訴えでシルヴィアは今日がなんの日なのかを思い出して、口に手を当てて驚く顔をする。

 おかあさまもいっしょに、とせがむので、シャルロッテも一緒に言うことにした。


「ん? 何を二人でこそこそ話してるんだい?」

「しぃー!」


 シャルロッテが静かにとエルヴィンに促すと、母娘は目を合わせて、小さな声でせーのと言った後でエルヴィンに告げる。


「「おとうさま、おたんじょうびおめでとうっ!!」」


 どうやら今日がなんの日か忘れていたようでエルヴィンは二人の言葉にハッとする。


(そうか、それで二人が……)


 彼はようやくさきほどのプレゼントと手紙をもらった理由を理解した。


(あ、やっぱり気づいていらっしゃらなかったのね)


 シャルロッテは彼のこの自分への鈍感さの変わらない様子に笑みがこぼれた。エルヴィンは再び二人を強く抱きしめると、耳元で囁いた。


「ありがとう、シャルロッテ。シルヴィア」


 その嬉しそうな表情を見て、シャルロッテとシルヴィアは顔を見合わせて喜んだ──。

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