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~3 5年の月日と決意(リサ視点)~

 

 エリック・リウェンとリサ・ローランドの婚約が結ばれて、5年の月日が流れて、互いに20の歳となった。

 リサは初めて会った時エリックに零した『騎士の女と結婚したいって危篤な男の人がいたらいいんだけどね。基本、淑やかな女性が好まれるでしょ?』という愚痴を後悔していた。

 その後、エリックは両方取れる方法を思いついたと言って、まさかのリサと婚約を結んでくれたからだ。

 エリックの事は嫌いではない。騎士になるまでの3年間一緒に剣稽古をして、嫌な言い方をすればリサの方が上手なのに、嫌な顔一つしないのだ。

 あまりにもそれが不気味で、女の癖にとかよく言われていたので、エリックにそれとなく聞いてみたことがある。



『多く鍛錬した者が上手で何も不思議はない。まぁセンスもあるが、それはどの項目においても言える事。リサは剣に特化していたのだろう。俺は見ていて好ましく思う』



 エリックの真面目な回答が素直に嬉しくて、リサ自身を認められた気がして嬉しかった。

 エリックは女なのに、等言わないのだ。ちゃんとリサをリサとして見てくれている。

 互いにもう結婚してもおかしくない歳なのにエリックは結婚の話をしない。エリックはリウェン家の跡取り、片やリサは同じ侯爵家と言えど末っ子のしかも騎士という令嬢として異端な存在だ。

 絶対に騎士になれないと思っていたのに、婚約者のエリックが認めるから騎士として勤めることが出来ている。

 だが、跡取りであるエリックには必要なのだ。ちゃんと跡取りを産む妻が。それは婚約者のリサの役目だろうと思うが、騎士をしながら侯爵家の妻になることは許されないだろう。

 結婚はリサの騎士退団を意味する。きっとエリックもちゃんと気づいているから、言わないのだと思う。


 しかし同期はどんどん結婚していく。


 リサはエリックか騎士かを選ばなければならない。エリックを選べば侯爵夫人として学ぶべく退団、騎士を選べばもう騎士になってしまい自身で生計を立てていけるので恐らく実家から勘当されて騎士の道を歩んでいく。

 どちらも選べなくてズルズル期間だけが過ぎている。

 エリックは次期侯爵だ。互いに忙しく仕事に邁進する中、今日飲む約束を出来たので、そこで告げようと思いながら、リサは剣稽古を行い続けた。



「ローランド! 打ち込みが雑になってきてるぞ」


「すみません!」



 剣稽古の相手に叱責され、リサは気合を入れなおす。

 もう、リサには剣しかないのだ。剣が無くなればリサには何も残らない。



「……迷いがあるな」



 剣稽古の相手、上官に剣を弾かれてリサは茫然とした。



「迷い、ですか?」


「何かは知らんがな。だが、剣はまっすぐだ。だから迷えば歪む。歪んだまま使えばやがて脆くなり、使えなくなる」


「使えない……ですか」


「お前は心はまっすぐで、雑念で歪んでいるだけだろう。だが、雑念は早く払わなければ、取れなくなる」



 上官は真剣をリサの喉元に突きつけた。



「俺はお前はもっと強くなれる、性別というハンデだと誰もが思ったことをメリットに変えて跳ね返し、時代を変える力があると思ったから言う。今のお前に剣を握る資格はない」



