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子は親を選べない。親も子を選べない。

責任転嫁

作者: 中嶋 千博

「なんで生まれてきたの? 生まれてこなければ、こんなことにはならなかったのに」

 わたしは牢屋の中で一人、そんなことを考えている。不倫して子供ができた。相手はおろせといった。わたしは産みたいといった。

 生まれた子は男の子で、目もとが彼に似ていた。

 それからが苦労の連続だった。赤ちゃんは寝るか泣くかしかなく、ミルクをあげておむつを替えていると、すぐに次のミルクの時間がやってくる。おむつを替えるのに時間がかかりすぎるのと、ミルクの出が悪くて、時間がかかるのと、あと泣くので、わたし自身はちっとも眠れない。あの当時のことは、きつすぎて、今でもどうやって切り抜けたのか分からないくらいだ。

 生後三か月を過ぎたあたりから、時間的に楽になってきた。けれども貯蓄は減っていく一方で、運よく〇歳児保育で子を保育園に預けることができたため、働きに出た。

 二歳半になったとき、夜の仕事も始めた。寝かしつけてから夜の仕事に行く。仕事から帰った時、ぐっすり寝ているときもあれば、途中で起きたのか、泣き続けた後があるときもあった。それを見てかわいそうに思ったりもしたが、そもそも夜、仕事をしているのは、この子のためなのだと思うと、逆に怒りがわいてきたりもした。

 ますます彼に面影が似てきた。彼の外見が好みだったから、そのことをうれしく思うこともあり、ときには憎らしくもうときもあった。

 夜の仕事の帰りに仲間に誘われて行ったバーで男と出会った。その男とは意気投合し、一週間もしないうち、わたしのアパートに転がり込んできた。

 昼も夜も働くわたし。男は家でごろごろしている。子供の面倒を見てくれるときもある。けれど、子供は男をこわがった。どうやら虐待しているらしい。けれどわたしは男に何も言えなかった。なんだかんだいって、わたしは男に惚れていた。

 虐待はひどくなっていった。わたしは見て見ぬふりをした。ときには一緒に我が子をいじめたりもするようになった。例えば、こっちへおいで、と我が子を呼び、子供が近づいてきたところ、男が横からクッションでなぎ払うのだ。その転び方が面白いと男は笑った。わたしも笑った。我が子は泣いていた。

 ある日、我が子は熱湯をかけられて死んだ。わたしがいないときだった。警察から聞いた話では、熱湯をかけられても逃げ回った形跡がないという。がっしりと捕まえられて、頭から熱湯をかけられ続けたのだ。

 遺体をみたとき、凝視できなかった。肌がただれ、ぐったりとしていた。うちすてられた人形を思わせた。

 これが我が子だなんて、どうしても信じられなかった。けれど我が子なのだ。目元が彼にそっくりで、呼びかけると、とことこと駆け寄ってきていた我が子なのだ。

 熱湯をかけられた我が子はしばらく放置され、そして死んだという。どれほど痛かっただろう。どれほど苦しかっただろう。

 どうしてそんなことができるのか。あいつは人の子じゃないのか。そんな男にどうしてわたしは惚れてしまったのか。

 そもそもあの子がいなければこんなことにならなかったのだ。男と一緒に幸せな日々を過ごしていたかもしれない。けれど、あの子がいなければ、夜の仕事に手を出たことはせず、そうすると男と出会うこともなかった。

 思考は混濁していく。愛しい我が子を殺したあいつ、よくも熱湯をかけやがった。よくも放置しやがった。あいつも熱湯かけられて死んでみればいいんだ。そうすればそれがどれだけ辛く苦しいことか分かるだろうに。

 そんな男をわたしは愛している。今でも愛している。

 我が子をひどい殺し方した男を愛している。

 ああ、わたしはいったい誰を恨めばいいのか。

 答えは分からない。そして再び強く思うのだ。

「なんで生れてきたの? 生まれてこなければ、こんなことにはならなかったのに」

この物語は、実際あった痛ましい事件から着想を得ましたが、登場人物は想像上の者です。


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