第5話
次の日の朝、俺は書斎で魔法のことを調べていた。現時点では、魔法への対策を全く練れていない。だが、今できることは全てする。昨日に決めたことだ、諦めるつもりはない。つもりはないが、その障害となる人間が真横にいた。
「ヒュウガ兄ちゃん、何読んでるんだ?教えて!」
「アオイ、すまないが静かにしてくれないか。俺これを覚えないとヤバいんだ。命が」
「えー!教えてよ!」
アオイ。六人兄弟の末っ子の6歳。父親からは厄介者扱い、上の兄たちとは年齢が離れており話が合わないので、実質的に自分が面倒を見てる状態だ。なのでいつも通りの状況だ。
昨日だけはセーネが相手をしていたが、そのセーネも作戦の下見のためにいないので、自分のところにいる。できる事なら遊んでやりたいが、今の状況が状況だ。遊ぶことはとても出来ない。
参ったな、相手は6歳だ。やめろと言って聞くものでもない。いっその事、勉強の息抜きとして構ってやるか。
「あぁ、分かった。これは魔法について書いてあるんだ」
「まほー?」
「あぁそうだ、魔法。魔法ってのはすごいぞ。火や水を出せるし、雷を降らせる事もできる。使ってみたいよな」
「うん!やりたいっ」
「あぁ、大人になったら出来るようになるから、それまでは我慢だ。できるよな」
「うん、できる。早く大人になりたいなー」
軽い息抜きにはなったか。ていうか本を読ませとけば静かになるか。適当に本棚から子供向けの絵本を取り出し、アオイに手渡す。アオイは嬉しそうにそれを受け取り、目を輝かせながら本を開いた。気に入ったようだな。
ふと先程手を伸ばした本棚に、一つ気になる本があったのを思い出す。再度本棚に手を伸ばし、それの表紙を確認する。
それには魔石図鑑と大きな文字が書いてあり、色とりどりの宝石も描かれている。ネックレスの宝石も、これに載っているかもしれない。本を机の上に置き、パラパラとめくって白い宝石を探す。
一通り見てみたが、似たような色のものはあれど、これと完全に一致するものはない。これ以上探すのも時間の無駄なので、本棚に戻した。
そしてさっきまで読んでいた魔法の本を読み直す。その途中、少し気になる記述があった。
魔法は基本的にどんな人間でも使えるものである。そして魔法は生まれ持った魔力と、生まれ持った才能に左右されやすいものである。
一応、努力次第でその差を埋めることも可能ではあるが、非常に長い時間を要するものであり、その例は極端に少ない。
ようするに才能次第だから、魔法の才さえあればどうにでもなるということだ。だが魔法を使えるようになるのは16歳前後。自分は13歳なので可能性は非常に低い。
希望が見えたように思えたが、どうやら反対だったようだ。でも一応試しておくか。
炎の魔法のページを開き、書いているやり方を真似する。
手を強く握りしめ、手から燃え上がるイメージで勢いよく手を開く。本の内容通りなら、これで手から炎が舞い上がるはず。
……出ない。隣のアオイがキョトンとした顔でこちらを見つめる。頼む、見ないでくれ。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。するとアオイは気を遣ったように、絵本をこちらに向け絵を指差す。
「ひゅ、ヒュウガ兄ちゃん。この宝石ってすごいね!勇者がこの宝石の力を使って、悪い魔王を倒したんだよ!」
「あぁ、スゴイな。俺もそんな石欲し……い……」
驚きで言葉が止まる。間違いない。この宝石は俺が持っているのと同じだ。
「どうしたの。兄ちゃん」
「悪い、その本貸してくれないか。すぐに返すから」
「いいけど、どうかした?」
「あぁ、ちょっとな」
ページをめくり、宝石を手に入れた経緯のところまで戻る。勇者が森で妖精を助けた場面だ。このときに勇者はお礼に宝石を貰う。
読み進めていくが、最後のシーンまで宝石のことは出てこない。そのシーンも宝石から光が出て、力が湧いてきたという内容だけだ。
またしても無駄足だったか。本をアオイに返す。
「もういいの?」
「あぁ、ありがとうな」
「うーん、どういたしまして」
カルミアに直接聞くのが一番いいのだが、今週は作戦の下見のため家にいるのは決行日だけだ。
それに知っているならば、セーネに伝言でもするはずだ。石にどのような力があるか、カルミアも分かっていないのだろう。
今はあくまで着けておけば、なにかいい事がある。その程度の認識で大丈夫そうだ。
さっきまで読んでいた魔法の本を開き直し、色々な魔法の記述を見て対策を考える。だがいくら考えても、うまくいくビジョンが全然見えない。
せめて魔法が使えれば……。どうしようもない事を嘆く。魔法に対しての対策がなければすぐに捕まってしまうだろう。
でも嘆いてる暇なんかない。机に出した本をすべて元の場所に戻し、新たに護身術の本を出す。諦めるわけにはいかない。
ロベリアと一緒に逃げる。それだけを考え、本を開いた。