 そう言って稽古場を離れた上官をリサは追えなかった。そして弾かれた剣を握ることも出来なかった。

 先ほど剣を選ぶ、剣しかないと思ったが、やはり心のどこかでエリックがいるのだ。

 エリックこそまっすぐで律儀な性格で、リサが初めて尊敬した人だ。何故どちらかしか選ばない? と道を狭めるリサを叱責し、道を広げてくれた人。


 リサは握る資格がない、と言われた剣を拾って、強く握った。


 しっかりと握って、素振りを始める。

 だって騎士になると決めて騎士になったのはリサだ。上官の命令違反しているが、だが今こそ、まっすぐな剣の力を借りたかった。

 剣はいつでもリサの努力に答えてくれた。騎士になりたいという夢をくれた。そして何よりエリックと出会わせてくれた。

 だから剣がリサの全てなのだ。


 ずっと昼から素振りをして、夕方頃、前から上官がやってきた。

 リサは素振りを止めて、剣を鞘にしまい、敬礼をする。



「命令違反、申し訳ありません」



 頭を下げて謝れば、上から顔を上げろ、と声がかかる。



「剣を握るな、と言われて剣を握らなければそれこそ騎士失格だ。命令違反だが、剣はまっすぐになっていたぞ」


「ありがとうございます!」


「だが迷いはあるな。人生は長い。必ずしもすぐその迷いに答えを出せとは言わん。むしろ時を経る方がよい場合もある。だが折り合いはつけろ」


「折り合い、ですか?」


「そうだ。いつまでに、と期間を区切ったり、するのが簡単だが、折り合いの付け方は人それぞれだ」


「助言感謝します」


「あくまで俺の意見に過ぎないがな。お前の太刀筋が歪むのは惜しいだけだ」



 上官はそれを言えば去っていったので、その方向に向けてリサは礼をした。

 無理に剣とエリックを並べてどちらかを取ろうとするからダメなのだろう。

 エリックに教えられた言葉が頭に浮かぶ。



『騎士も結婚も両方取ればいいじゃないか。どっちかしか選べないなんて事はない』



 まだリサは両方取る努力をしていない事に気が付かされた。

 ただただエリックの立場を考えているフリをして、自分の事しか考えてなかったのだ。

 エリックは約束を守って、自分を犠牲にしてでも約束を果たそうと努力してくれているのに、リサの努力はどこにある?

 騎士はただ、リサがなりたいからなっただけの話で、エリックとの事で努力をしていない事に気づかされた。

 そして上官の言う通り期限を決めようと思った。期限なき目標は達成困難で、やはりエリックにとってもリサにとっても良くないからだ。


 業務終了のチャイムと同時にリサはエリックと約束のレストランへと急ぐ。


 レストランにはエリックはまだ着いていなくて、先に席に座らせてもらいエリックを待った。

 だがそんなに待つことなく、エリックは来た。


 次期侯爵で、スラっとした長身、文官として高い能力を発揮して、顔も格好よく、同期に羨ましがられる婚約者だ。



「待たせたか?」


「いや。そんなに待ってないよ。むしろエリック早いんじゃない? もうちょっと遅くても想定内だったよ」


「そうか」



 今は戦時下ではないため、圧倒忙しそうなエリックより大分リサの方が仕事に余裕がある。

 エリックも現在は閑散期だと言っているが、お互い仕事を始めてから会う回数が減っていっているが、その度にエリックは痩せこけていっている気がする。



「エリック、痩せた? 偶には鍛えなよ。体動かさないと良くないし」


「久しぶりに木剣で素振りしたよ。懐かしかった」


「今だったら城内は無理だけど、家帰れば真剣握れるでしょ」


「俺には木剣で十分だ。」


「確かに木剣の良さもあるけどね。確かに懐かしい。エリックと出会った時、大人たちの会話が退屈で、久しぶりに木剣振り回せてめちゃくちゃ嬉しかったの覚えてる」



 今日の剣の素振りを思い出して、リサは少し昔に想いを馳せた。

 そしてエリックも剣を握ってくれているのが、何より嬉しかった。



「ローランド侯爵とはやり取りしてるのか」


「ま、適度に……かな」



 ふと父の話をされて現実に引き戻される。

 父は父なのだが、多分、娘というよりかは駒にしか思っていないだろう。

 一応手紙のやり取りはしているが、エリックと結婚しないまま騎士になっている娘はもう駒としても使えないと思い始めたのか、手紙の内容は近況を利くものばかりで、もう娘でも駒でもないのだろう。

 ただまだエリックと婚約破棄していないから、一応父親面している、と言ったところが一番スッキリする。



「そうか。剣を握るのは好きか?」


「もちろん。私には剣しかないって言っても過言じゃないわね」


「リサの情熱は見習うところが多いな」



 微妙な返事に父との確執を感じとられたのかまた剣の話にエリックは戻してくれた。

 そしてリサに見習う事が多いと言うのだから、エリックは本当に変わっていると思う。



「エリックとかが頑張って治安整備してくれてるじゃない。私には出来ない事。エリックからも見習う事は多いわ」


「リサはリサのままでいてほしい」


「ん? 私は変わった覚えないけど。あ、違うか。エリックが婚約してくれたおかげで、ちゃんと結婚と騎士、両方の道を取れたの。約束、守ってくれたのはエリックだから、変わらずにいられているなら、全てエリックのお蔭だよ」


「……でも婚約者だ」



 もしかしたら来るかもしれないと思っていた結婚の話がきて、当然だがリサの都合だけで決められることではないと思い知る。

 リサが期限を決めて、エリックと一緒になる努力をしても、その期限はエリックにとっては遅いかもしれないのだ。



「結婚はエリックに合わせる。何も分かってない訳でもないからさ。次はエリックの願いを叶えたいの。市政学んで、リウェン家、繁栄させたいでしょ」



 言葉はスラっと出た。エリックにも都合があり、エリックが婚約破棄にしても結婚にしても選んだ時にはそれを叶えたい、リサが両方を選ぶための努力の途中であったら、エリックの決定に従いたい、と思ったのだ。

 もちろんそうならないために努力する気満々だが、リサにとって剣を認めてくれて、騎士にしてくれたエリックは大事な人なのだ。

 だから大事な人の気持ちを尊重したい。それは揺るがない。



「結婚はもう少し、待ってほしい」


「いいよ。侯爵家だし色々あるだろうしね」


「すまない」


「謝らないでよ。エリックだっていっぱい事情あるんでしょ? 気にしないで」


「それでも、だ」


「真面目ねぇ」


「性分なんだ」


「大丈夫。私はエリック・リウェンと結婚したいわ。私が何か言い出した時は全部貴方の為の時だけ。約束してあげる」



 声に出せばリサは覚悟が決まった。

 リサはエリックと結婚したいのだ。この大事な人を守りたい。だから努力する。

 単純な話じゃないか、と凄くすっきりした。



「約束してくれ。俺以外と結婚しないでくれ」


「エリック以外、いないと思うわ。ちゃんと私を見てくれるのは。だから安心して、突き進みなさいよ。エリック」


「あぁ。なぁ、食事が終わった後で良い。剣舞をちょっと見せてくれないか?」


「剣舞は騎士になってからやってないから微妙かもよ」


「俺の決意の後押しをして欲しいんだ」


「エリック、珍しく弱気ね。いいわよ。剣ってまっすぐなの、迷えば綺麗に切れないの。剣が後押しになるって言ってくれて嬉しいわ」



 上官に歪んでいると言われた剣だが、エリックが見てくれていたら、ちゃんとまっすぐ振るえそうだと思った。

 何よりエリックが剣を否定せず、剣を要望してくれている。


 レストランで食べ終わった後、近いリウェン家のエリックと出会った懐かしい稽古場で、リサは久しぶりに剣舞し、剣で舞いながらまっすぐに見える剣筋に嬉しくなった。

 これがエリックの後押しになればいい。そして、リサの覚悟の表れのように久しぶりの剣舞は自分でも満足いく内容だった。


 剣に誓う。

 大事な人を守る覚悟。大事な人と一緒になる努力をする事。


 リサはまっすぐな剣にそっと期限を心を中で告げた。


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